王様というもの
自称世話係だけに、わたしとの意思疎通が図れないボクっ子は見返したわたしの不敵な視線を、帝国とは何ぞやという疑問の視線だと思ったらしかった。
おかしい。ココはやはり表情筋に無理を言ってでも、不敵な笑みを返すべきだったのだろうか。
目は口ほどにものを言うのではなかったのか。糸目になってたら、言いたいことも言えないのか?この目は!
そんなわたしの嘆きを余所に、ボクっ子による帝国についての即席授業が始まった。
王家があるこの大陸は小さい国々があるものの、帝国と王家で勢力を二分しているそうな。帝国は武を重んじるから、帝王とやらも強いそうだ。後方に突っ立って無いといけない人には無駄な強さだと思う。
食事の後の授業とは段々と眠くなってくるモノである。偉いミコ様として、白目になりながらガクンガクンするのは何としても避けねばならない。わたしは、学生時代の眠気覚ましテクニックを思い出そうとした。
わたしは中々優秀な学生だった。所謂、優等生である。
なんと、わたしは県でも有数な進学高に通い、大学まで行ったのだ。実に運が良かった。そして、妙に勉強が出来た。勉強は出来ても、頭が悪いとはわたしの為にある言葉である。
授業は聞いていれば理解でき、テストに出るぞという教師の言葉を、メモせずともテスト前夜に思い出す事ができたのだ。『解る、この問題が解るぞ!』と、通信教育の勧誘マンガのような気持ちでテストに挑んでいた日々が懐かしい。短命ながらにその命を燃やし尽くした灰色の脳細胞に感謝しなければならないだろう。
残念ながら、眠気覚ましテクニックについては終始ガクンガクンしていた学生時代だった為、一切思い出せなかったが、糸目なら瞑ってもバレないのでセーフだと思う。しかもアレは深く瞑想していたんだと言うナイスな言い訳を思い出したので、機会があれば使うつもりだ。
「そんなわけで帝国にも支部はあるけど、王家ほど熱心じゃないからねー。会うにはちょっと早いかな、とボクは思うんだ。しかもこんなだまし討ちじゃねぇ。」
なるほど。ボクっ子の見解通りなら帝王は、会社に不満がある支社長が副社長にアポ無しで愚痴りに来たって感じか。それは社長のお飾りたる副社長的には困るな。秘書としては相手を穏便に追い返せないのであれば、副社長は居留守です的な手を使いたくもなるだろう。
「王弟が帝王を引き止めているようですが、強引な方ですからね。デザートの頃にはコチラに突入して来るでしょう。」
会場に入る前に調べてきたのだろうか。予言めいた口調で言うと、猊下は腰を上げた。どうやら神殿的にはお開きらしい。正直とっとと帰りたいので、不満はない。
「王都のデザートって、美味しいからミコ様にも食べて欲しかったのに。」
そう言いながらも、ボクっ子も帰る気なんだろう。膝に置いていたナプキンを皿に乗せている。セイが動かそうとしたのか、わたしの座る椅子の背が傾いたその時である。
「待ってください!」
ガタン、と音を立てて、それまで黙ってモグモグしていた筈の陛下が立ち上がった。スタスタとコチラまで歩いてくる。実に堂々とした歩きっぷりだ。服装も相俟って、まさに王様である。長い足が憎らしい。
すぐさま散っていた円を縮めようとした騎士と団長を、猊下が片手で制した。
陛下はわたしの横まで来ると、長い足を折りたたむように跪いた。
左斜め前の席にいたボクっ子が、横を向いて首が痛くならないようにだろうか。わたしの椅子を動かし、陛下と対面になるように調節する。
なんだ、なんだ?何を始めようってんだ?直訴かい?
