神殿騎士の生き様について ある隊長の独白
ゆるふわさんは脳内人称と口外人称が一致しません。
今回は晩餐会が終了し、島に帰還してからの話となります。
あたしの名前は『ゆるふわ』。神殿騎士で名誉ある隊長職に就いている。
本名だった、シャミ・トラ・・・。いや、もう忘れた。捨てた名前に未練は無い。
意味は教えてくれなかったが『ゆるふわ』というのはあたしを現す言葉だと、我等が敬愛するボスであるミコ様が教えてくれた。あの厳かな声でそう言われれば、あたしの答えはYESorはい。親から貰った名や家名なんてモンはミコ様の名付けに比べれば塵芥同然だ。すぐさまあたしの脳みそから追い出して、あたしは『ゆるふわ』になった。ミコ様直々に命名のコードネーム『ゆるふわ』中々いい響きじゃないの。
「ああ、セイルースの短縮とは違って、私は名を付けて頂いたんだわ!愛され度が違うわね、愛され度が!」
しまった。興奮して心の声が漏れてしまった。あたしの悪い癖である。
お陰でミコ様に愛されてない者共の嫉妬する視線がうっとおしいが、あたしは気にしてない顔をする。隊長たる者、本音は面に出さないモンだ。
「ドヤ顔してんじゃねーぞ、シャミ。」
団長としか呼ばれない哀れな生き物が何か言っているが、あたしの名前は『ゆるふわ』だ。例えこの会議の長だとしてもあたしが敬意を払うのは唯一人。まあ、この会議場に要る有象無象も皆同じ考えなんだが。
「はーい。王家への潜入はウカレポンチ・シャミが良いと思いまーす。」
あたしの右隣で歯をギリギリさせていた奴が手を挙げて、ふざけた事を言い出した。どいつもこいつもそれはいいってわざとらしい顔をするのがウザい。
「賛成の人手を挙げてー。」
ああ、なんて事。あたし以外皆が手を上げている。本当に嫉妬とは恐ろしい感情だ。同じ訓練を経て隊長となった彼らですら、あたしの敵となってしまうのだ。
「よし、賛成多数で決定だな!シャミ、すぐに王家へ発て。」
どうみてもあたしを見ている、議長である団長にあたしは肩を竦めて返事をした。
「シャミって誰ですかぁ。私はぁ、ミコ様直々に命じてもらった『ゆるふわ』という名前なんですけどぉ。」
あたしの正当な主張に団長は黙る。何も言えないのは当然だ。なぜなら敬愛するボスであるミコ様ので名付けを受けたら本名を捨てるのが、忠実な下僕の神殿騎士では当たり前の事だからだ。
しかしなぜか2つ程離れた席にいたミゲルが立ち上がった。
「いい気になるなよ、シャミ。俺の『忍者』の方が先なんだからな!」
そうだった。あたしはうっかりしていたかもしれない。確かにミゲルの『忍者』の方が名付けは先だった。セイルースの名前短縮とは違い、哀しい事件と引き換えに名付けて貰えたミゲル。あたしはつい哀れみの視線を向けてしまった。
「馬の名前と勘違いされた挙句のお詫びみたいな名付けとぉ、名誉ある私の名付けを一緒にしないでくださるぅ。」
事実を指摘されてミゲルのクールな顔が珍しく真っ赤になった。
団員なら誰しも知っている哀しい事件、その名も「子馬のミゲル」事件。ミコ様に馬の名前を聞かれたのに、自分の名前を名乗ってしまった哀れな隊長のお話。その主人公がその後、馬の名付けが出来なくなったのを知らない者は居ない。
「・・・そこに触れるとはいい度胸じゃねーか。表に出ろ!クソアマ!」
「ミゲル、ドードー。」
「馬みたいに宥めんじゃねぇよ、セイルース!ミコ様は俺の戦闘スタイルにピッタリだと名付けてくださったんだぞ、それなのに・・・それなのに。」
隣のセイルースに宥められた手を払い、肩を震わすミゲル。だが例え憐れみでも、先に名付けられた時点で彼は勝ち組なのだ。もっと誇るべきだろうとあたしは思う。
「泣くんじゃないわよぉ、ミゲル。いや『忍者』。私達はミコ様に名付けて貰った時点で本名は捨てたじゃないの。あれは事故、むしろ名付けの切欠になった誇るべき事故じゃないの。」
「そうだな、俺もお前らに嫉妬せず、団長と呼ばれる事を誇るべきだった。」
「私はセイと愛称で親しく呼びかけてくださるので、嫉妬したりしません。」
「畜生、専属騎士は空気読めよ!」
せっかく和やかになった空気は天狗になっているセイルースにより破壊され、会議はブーイングで幕を閉じた。
だがセイルースの事は人事ではない。ミゲルに対し、良い事を言ったといい気になっていたあたしは、ミコ様訪問後の王家の様子を見に潜入させられる事を覆せずに終わってしまった事実に暫く気付かなかったのだ。
ああ、何という事だ。ミコ様のお傍を離れる事になるとは!
