事前勉強というもの
翌日、勤めの後に団長を呼び出してみた。
「ミコ様、いかがされましたか?本日の祈りの結果はメロンの特産地でメロンが爆発的に大きくなったと評判でございますよ。収穫が愉しみでございますね。」
赤髪神官に聞いたのか、それともわざわざ神力で探ったのか。呼び出された団長は嬉しそうにそう言った。この喜びようは、もしかしたら団長はメロンが好きなのかもしれない。
「セイルースではなく、私を呼び出したと言う事は騎士団に何か用でございますか?」
うむ、とわたしは頷いた。そう騎士団に用なのである。
(とりあえずどっかに行った時は、無闇にSATUGAIするのは控えて頂きたい)
「これからわたしは帝国をはじめ、各国へ赴く事になる。有事の際には騎士団に守ってもらう事もあるだろう。だが、些細な事で民を傷つけられては困るのだ。自重してほしい。」
「ハッ。」
団長は威厳たっぷりのミコ語を前に、頭を下げた。流石はミコ語、上手く纏めてある。
「しかしミコ様、些細とはどの程度の事を言うのでしょう。もちろん我々騎士団がお守りするので、鉄壁の守りは保障します。その鉄壁の守りを潜りぬけた時点でもう些細とは言い難いのではないでしょうか?」
うーん、そう言われるとあの肉壁を越えるのは中々大変そうだなと思う。というか、帝国でもあの肉壁に囲まれるのかと思うとちょっとウンザリした。安全にはかえられないと早々に諦めるが。
「だーかーらー、ミコ様は無闇やたらに剣抜いて、斬ろうとすんじゃないよって言ってんの。向かってくる敵と民草の区別ぐらいつけろって言ってんだよ。民草斬ったらミコ様の評判が落ちるじゃない。それ位考えて斬りなよね!」
何時の間にかミコ部屋の入り口にはボクっ子が立っていた。団長が二人きりになるのは恐れ多いと扉を開けていたせいである。
「では敵なら斬ってよいと。」
「当たり前じゃん!ミコ様に何かあったらどうするわけ?」
団長の言葉にズンズンと部屋に入ってきたボクっ子が答えた。入って欲しくない訳ではないが、扉が開いているとミコ部屋のセキュリティーは甘くなるんじゃないかとちょっと心配になった。
「では今まで通り。」
「もう、今まで以上に気を引き締めて守りなよ!そんで斬るのはミコ様の見えないトコにしてよね。」
「それはもちろん。ミコ様の御前でそのようなヘマをする者は騎士団にはおりません。」
なんか違うと思ったが、二人の中では話が終わってしまったので、これを覆すのも面倒そうだ。
(まあ、何事もほどほどにしてください)
「とにかく自重も忘れずに頼む。」
わたしの気持ちに同調したミコ語が気持ち、疲れたような声を出していた。
※ ※ ※
メロンさんはツンデレらしい。
仕事の時はツンでオフがデレだ。あのモジモジはデレなのだ。
よく言うツンデレとは違うかもしれないが、わたしはツンデレは二次元すら許せないタイプである。わたしはMではないので、例え相手に好意を持っていても罵倒されるのは好きじゃないのだ。捏造ツンデレで結構。これからはメロンさんが正しいツンデレとなる!・・・なんてね。
「我が帝国は武を重んじる国ではありますが、もちろん宗教にも重きをおいております。この世界は武神と言うのがおりませんしね。」
これは最後のが帝国民の本音と見た。
「聖人であらせられるミコ様が降臨してからというもの、帝国では筋肉の張りがより良くなったと評判でございます。」
それはミコ効果とは関係ないと思う。
「―で、あるからして、帝国ではミコ様が来訪されるのを楽しみにしているのであります。」
ふむ、とわたしは頷いた。
「ちょっと、ミコ様ちゃんと聞いてる?これから行く国の事はその国の人に聞くのがいいって、猊下の提案をメロヌールさんが受けてくれたんだから、ちゃんと聞いておいてよね。」
そう、ボクっ子の言う通り、今はメロンさんの帝国アピールタイムである。
団長は騎士団に通達すると帰ったので、入れ替わりにセイが空気になっている。ボクっ子は側近なので、傍にいるのは当たり前なんだそうな。そういえば昨夜、ボクっ子のランクアップを知った爺がハンカチをかみ締めて悔しそうにしていた。地位的には審判長である爺の方が上なんだがなぁ。
「帝国は自然が美しい所が多くございますから、是非ミコ様にも見ていただきたいと思います。」
「あー、砂丘とか有名だよね。」
鳥取砂丘か、懐かしいな。見たことないけど。