完全に他人事なわたしは、詰まらない話なら聞き流して陛下の旋毛を突いてやるか、とその黄色い金髪頭を見下ろした。眉唾ではあるが霊験譚なミコ様がするのだ。ゴロゴロと下すに違いない。
「国が、いくら平和であろうとも、世界が安定していなければ意味が無いのだと。各国家元首は、宗教とは別にして、世界の崩壊を防いだミコ様に感謝しています。」
もちろん、帝王もです。陛下はそう小声で付け足した。
「あんな事があって、私は国が安定しているのだと、驕っていた自分が恥ずかしくなりました。神の怒りは私自身に下ってもおかしくなかったと言うのに。そうして神に、ミコ様に許していただけるか、悩む私を心配した宰相がこのような会を開きました。私はミコ様が煩わしいのを好まないと知っていたのに、来てくださると聞いて喜びました。そして今日、ミコ様は王都の民を救ってくださった。私は許されたのだと思ってしまったのです。」
長文を述べた陛下が俯いていた顔を挙げた。陛下の瞳は、青と言うより水色だった。枯渇したイケメンストックから何も浮かばないが、キレイな嫁選び放題の王族だけあってイケメンだ。今はチワワも真っ青な懇願顔をしているが、イケメンである事は間違いない。
「陛下がそこまでしているのですから、もう少し時間を貰ってもいいでしょう。」
宰相が頼んできたが、猊下が鼻で笑った。
「ムダにネズミを追い回すなと我らを批判しておきながら、その身に帝国のネズミを飼う国が何を言うのです?」
「帝国のネズミがいたのは神殿ではないのですか?現に城を占拠せんと来た騎士達は何も見つけられなかったではないですか。」
「神殿を疑うとは。ちょっと先走って害獣駆除したからってたかが一国がいい気にならないで貰いたいですね。ネズミじゃなければミコ様を餌に帝国に恩でも売ろうとしたんじゃないんですか。」
「ミコ様を政治の道具にしている貴様らがそれを言うか!」
なんかヒートアップし始めた二人を余所に、じりじり近寄っていた陛下が口を開いた。おみ足に触れても?と言うや否や、わたしの左足を手に取る。聞いたくせに『だが断る』を言わせない陛下に、騎士達からブワッと、特に団長とセイから何かが膨れ上がる気配がした。あれ、もしかしてまた危機管理の甘さが出ている?わたしがそう思う最中も、陛下の顔は花塗れになってる左足に近付いていく。
「おいおいおいおい。その手を放せよ、清廉王。」
ピタリと、陛下の動きを止めたその声は、縮まった円の外からだった。腕を組み、会場の入り口に大男が立っていた。男を追ってきたのか、金髪騎士団が御用だ、御用だ!と入り口外で構えていた。
「聖人を餌に偽者の残党をおびき寄せて、挙句俺に手伝わせやがって。手柄は自分だけ貰おうなんて姑息なテメェらしいよなぁ。」
バカにしたような大男の言葉に、陛下はチワワからキリッとした顔になった。流石イケメン、イケメン度が増した。残念ながら、元々イケメンなので劇的な変化とは思えなかった。
「慈悲を請うのを邪魔するか、蛇王。弟はどうした。」
大男は蛇王というらしい。帝王かと思ったら違ったようだ。こうなるとお次は帝王がやってくる展開かと構えてたら、ボクっ子が小声であれが帝王だと教えてくれた。なんだ、あだ名か。
「王弟はオネムの時間だとよ。いいから聖人から離れろ、腹黒。」
陛下の言葉に首を振って、凄んだ蛇王はゆっくりとコチラに歩いてくる。実に堂々した態度だ。
「ミコ様にそれ以上近付くなよ、不審者!」
縮めていた円を、外に向けて丸めた騎士達が叫ぶ。囲まれた形になった蛇王はニヤリと笑った。
「あー?飼い主に忠実なつもりか、犬っころ。飼い主以外に鎖を握られてるお前らに『蛇王』たる俺が止められるのかよ!」
蛇王が精悍な顔で凄むとカッコいいが、あだ名を自分で言っちゃうのは聞いてるコッチが恥ずかしいからやめてほしい。アニメを見てても背中がむずむずしちゃうわたしなので、三次元ともなれば尚の事である。
「んだ、こらぁー。」
「ミコ様以外に繋がれた覚えは無いっつーんだ、こらぁー。」
なぜか巻き舌で騎士達が対抗している。飼い犬呼ばわりを否定すべきなのにおかしな騎士達である。しかも見た目は西洋人なのに、和風なチンピラっぽい言い方だ。下から救い上げるように睨む辺りも実にチンピラっぽい。
そんなチンピラ対応ではいかんと思ったのだろう、団長は騎士団に加勢に行った。
「一度喰らいついたら、飲み込むまで離さない『蛇王』か。神殿騎士団を舐めるなよ、コルァー。」
駄目だ、団長はチンピラのボスだった。
一触即発なアッチも気になるが、未だに左足を確保している陛下はいい加減放してもらえないだろうか。イケメンの手と偉いミコ様の足、どちらが尊いと言われれば考えるまでもない。わたしの足である。よって、即刻左足を救出せねばならない。足の指を動かせばビクリと手を震わした陛下。もう一押しかなと思った時、陛下の肩をセイが掴んだ。
「何時まで触れているつもりだ。ミコ様から離れろ!」
「ミコ様、番犬にステイして!」
止めろと言う意味で叫んだであろうボクっ子を見て、セイが戸惑った顔をした。当然である。ある意味ボクっ子は時間稼ぎに成功したと言えよう。咄嗟の状況に弱いわたしがステイって言わなきゃ駄目なのかなぁともたついていると、宰相がどこからか杖を出した。
「神殿め!陛下に何をするつもりだ!」
宰相の中ではすっかり神殿は悪役である。宰相がなにやら唱えると同時に空気が淀んだが、猊下が片手を翳すとそれは止まる。神力バリアーで何かを防いでいるらしい。
(・・・セイ、ステイ)
「大丈夫だ、セイルース。」
ボクっ子にノろうかノるまいか、迷って中途半端な照れが出てしまったわたしの日本語の代わりに、ミコ語が荒ぶる犬係であるセイを止めた。セイはショボーンとした顔でコチラを見た。何で止めるのさ!とその目が語っている。うん、タレ目で語れるなら糸目でも語れそうだ、とやはり問題は受け取り手にあるのだとわたしは思った。
「邪魔をするな、大神官!」
「落ち着きなさい、宰相。こんな所で魔術なんて放ったら、貴方の陛下も危ないんですよ。・・・ミコ様、大丈夫ですか?」
怒鳴る宰相を窘めた猊下がコチラを見た。猊下にしては優しく声をかけてくれたが、駄目だった。もう我慢できないのだ。
(アハハハハ)
(くすぐったいってもう!)
