強制イベントというもの
ミコ様にも避けられない事態というのがありますが、相変わらずな感じです。
『ちょ、おま。俺があげた本忘れてんじゃねーよ。』
神様からテレパシーが来た。
お前、発光体の分際でわたしの部屋を家捜ししてんじゃねーよ。
一瞬だけそんなコトを思ったが、そういえば王都本はテーブルに置きっぱなしだったのだ。誰でも見つけられるだろう。
まあ、アレは内容が日本語で書いてあるので異世界人には読めない。
『おい、アレって扱いはやめろ。厳選したんだぞ。甘酸っぱいからグロいまで盛りだくさんなんだぞ。』
R18は余裕で読める年齢だが、グロい事が起きる王都って終ってるなと思った。
「ミコ様、港が見えてまいりました。」
神様とのくだらないやりとりをしている間に大陸に着いたようだ。
ミコ様の御到着にどんな出迎えがあるのか楽しみだ。
大陸というだけあって、港はかなり大きなモノである。たくさんの船が行き来しているのが見えた。なぜか海上よりも磯臭い。
一際大きな停泊所に船は向かっている。神殿の船は結構な大型なのだ。
ようこそ王都へ!
金髪の一団が横断幕を掲げていた。ちょっと恥ずかしい。
「内密にって事だったんですがね。」
隣に立つ団長が溜息をついた。こんな大型船で乗り込んどいて内密も無いだろうと思ったが、口に出すのはやめておく。
「ミコ様という名を入れてないから、大丈夫だろうとか言いそうですね。」
セイが団長に苦笑していた。確かにあの横断幕は王都へ来た人全般に向けてのモノと言い切れなくはない内容だ。
「まあ、先行隊が警護してるから問題ないだろうが。気を引き締めていくぞ。」
団長の言葉にセイが頷いた。
やはり偉いミコ様が動くと大変なのだなと思った。
※ ※ ※
王都来訪が内密なら、海を歩いて上陸は諦めよう。
わたしもなんだかんだ言って、ちょっとはしゃいでいたようだ。
セイが用意した靴を履く。裸足だとミコ様だとバレてしまうからだ。
団長が先頭でセイが後ろ、いつもの挟まれ隊形である。
「ミ・・・お待ちしておりました!」
ミコ様と言いそうになった閣下は団長に睨まれて慌てて口を噤んだ。
というか、閣下が出迎えてる時点で内密も何もないと思うのだが。コチラを遠巻きに眺めている港の人々には、明らかにドコかの偉い人が来ているって思われると思う。
髭の後ろの人が横断幕をワッショイさせている。こっちに向けたら、わたし向けの横断幕だと・・・ダメだコイツら隠す気がない。
団長とセイも同様の結論に達したのか溜息を隠さない。
「王城へは我々が用意した馬車で向かいます。別行動で願いたいのですが。」
団長の言葉に閣下は残念そうな表情をした。
「王家で馬車をご用意していたのですが・・・。せめて警護させていただけませんか?」
「ミコ様は大仰な事は望まれておりませんので。警護と言うなら、そちらの馬車は派手に登城してくださればよろしいかと。」
つまり警護したいなら、王家の用意した馬車で囮になってくれればいいじゃないって事ですな。
団長の言葉にションボリした閣下は団長が折れないのが分かったのか、キリッとして了承した。
「分かりました。ミコ様、城でまたお会いしましょう。」
ミコ様だけ小声にした閣下はマントを翻し、派手な馬車に乗り込んで去っていった。
「やはり同乗する気だったか、まったく油断ならないな。」
金髪集団が去ったので、もっとよく見ようとにじり寄る野次馬を先行していた騎士達がシッシと追い払っている。
「団長、馬車が来ました。」
やってきた神殿の馬車は銀色をしていた。宗教っぽい繊細な装飾を施してはあるが、頑丈そうとしか思えなかった。こんな重そうな馬車で馬は重くないのかと思ったが、引いている2頭の馬は団長の愛馬並に屈強そうだったので心配はいらぬようである。
「ミコ様、足元に気をつけてください。」
小窓付きの扉を開けたセイは頭が当たらないよう上に手を当ててくれている。大きな作りだったが、油断するとぶつかりそうだったので慎重に乗り込む。ミコ様にドジっこの称号は不要なのだ。
中は対面の座席があり、白い壁には小さい薔薇の模様があった。左右だけでなく、前と後ろにもある窓にはガラスがはめ込まれていた。
クッションのような素材の座席は座り心地がいい。
「大砲が当たった程度ではグラつかないようになっておりますので、ご安心ください。」