神殿騎士は例え専属になれなくとも、そのお傍を離れる事を嫌う。あたしも当然ミコ様が居るこの小さな島に居たい。だがあたしは任務は放棄したりはしない。あたしはしっかり任務をこなし、ミコ様がいつぞや呟いていた『膝をついて耳元で報告』をしなくてはならないのだから。
待っててください、ミコ様!ミゲルの『隠密部隊』より先に、あたしがその報告をやり遂げてみせますから!
※ ※ ※
■月■日 陛下がミコ様と初顔合わせ
神殿が人数制限なんかするから、私は行けなかった。後から捻じ込んできた王族っつっても端っこの癖にジジィ・・・マジ空気読め。
あのジジィに神の鉄槌が下った。ざまあ(笑)
しかし後始末が大変だった。閣下が引渡し要求なんかするから、宥めるのに苦労したし。ジジィなんか神殿にくれてやれよ。陛下についてはミコ様はすぐ許してくれたらしいが、神殿の文句が超うるせぇ。ジジィ処分して終わりだろ、クソが。神殿はミコ様の慈悲深さを少しは見習えよ。
×月×日 神殿と打ち合わせ
珍しく陛下が着いて来た。先日のジジィについて、ミコ様へ直接謝罪したいらしい。
ジジィのせいで再教育中とかでいつもの神官じゃなかった。
せっかくの陛下の申し出に薄ら笑いで是と言わない神官にイラつく。
×月○日 ミコ様へ手紙を送る
結構良い内容かけたんじゃないかと、自画自賛。
×月●日 ミコ様へ手紙を送る
まだ返事は来ない。届いてはいるらしい。
(暫くの間、ミコ様へ手紙を送った旨のみ記載あり)
×月◎日 ミコ様へ手紙を送る
これで何通目だろうか。毎回文面変えてる私って偉い。
慈悲深いミコ様の返事は、まだ無い。きっと神殿の妨害だろう。
△月×日 神殿と打ち合わせ
いつもの神官が再教育されて図太くなりやがった。前は脅せばイチコロだったのになぁ。
帰り道、初代ミコ派の噂を聞く。ミコ様が残党に悩まされているらしい。チャンスだ!
△月■日 王弟閣下が作戦遂行
初代ミコ派と繋がっていると噂の企業に手入れ。元々後ろ暗い企業ばかりなので、簡単に摘発。そうでない所は適当に捏造して財産没収。流石は閣下。こういった仕事は速い。
△月×日 神殿と打ち合わせ
薄ら笑いの神官に一矢報いる。ミコ様と晩餐会だと張り切る陛下。気が早すぎる。
△月○日 祝・返事
ミコ様が晩餐会に参加される旨回答あり。陛下がミコ様直筆じゃないのを残念そうに見ていた。何度見てもミコ様からの文面なんて浮かびませんから!
