帝国民というもの
そういえば、蛇王の見た目を表現していない事に気がついた。
蛇王はデカイ。身長は2メートルを越える。体格はご立派である。流石はマッチョ教の真のボスと言った感じだ。顔はワイルドだが端正でキリッというかギロッとしてるが、笑うと愛嬌がある。髪は灰色に近い黒色で目は灰色。帝国民は武を重んじる国柄だからか、肌はよく日に焼けている。
ところで、帝国にはとんでもない所を鍛え上げた人物が居るという。
「いででででででで!」
それは今、わたしの目の前で蛇王の耳を抓りあげている外交官だと言う女性である。
いい笑顔でその女性を伴って現れた陛下によれば、彼女は『耳を抓る』事に特化した存在であった。
「政務もほったらかして、姿を消したかと思えば・・・聖人と一緒に神殿にお邪魔したい?ナニ抜かしてんですか、ヘボ王。王国にも迷惑かけやがって、さっさと帰りますよ!」
「迷惑なんてかけてねーよ!むしろ俺が不審者排除手伝ってやって、痛ぇっ!!」
鍛え上げた2メートル越えの体躯を持つ蛇王の耳を女性がキュッと抓ると、蛇王は面白い位に反応する。それを眺めて団長が感心の声を上げていた。
「ミコ様が出立する前に彼女が間に合って良かったです。」
朝の爽やかさを体言したような笑顔で陛下が言った。
ボクっ子の推理によると、どうやら陛下たちは蛇王が来た時点で帰れとも言えず、帝国に連絡を取って迎えを寄越すよう打診していたらしいのだ。国と国の関係は色々複雑なようで大変だなぁと他人事に思う。まあ、わたしは国を越えて世界的ヒエラルキーナンバー2なのだから所詮他人事なのだ。
一頻り蛇王の耳を抓り終えた女性が、その他帝国の外交担当を従えて挨拶をしてきた。
改めて見ると、彼女の見た目はシュッとしていて中々キレイ系である。例え、抓る為の指を鍛えていようとも見た目はスマートなキャリアウーマンな感じである。めがねをかけていないのが残念な位だ。ちなみに髪は紺で目は青く、やはり肌は日に焼けた色をしていた。
「ミコ様及び神殿の方々、申し送れましたが、わたくし帝国外交担当でございます。」
なんか、ぬるぬるしたメロンみたいな名前を聞いた気がしたが気のせいかもしれない。覚える気はないのだが、音は耳に入るので空耳が起こるのはいたし方がないのだ。
「このたびはヘボ・・・帝王がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。聖人様の帝国滞在につきましては近日中改めまして、神殿と調整を行いまして、お迎えに上がりたいと思っております。」
「メロヌール!」
「必ず帝国に来ていただけると言質を取れたのは良いですが、いきなり来いとはいささか急過ぎです。」
メロンさんは蛇王の怒声を流し目で聞き流した。そして猊下に向かいなおす。
「お互いに日を改めた方がよろしいでしょう?」
「配慮頂きありがとうございます。」
メロンさんの発言に、猊下が軽く頷いた。
どうやら蛇王の神殿訪問は免れたようである。まあ、あんなんでも王だし。早々国は空けられないよな。しかしこの様子では、蛇王は結構こういった事を各所でやらかして居そうだ。これは部下が苦労する破天荒上司と言う奴だなとわたしは思った。武を重んじる帝国だから、文官のメロンさん達は苦労してそうだ。だから『耳を抓る』事を特化させたのかもなぁ。神力でなくとも、鍛えれば肉体強化できるこの世界は色々凄いがデタラメでもある。
「という訳で、王の代わりにわたくしが神殿にご同行させていただきます。」
※
文官さん達はどこかしら『抓る』事と『避ける』事に特化してるらしく、暴れそうな帝国最強の蛇王を押さえ込み笑顔で見送ってくれた。
「ミコ様、是非またいらしてくださいね!」
もちろん、いい笑顔のままの陛下と宰相も居る。
「機会がありましたら。」
そう社交辞令を猊下が述べたので、わたしも来ようと思うかどうかも分からんが、とりあえずうむとだけ頷いておいた。
馬車に乗り込むとなぜか猊下とボクっ子も乗り込んで来た。一人用ではなかったのかと少し残念に思う。窓際を確保して座ると、隣にボクっ子。対面に猊下が座る。
「ミコ様、すぐ迎えに行くからな!」
蛇王の大声に窓を覗くと、腕に張り付いた文官さん事蛇王がブンブンと手を振っていた。なんともパワフルな御仁である。とりあえずわたしは手を振り替えしておいたが、蛇王が勢いを増して振り替えしてきたので、慈悲深いミコ様としては文官さんがかわいそうになり振っていた手をすぐに止めた。