「神殿はこじんまりとした所も多いので、滞在は城がよろしいかと思います。」
「まあ、王国に比べればドコもこじんまりとした感じになるよね。」
それなら王国の支部も視察しときゃよかったかな。なんて仕事熱心な事を思ってみる。思うだけならタダだし。
「騎士団の方々には申し訳ないのですが、既にお迎えの準備に掛かっておりますので・・・。」
「あー、アレについては猊下も困ってたよ。多分、王家がアレ利用しようとするだろうし、騎士団も二度目はないんじゃないかな。」
魔改造に口を濁したメロンさんに、ボクっ子はそう答えた。
アレにはやっぱり猊下も困ってたのか。そうだよな、要塞になっちゃったもんな重要文化財。二度と見れないのか、美しい牡丹宮。いやはや残念である。
しかしアピールポイントはやっぱり観光になるんだな。猊下が何か言ってたけど、何しに行くのか目的がイマイチわからないわたしとしては観光気分で行っていいのかと悩む所である。
「食としましては、海に面しておりませんので、珍しい野菜・果物を取り揃えたいと思っております。」
「いいんじゃない。肉食だもんね、帝国って。砂丘サソリの串焼きとか有名だよね。」
「ええ、砂飛び鼠やぬめり蛙など、グルメな方はそれを目当てに訪れる事も多いです。」
肉食って、サソリとか鼠とか蛙なのかよ!これはすごい。ちょっと食べてみたい気もするが、肉厳禁ってのが解けてないからなぁ。出してももらえないだろうな。
「とまあ、神殿の視察でも観光して帰るみたいなモンだし。ミコ様も楽しんだらいいんじゃない?」
メロンさんと盛り上がっていたボクっ子がわたしの方を見てそう言った。わたしはうむと頷く。
「そうですわ、ミコ様。帝国は武を重んじると言うイメージが先行して、堅苦しい感じをよく持たれてしまいますが、楽しい国でございます。どこの国の方も視察の後には、笑顔でお帰りになるんですのよ。」
メロンさんにそう言われて気付いた。もしかしてコイツら、わたしが行きたくないと思ってると思ってるんじゃないか?と。
(別に行きたくないわけじゃないって~)
わたしは旅行は好きだが、移動がメンドイからしないだけである。
「そうか。どこの国も行くのを楽しみにしている。」
「「!」」
「で、でしたら勉強はコレ位で終わりにしましょう。私はそろそろ打ち合わせがあるので、失礼します!」
カーッと顔を真っ赤にしたメロンさんは、すっと立ち上がるとスタスタとミコ部屋から出て行ってしまった。
「なんだ、ミコ様っててっきりインドアな人だと思ったのに、意外だな。」
いや、インドアな人間だって、あのどこでも行けるドアがあったら外に出るだろうさ。
※ ※ ※
「・・・・・ミコ様の浮気者。」
馬を見に行こうと思ったら、途中でリジーに遭遇した。
柱の影からリジーは少し顔を出し、わたしを恨めしそうに見ている。
「お帰りになられてからというもの、ミコ様はメロヌールとか言う女をお傍に置いていると聞きました。」
リジーの言葉に傍に置いてるわけじゃないから、わたしは首を横に振った。
「お声をかけ、帝国に行くのが楽しみ等と言ったと聞きました。」
(それは言った。てかなんで知ってんの?)
「確かにそう言ったな。」
「しかもアイツ、武装神官ごときを側近に召し上げたと!」
いや、それは別に召し上げてない。アイツが勝手にランクアップしたのだ。
「その位にしておきませんか、祭事長。ミコ様を困らせる等、自称とは言えお世話係りに相応しい言動とも思えません。」
困ったわたしに気付いたのか、空気になりながらついてきていたセイが前に出た。
「相応しい言動でない?!ああ、ミコ様。私は嫉妬でどうにかなりそうでございます。どうか憐れな私を許してもらえないでしょうか。」
どうやらボクっ子ランクアップはリジーの中では相当な事件だったらしい。そして自分が、ちょっと可笑しな行動に走ってしまった自覚はあるようだ。
(気にスンナ)
「・・・許す。」
縋るように床に膝をついたリジーに、ミコ語は威厳たっぷりに許しを与えた。許さないとどうなるかというのも試してみたい気もするが、妄信的なリジーにそれをしたら大変な事になりそうだとも思ったからだ。余程の事を仕出かさない限り、そうそうに許すに限る。
「あああ、ありがとうございます、ミコ様。」
そうしてリジーはちょっと滝で精神修行してまいりますと立ち去って行ったのだった。祭事長の仕事は大丈夫なんだろうか。
※
馬!馬である!