扉を閉める際のセイの言葉に異世界の技術はとんでもないなと思った。
音も無く動く馬車は乗った事がないが電気自動車のように振動がしない。これでは、チラ読みした王都本にあった尻が痛いなんて事態に陥りそうもなかった。
窓から見ると団長とセイがそれぞれ愛馬に乗って馬車の脇を、後ろに馬に乗った騎士達が固めている。街中という事もあってか、そんなに早くは走っていないようだ。
しかし大砲が来たら、警備している人間の方が危なそうだ。あのデタラメな神力があれば、大砲位なんとかしそうな騎士達ではあるが。
せっかくの新天地なのでカーテンに隠れながらも、街並みを眺める事にする。港の人々がアレなんだろうと言った顔でコチラを眺めているのが見えた。
港から街に入ったのか、様子が変わる。歩いている人も屈強な漁師っぽいのから普通の街人になっていた。
暫くすると馬車の先を指差している人々が見える。何やら騒がしい声も聞えると、団長が先に走るのが見えた。先で何かあったのだろう。
ゆっくりと馬車が止まる。
コンコンとノックをして扉を開けたのはセイだった。別にノックせんでもいいんだが。
「ミコ様、申し訳ありません。暫しお待ちいただけますか?」
扉を開けると一層騒がしさが増してくる。野次馬根性で扉から頭を出そうとしたが、セイに阻まれてしまった。
セイの後ろでブルブルとセイの愛馬がコチラを見て首を振っていた。馬もダメだと言いたいらしい。
「人が轢かれたぞ!」
「怪我は?!」
人々の声に、まさかこの馬車が轢いたんじゃないだろうなと思ったのがバレたのか、セイが首を振る。
「前の馬車に人が轢かれたようです。」
ワーと言う歓声が聞えた。
「なんと言うパワーだ!」
「流石は騎士様!ナイスマッチョ!」
「医者を早く!」
どうやらナイスマッチョな団長によって、救助がされたらしい。
「やっぱ神殿の騎士様は違うねぇ。」
「貴族の奴は轢いたくせに出てきもしねぇなんてな。」
どうやら事故の加害者は貴族らしい。セイは野次馬に目をやって扉を閉めようか迷っているようだった。
「セイルース、医者の到着が遅れている!誰か走らせるか?」
前方からの声にセイが頷いて、馬車の後ろを見た。
「医者は今の時間三番地に往診に行ってるんだ。騎士様、頼みますよ!」
野次馬の中からオバサンが大声を上げた。セイは頷いて、後ろの騎士に指示を出す。
「三番地だ、行け!」
扉はセイが固めているので、後ろの窓を見ると騎士が一人馬を後方へ走らせる所だった。野次馬の一部が交通整理をして、騎士に道を明けている。
「間に合ってくれよ!」
「テメーは何で止まらなかった!出て来い!」
前方から怒号と悲鳴が上がった。前の馬車の御者を誰かが引き摺り下ろしたのかもしれない。
『伝説を創る時は・・・今でしょ?!強制イベント発動!』
(うわっ!なんだいきなり)
「セイ!降りるぞ。」
ちょっと事態にハラハラしていたせいか、神様のテレパシーに声が出てしまった。ミコ語は張り切ってるようである。セイもビックリしたようにコチラを見ていた。
『このままじゃ、医者は間に合わない。』
時間を弄れる神様だけあって、先の予想がついてるらしい。
『被害者が死んだら、暴動が起きて前の馬車のヤツラは殺されるな。』
人命救助は慈悲深いミコ様としてはやぶさかではないが、奇跡なんて起こせないんだが。また要らぬミコ語が発動しないようわたしは心の中で反論した。
『ミコがいながら人を救えないとなったら、ケチが付く。諦めて言う通りにしとけ。』
それは確かにそうだ。個人には対応できないミコ様ではあるが、そんなのこの場の人々には通じない。出来なくとも何かしなくてはいけない。
『奇跡を起こそうZE』
親指を立てる発光体の幻が見えた気がしてウザくなったが、そこまで言うなら奇跡に関してはなんとかしてくれるのだろう。
「ミコ様。」
神様とのやり取りをしている内にセイが馬車の中に入っていた。出るのを止める為かと思ったら、対面に座りわたしの履いていた靴を脱がし出す。
裸足になった途端に現れた花絨毯を眺めていたら、セイがジッとコチラを見ているのに気付いた。
(神様が何とかしてくれるらしいから、何とかなるって)
「大丈夫だ、神は見ておられる。」