「出発!」
団長の声と供に、馬車は進む。メロンさんは馬で同行だ。ボクっ子情報では帝国からも馬をかっ飛ばして来たらしい。流石は武を重んじる帝国。メロンさんは文武両道なようだ。そしてボクっ子はどこでその情報を掴んできたのか毎回不思議な程、情報通な側近である。
※ ※ ※
今回は馬車を止められる事なく港に着いた。
昨夜某か話したそうな猊下だったが、馬車では静かだった。目を瞑っていたので寝ていたのかもしれない。昨夜は眠れなかったのだろうか。
帰りはバレちまったからしょうがねえ、と言わんばかりにわたしは裸足である。そして、神殿の船には黒山の人だかり。ミコ様フィーバー再びである。
「「ミコ様ー!」」
ミーハーに騒ぐ有象無象に苦しゅうないと手を振っておく。ちょっとばかしキャーキャー騒がれるのも悪くないとか思ってはいない。
神殿騎士が一定の距離は近づけないよう肉壁を作っているので、花びら絨毯に驚く群集に群がられる事も無く猊下とボクっ子、セイと団長に挟まれながら、わたしは船に乗った。
「出航!」
行きは気付かなかったが、船長らしき髭のおっさんの声で船は磯臭い港を離れていく。ワーワー騒いでいる群衆に手を振って、わたしは王国を後にしたのだった。
<完>
なんだかそう付けたい気分である。
※ ※ ※
「ミミミミ、ミコ様。ご機嫌よろしゅう。」
船でボクっ子とボーっと海を眺めていたら、後ろから声をかけられた。振り返ると、妙にモジモジしたメロンさんが居た。
(なんすか)
「なんだ?」
モジモジというか、もうトイレを我慢している人みたいになっているメロンさんが何時まで経っても話さないのでわたしは痺れを切らした。わたしは人見知りと信じてもらえない程度にはコミュニコーションが取れる人物なのである。
しかし威厳たっぷりのミコ語にビビッたのか、メロンさんはピョーンと飛び上がって真っ赤になった。
「あのっ、そのっ、この度は、ご一緒できて光栄ですぅ。」
それだけ言うとメロンさんはキャッ言っちゃったと呟いて走り去った。
「・・・なにあれ。」
あのキリっとしていたのは幻だったのか。思わずボクっ子が棒読みになる位、メロンさんは別人であった。
※
ゆるふわ隊はどう帰るのか知らんが船には乗っていなかったが、荷物はちゃんと船に乗っていた。セイに頼んで中を確認したが、ちゃんとわたしのパンツは行きと同じ数入っていた。良かった。パンツの恩人ではあるが、パンツ誘拐犯になりそうなのはリジー位しか居ない事が分かって良かった。そして、流石に騎士まで疑って申し訳ないとも思った。
島に着くと、デュランダルが待っていた。ちょっとしか乗らないのにと思うが、出迎える様がカッコよかったのでヨシとする。
デュランダルの手綱を持っていたのは忍者だった。
「ミコ様、無事のご帰還・・・クッ!」
忍者にはなぜか戦場に行っていたかのような感動のされっぷりだった。
わたしは少し引いたが、うむと頷いてやる。セイが代わって手綱を持ちたいと言ったが、あまりの感動のされっぷりだったので、そのまま忍者に持ってもらう事にした。
ポクポク歩くとすぐに神殿に着くのが残念である。
デュランダルとの別れを惜しみつつ、神殿の正面玄関に近付くと行きと同じように神官一同がずらりと並んで待っていた。
「「お帰りなさいませ、ミコ様!」」
先頭には爺が居た。どうやら出張とやらから帰っていたらしい。
「ミコ様、ご一緒できず申し訳ありません。」
なぜか頭を下げる爺に、わたしはとりあえずスライディング土下座をしないよううむと頷いておく。猊下も慌てたように爺に歩み寄った。
「頭をあげてください、審判長。貴殿の早い帰還のお陰で、我らは間に合ったのですよ。」
「・・・それはよろしゅうございました!ミコ様に何かあったらと、私は気が気でなくて!」
「最悪ボクだけでも何とかしたけどね。猊下が間に合ってよかったと思うよ。」
なぜか偉そうにボクっ子がそう言った。どうやら猊下が間に合わなかった場合、ボクっ子だけでも晩餐会に来ようとしていたらしい。なんだかよく分からないが、色々神殿にもあるようだ。
「ミコ様ー!」
リジーがやって来た。
「お疲れでございましょう。お風呂の用意は私がしておきました!王国の穢れを流してくださいませ、さあ、さあ!」
王国をばい菌扱いするリジーに押され、わたしはミコ部屋へと向かった。
もちろん、途中洗濯物をと出された手を「だが断る」しておくのは忘れない。
「ワン、ワン!」
「ブニャー!」
おお、我がペット達よ!