現在わたしはミコの専用厩舎に居る。二頭しかいないが、すべてわたしの馬である。
子馬と思えない大きさのミゲルが頭をすりすりとしてくると、負けじと隣のデュランダルもすりすりしてくる。馬天国である!
「帝国へも船旅をなりますが、帝国は広い為、デュランダルも同行させようかと思っております。」
なんと!セイのビックリ提案にわたしは素早く振り向いた。そしてその言葉が分かったのか、ミゲルが嫉妬したようにずいずいと頭をこすりつけてくる。わたしはその顔と頭を優しく撫でてやった。
「ミゲルはまだ子馬ですからね。」
セイもミゲルの様子に気付いたのか、苦笑しながらそう言った。デュランダルが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「帝国から他の国に行く事も予想されます。コチラに居る間にもっと乗馬に慣れておきますか?」
何なら私が同乗しますが、セイはそう言った。だが、その言葉にデュランダルが不満そうにまた鼻を振ったので、わたしはせっかく歩かせるようになったのだし、走らせるようにもなってみたいと思った。
(行くまでに慣れておきたいです)
「いや、行くまでに上達しておきたい。何かあったら同乗は頼む。」
「ハッ!」
ミコ語の威厳がありつつ、慈愛もありの言葉にセイは頭を下げて素早く馬具をデュランダルに取り付けた。手綱を渡してもらい、わたし自らデュランダルを引いていくがデュランダルは素直なので問題ない。
乗るのには、どうしても運動神経的な問題で尻を支えてもらわないと上がれない。
(よいしょっ)
「すまない。」
掛け声を礼に変換するミコ語。これなら『どっこいしょういち』とかふざけても大丈夫そうである。
馬上から馬場を見渡すと、所々に忍者部隊らしき騎士達が見えた。そういえば、忍者も隊長。ゆるふわも隊長だが、セイは犬係。隊とかに配属されてないのだろうか。
ポクポクとデュランダルを歩かせながら、隣について歩くセイの黄緑の短い髪を見下ろした。
(犬係ってどこの隊になるのかな)
「セイは、どこに配属なのだ?」
なぜか二度見されたが、セイがびっくりした顔である事に変わりはない。
「は、私は隊を持っていないのです。」
持ってない?隊員でもないって事かな?
「その・・・団長の補佐をしておりますので。」
ええ、まさかの団長補佐!騎士団は団長の部下だけど、所謂団長の側近みたいな感じだよね。ボクっ子みたいな感じの。そう考えると微妙だな。
「騎士団には副団長というのがありませんので、まあ言うなれば副団長みたいなモノでしょうか。」
大きく出た!大きく出たよ、セイ。
タダの補佐と副団長は大きな違いがあると思うよ。
「セイルースは騎士団ナンバー2ですからね。」
何時の間にやら馬に乗った忍者がそう言った。セイが苦笑している。
肯定されたということはそうなんだろう。犬係は実は副団長だったか、そうか。出世を心配する事なかったんだなあ、とわたしはシミジミとそう思ったのだった。
忍者と並んで、ゆったりと徐々に早くデュランダルを走らせる。乗馬は結構なスポーツだ。流石に『神の衣』で強化されたわたしも息が切れてくる。
「デュランダルとの息もピッタリですし、帝国では乗馬して移動も可能でしょうね。」
『神の衣』のお陰か尻も痛くならないし、それもいいかもしれんなとわたしは頷いた。
「帝国へは私も同行いたします。よろしくお願いしますね。」
ハードボイルドなイケメン顔の忍者はそう言って、爽やかに笑った。
もちろん私も同行します、となぜかセイがブスっとした顔で続けたのだった。
帝国はけっこうな観光地らしいです。
ゲテモノも大丈夫なミコ様、ご当地グルメが食べれず少々残念そうな様子。
リジーはヤンデレの片鱗が。そして側近として鼻息の荒いボクっ子。
ちなみに帝国への同行者は昨夜の内に騎士団でバトルロワイヤルしてます。