「ハハハハハ!」
ミコ語の豪快な笑い声に、会場はシンとなった。会場の隅っこにいた生演奏楽団もドレスメイド(仮)軍団も、にらみ合っていた団長達と蛇王でさえも、あの顔文字のような顔でみんなこっちを見ていた。それを確認してわたしが思ったのはもちろん、こっちみんな!だった。様式美である。
「晩餐会などつまらんと思ったが、この余興は面白かったな。」
くすぐったいってを訳したミコ語は内容を誤魔化してくれたようだ。実はわたしはくすぐったがりだ。左足がくすぐったくて仕方なかったのである。
「・・・ミコ様。」
わたしはチワワ顔再びな陛下を見下ろし、お願いをする。
(いい加減、放してくれませんかね)
「わたしに許しを請うな、清廉王。神の怒りは神のモノだ。そしてその対象はお前ではない。」
威厳あるミコ語の説得により、こそばゆさに震えそうな左足はようやく解放された。陛下は跪いた姿勢から、そのまま項垂れ土下座姿勢へと変貌する。流れるような動きに、流石はジャンピング土下座の使い手の兄だけはあると感心した。分かってくれたか的な意味で、ウムウム頷いていると団長の唸り声が聞えた。
「まだ邪魔すんのかよ。」
「貴様のような危険人物をミコ様に近付ける訳にはいかない。」
「なんだよ、ソレ。オイ、放し飼いにすんなよ、ミコ様。犬は繋いでおけって!」
団長の言葉に鼻を鳴らした蛇王がこっちを向いて怒鳴った。
失礼な、わたしは犬はキチンと繋ぐ派だ。放し飼い等、都会では持っての他だ。常識である。飼い主とは、周りの危険から犬を守らねばならぬのだからリードを手放すなど論外である。
だが、異世界ではどうだろう。ライは所謂放し飼い状態ではないか。なんということでしょう。わたしは放し飼いをする危険な飼い主と成り果ててしまったのだ。
「無礼な!ミコ様にそのような態度、許さんぞ!」
わたしがライは神獣扱いなのでセーフなのでは?と考えていると、ゲキおこプンプン丸状態の団長が怒鳴った。いや、激怒プンプン丸かな。一回使ってみたかったのだが、由来を知らん言葉のせいか何かしっくりこなかった。実に残念である。
「まあまあ、その辺にしときなよ。何でも斬って捨てりゃいい時代じゃないんだから。ミコ様が相手にしてないのに、番犬が帝王のバカな挑発に乗ってどうすんのよ。」
ボクっ子は嫌味ったらしく言うと、わざとらしくアクビをした。オネムなのはわたしだけではないらしい。
しかし、なぜどいつもこいつも神殿騎士を犬扱いするのか分からない。そしてなぜ飼い主はわたしなのか。
はっ!これが世界的ヒエラルキーナンバー2の責任という物か。ありとあらゆる世界の事が神の使徒たるわたしの肩にものしかかっているのだ。分かってはいたが、重い責任に身が引き締まる想いだ。今さっき食べた野菜で膨らんだ腹も凹む勢いである。
そういえば、一足お先にオネムとなった閣下は大丈夫なのだろうか。
それが永眠的な意味だったらかわいそうなので、ミコ様として冥福を祈っておこう。
オネムになると饒舌なミコ様。眠気を誤魔化すのに必死な模様。
蛇王こと帝王登場。陛下は清廉王という二つ名があるようです。イマイチ、カッコよくないのは仕様です。陛下はイケメンですが、イケメンが多いのであんまりプラスにはならない残念さ。
尊いミコ様のおみ足はもちろんフローラルな香りがしておりますので、ご安心ください。
次回、神殿側はオネムなミコ様がガクンガクンと白目を剥く前に撤収できるのか。
粘る王達との戦いになる予定。あと閣下の生死も判明します。多分。