△月▲日 神殿より密書
晩餐会の警備に神殿騎士を送るとの事。他意はないと書かれているが、神殿の事だ。当然嫌味だろう。
陛下の謝罪については了承の旨記載あり。仕方ないと言わんばかりのくどい前文がムカツク。
ミコ様に慈悲を請えとの追記あり。これはミコ様に話通してないな。やはり神殿は胡散臭い。陛下のミコ様はあんな所に囲われて、大丈夫なのだろうか。もしもだが、王国がお救いしなくてはいけないかもしれない。
(晩餐会の準備についてのメモが続く)
△月○○日 大変な一日!
晩餐会当日。
蛇王来る。なんで来んだよ・・・。しかもミコ様が来るのを極秘の筈なのに知ってるし。誰だ、情報漏らしたの。神殿か?
蛇王のせいで慌しくなった準備の最中、ミコ様が奇跡を起こされるとの知らせが来る。
なんと不肖の弟が轢いた子供の命を救ったのだ!もちろん後で弟は仕置きしといた。後、馬車に仕掛けした貴族は閣下に言って始末させよう。罪状?証拠が無い?ぼやく部下に適当に見繕っとけと指示。
ミコ様の到着前に、城で蛇王が不審者を発見する。脳筋がまた騒ぎを起こすか・・・。
しかし捕らえた不審者が初代ミコ派の残党だった。やぶれかぶれでミコ様の暗殺に来たようだ。仕方ないので、ミコ様を迎えに行っておきながら一人で帰ってきた閣下に蛇王ごと押し付ける。だが結構な数が見つかったらしく、何時の間にか陛下も蛇王に駆り出されていた。城の警備はどうなってんだ?後で軍の責任者である閣下も仕置きだな。
ミコ様ご到着。神殿の馬車はむかつくが凄い造りだ。預かろうとしたら技術漏洩を警戒するのか、騎士が離れない。ケチくさいな、神殿。
残党処理のせいで、身支度の間に合わない陛下に代わってミコ様のお出迎え。張り切って行ったのに、ミコ様を間近で見れなかった。邪魔した騎士達は、末代まで祟ってやる。
晩餐会が始まる前に、大神官が来た。武装神官まで。おかしいな、間に合ってしまった・・・。
食事が始まる。ミコ様に合わせて野菜尽くしだ。しかしミコ様は魚は食べられる事が判明!次は魚を振舞う事にしようと言う約束は、大神官と武装神官にうやむやにされてしまった。旬の魚でミコ様を釣ろうなんて私にしては甘い考えだったかな。
しかしミコ様はよく噛む。つい、モグモグとしている姿を見てしまった。どうやら、出席者は同じ心境らしく、皆チラチラ見ている。陛下のガン見は以降注意しとかないとマズイな。
大神官に蛇王の事がバレてた。奴等はトボけてたが、やっぱり初代ミコ派の残党を誘導したのは神殿じゃないかと思う。さっさと帰ろうじゃねーよ!
陛下の謝罪は脳筋のせいで出来なかったが、ミコ様のお言葉で陛下の心は救われた模様。やはりミコ様は慈悲深い。あんな神殿なんかに利用されて、御労しい。
しかも脳筋と神殿騎士が揉め始めた。帰ろうとしていたミコ様だがそのせいで結構遅い時間になった。脳筋もこの功績は褒めてやってもいい。
神殿に泊まって頂こうと提案するが、大神官らが渋りまくる。
その話し合いの最中、ミコ様の桁違いと噂の神力を目の当たりにした。凄い!でもちょっと怖い。畏怖とはこの事かと実感。
もう遅いので離宮に泊まっていただこうと話をしたら、女騎士が乱入してきた。なにこの女、マジウザいんですけど。コイツが割ったガラス代は後で神殿に請求しよう。脳筋が要らぬ事を言うが、ミコ様は気付いてない模様。お前だって似たような事考えてた癖に!
神殿がピリピリし出したが、離宮に向かう事が決まってホッとした。案内役は陛下だ。がんばれ陛下。
陛下がガックリして帰ってきた。
そんでもって、重要文化財が要塞になってるとか言い出す。
あの離宮を数時間で改造なんて、ありえないだろうと確認しに行った。夜だからよく見えないなぁと現実逃避したくなる位、要塞だった。牡丹の花のようと謳われた離宮は陰も形も無かった。外から近付こうとした王家の騎士があわや黒焦げにされそうになってた。
神殿、何してくれてんだよ!この損害は請求する、絶対請求する!