心配いらん、って言う意味ではあってるんだが、どうもミコ語は伝説創っちゃうと張り切ってる神様に同調しているようだ。言い方がクサい。
真面目な顔で頷いたセイに若干恥ずかしくなりながらも、続いて馬車を降りる。
「ミ!」
神殿の馬車の御者をしていたのは騎士だった。降りたわたしにミコ様と言おうとして慌てて口を手で塞いでいる。
前方では想像通り御者がたこ殴りにあっていた。何人かが、前の馬車の扉を殴って無理やり開け様としている。集団心理怖いな、といつもよりかセイの後ろに張り付いておく事にした。
「道を開けろ!」
裸足で歩くわたしに配慮してなのか、石の歩道を歩くセイが野次馬を退かしている。
前の馬車まではスムーズだったが、馬車に群がる人々が邪魔しに来たのかとセイに襲い掛かろうとした。御者をしていた騎士がセイの加勢に入る。
『ミコらしく、堂々としとけ。』
神様の声に、例の眩しい効果を狙って両目を開いてみる。
効果は抜群だ。殴りかかろうとしていた人々が固まっている隙に、セイと御者をしていた騎士が野次馬を退かしていく。
『馬と同じ要領だ。目を開いたまま、ちょいと撫でとけ。』
馬と同じとはどういう事なのか。半信半疑で神様のテレパシーに頷くと被害者と団長を囲んでいた人々が道を開けた。
「キューン、キューン。」
子犬が血まみれの子供に縋っているのが見える。轢かれたのは子供のようだ。
止血をしていたのだろう、両手が血まみれの団長が顔を上げる。
「ミコ様・・・。」
途方にくれた団長の顔にわたしはどうしたらいいのか分からない。何せ人命救助は素人で奇跡は神様頼みなのだ。
『笑えばいいと思うよ。』
神様のつまらんネタにニヤリと口元が歪んだ。仕方が無い上司だ。時間外業務ではあるが、ミコ様の奇跡で伝説を創らねばならぬ。
両目を開いたままで手を見ると、ぼんやりとした光を帯びていた。恐らく神様の力で奇跡を分かりやすくしたに違いない。何事も演出は必要である。
子供は確かに血まみれだが、実際に怪我をしているのは両足のようだ。
両足の血を拭うように撫でると手の温度が上がるのを感じた。全身を打ってるのかもしれないので、全身も軽く撫でておく。
光を帯びた手は血に濡れないので、涙を流していた子供の目元も拭ってあげた。ついでに傍の子犬も撫でる。
「ワン!」
子犬は尻尾をブンブン振っている。ポフポフ頭を撫で、開き続けて乾いた気がする目を半目に戻す。
立ち上がると人々を制していたセイが駆け寄ってきた。
セイに終ったという意味でウムと頷くと、子供を確認してから同じように立ち上がっていた団長が号泣していた。
「ミコ様ぁ。」
実際には濁点付きで声を掛けてきた団長は漫画のように滂沱の涙を流している。
マッチョの号泣に呆れたが、まあ好きなだけ感動がするがよいと頷いてやる事にした。奇跡を目の当たりにしたのだ。
ミコ語に任せてもいいが、また伝説に相応しい言葉とかって要らぬ事言いそうだったので話すのは止めておく。
「ミ、ミコ様?・・・あの、ミコ様。」
「奇跡だ・・・ミコ様。」
ジワジワとざわめく人々を置いて、とっとと馬車に戻る。ミコ様として箔が付くのはいいが、人々に揉みくちゃにされたくはないのだ。
「やっと医者が来た!」
「先生、遅ぇーぞ!」
「怪我が直った?またお前、ふざけた事を・・・ホントだ、怪我がない!」
ワーワー騒ぐ人々と医者のコントのようなやりとりを聞きながら、わたしは上がった心拍数を落ち着かせていた。
『どうだ、気分は?』
(最悪だ)
「神の御心のままに。」
ミコ語によってまた恥ずかしい独り言になったが、言う程気分は悪くない。
強制イベントが起こりました。
たまたま事故が起こったせいですが、神様は仕組んでません。可能性としては予想してましたが、実際起きるかどうかは神様もわからないので。ただ起こってしまえば、先の見通しは出来ます。なので、ミコ様の奇跡となったワケです。ミコ様の神力は全開にしてれば人を癒せますが、本人は知りません。神様が何かしてくれたと思ってます。最悪と言ったのは、思ったよりミコ様っぽく振舞えなかったなぁと思ってるせいだったりします。ミコ様は演技に自信がないので。
またしても宰相は出番なし。閣下に先越されました。
しかし、こんなにダラダラしてて晩餐会に間に合うのか・・・次回もミコ様視点です。