一人になりたいとリジーを置いてミコ部屋に入ると、ライとユキがお出迎えしてくれた。
ユキが猫っぽい泣き方をするなんて、相当寂しかったに違いない。わたしは早速愛い奴愛い奴とユキとライを撫で繰り回した。
せっかく沸かしておいてくれたので、ひとっ風呂浴びてユキを膝に乗せてくつろいでいるとノックの音がした。犬係のセイだったら声をかけてくるから違うようである。
ちなみに、わたしの留守中はミコ部屋の出入りはわたしはもちろん、ライとユキへの害意が無い限り比較的自由であったが今は違う。
(どちら様?)
「誰だ?」
威厳たっぷりのミコ語に答えたのは
「ミコ様、お話があります。」
猊下であった。
※
猊下相手だと無視する訳にも行かずにわたしは扉を開けた。といいつつ、わたしは居留守は使えない小心者だったりする。
「改めて明日にしようかと思いましたが、帝国の者が同行しましたので早く話をしておこうと思いまして。」
猊下はソファーに座るなりそう言った。わたしは聞いているぞよ、と頷く。
「帝王が申しました通り、大陸の情勢ではやはりミコ様には帝国に赴いていく事になるかと思います。その点はよろしいでしょうか?」
うむ。
「しかし、そうなると各国を抑えるのは難しく。これからもミコ様には出向いてもらわねばいけない国がいくつか出てくると思われます。」
え?そうなの?面倒だなぁと首を捻る。
「世界は安定しつつあるとはいえ、未だ不安は拭えぬ国などがあります。行き先はなるべく厳選いたしますが、必ずしも安全な国ばかりとはいえない状況にある事だけは頭においておいていただきたいのです。」
あー、文字通りキケンな国とかもある訳ね。ふむふむと頷く。一応反応しとかないと、猊下は同じ話を繰り返そうとするので仕方が無いのだ。
「ミコ様の安全につきましては出来る限りの事をしますが、それより重要なのはミコ様が危険に近付かないように心掛けていただく。その点につきます。ミコ様にもしもの事があった場合、暴走する騎士団を私には止める事が出来ないからです。」
んん?なんかこの論法にデジャブを感じるが気のせいだろうか。
騎士団が危ないから危険にならないでねって、言われてるのも気のせいじゃない気がする。
「神の使途たるミコ様に傷を付けるなど、不可能であるとは分かっております。おりますが、分かっていても騎士団は止められません。出来る限り、誰かと一緒に行動していただくよう、お願いいたします。」
やっぱり気のせいじゃなかった。騎士団暴走させないでねって言われてた。
『神の衣』の絶対防御があるから、そりゃ傷はつかんだろう。しかし危ない目にあった時点で騎士団が暴走しちゃうらしい。
だから気をつけてくださいね、と猊下が念を押すのでうむとわたしは重く頷いておいた。
ここは一つ、慈悲深いミコ様として騎士団には無闇にSATUGAIするなよって言って置かねばなるまい。わたしは決意に燃えた・・・わけではないが、そうした方がいいだろうとは思った。
だらだらと王家編終了。
メロンさん、もといメロヌールさん登場。蛇王の代わりに神殿に来ました。普段はキリッとしてる外交官です。
ミコ様は世界情勢とかヒエラルキーナンバー2には関係ないべ、としか思ってないようです。これから世界行脚っぽいのに大丈夫なのか。
次回もミコ様視点。メロンさんと交流するかもしれない。