いや、待てよ。これと引き換えにまたミコ様に来てもらうとか・・・いいな。暗黒面に堕ちかけていた陛下もその案には前向きになってくれた。よかった。ミコ様は陛下の心を救ってばかりだな。
いっそ、あの要塞はミコ様専用としよう。王家とミコ様の蜜月って事で話題も浚えるし、脳筋処か他諸国への牽制にもなるだろう。
これが神殿からミコ様を解放する第一歩だ!
※ ※ ※
「何と言う事なの?!」
あたしは鉄仮面こと、王家の宰相の日記に驚愕していた。
神殿の文句は良いとして・・・何が陛下のミコ様だよ、汚らわしい!
クソ、早く戻らねば。あたしは日記を掴んで踵を返す。
ミコ様は神の使徒だが、その肉体は女性体。男共が何時だってその身を狙っているのだ。セイルースだって血迷わないとも限らない。やはり同じ女性であるあたしが守って差し上げなくては!
いつも冷静な筈のあたしは、ガラにもなく頭に血が上っていた。だから気付かなかったのだ。宰相の私室に迫っていた殺気に。
ヒュン!
鋭い突きがあたし目掛けて襲ってくる。かろうじて避けたあたしの目に見えたのは、月明かりに鈍く光る金髪。いつもの間抜けな顔と違う王弟だった。
「どこの間諜が知らんが、俺が見つけたからには逃がさないぞ。」
そう言ってニヤリと笑った王弟は、再び鋭い突きを繰り出してきた。
「・・・くっ!」
ザルな警備体制とは言え、流石は軍のトップ。その剣捌きは超一流だ。ミコ様を崇拝する人間として少しは認めてやってもいい。王家の人間で無ければ。
あたしは日記を手放さないよう慎重に避け続けた。
「ミコ様をお迎えする為にも、そうそうザルな警備体制じゃいられないんだよ。覚悟しろ!」
冷静に避けていたあたしの身体はその言葉に敏感に反応する。全身にグワッと血が駆け巡るのが分かった。
ミコ様を迎える、だと?
許しがたい言葉に頭のてっぺんまで血が上りそうになるのを、あたしは何とか堪えないといけないと言い聞かせる。唇はかみ締め過ぎて血が出そうだ。だが、唇なんかは切れてもいい。冷静な神殿騎士たるものキレてはいけないのだ。
「!・・・くっ、逃がしたか!」
悔しそうな王弟の声を聞きながら、あたしはスピードを上げて宰相の私室を後にした。
危ない所だった。ミコ様にむやみに『SATUGAI』するなと言われてなければ、怒りに任せた神力で王弟を始末してしまう所だった。どんな時でもミコ様のお言葉だけは忘れない。それが下僕たる神殿騎士の忠義。あたしは無様に逃げたという事より、その忠義を貫けた事に満足した。
※
急ぎ島に戻り、神殿へ着いたのは翌朝の事だった。
今頃の時間ならミコ様はお勤めに入られている筈。あたしはセイルースに邪魔されないよう、神の間のある塔の入り口で膝をついてミコ様を待つ事にした。何度もシミュレーションしたから大丈夫。あたしは『隠密部隊』を出し抜ける。この『ゆるふわ』が、最初にミコ様のあの小さなお耳に『報告』する栄誉を手に入れる。
コツコツと階段を下りてくる音に、あたしは近い未来を想像して少し切れた唇をニヒルに上げるのだった。
ツッコミ所満載なゆるふわさん。一応ハードボイルド?風味を狙って、玉砕。
隊長たちの会議の議題はもちろんミコ様関連のみです。大抵セイが空気を読まずに、場を悪くして終了します。
神官は行事の調整役で、神殿騎士は警護だけでなく行事後の調査も行ってます。
宰相の日記で晩餐会は他から見るとどうだったのか伝わるとよいのですが。
次回、要塞と化した離宮の礼拝堂は魔改造を免れるのか。ミコ様視点です。




