肖像画について ミーミ・ブレッドと神殿の騎士団
題名は彼ですが、視点はブレッド氏ではありません。
異世界なので絵についてのあれやこれやはこの世界とは異なります。知識のある方は頭をからっぽにして、広い心でお読みください。
ミーミは加護持ちだ。
大抵の人は彼の姿を見ると、『絵の才能が神のギフトか』って顔をするけれど、絵の才能は神の加護のお陰ではなかったりする。
それはいいとして、ミーミはミコ様は実に恐ろしい人だと言っていた。
僕としては、騎士団の方がよっぽど恐ろしいと思うんだけど。
あんなに神々しいのは人間じゃないってミーミが言う。
なんせ、神の使徒だしね。僕は見れなかったけど、目の当たりにしたミーミが言うんだからそうなんだろう。
「抑えてはいたが、神力が半端なかったよ。」
「神の世界の言葉なんだろう。神秘的な言葉を呟かれていた。」
あの時、咄嗟に隠れた僕の耳にも聞えた言葉。
ミーミは褒められたと解釈している。
確かにミコ様はいい絵だと言ってたけど、どうなんだろう。
「もっとじっくり描きたかったなぁ・・・。」
無事あの神殿から解放されたにも関わらず、ミーミは魅入られたように他の仕事に身が入らない。
一晩で肖像画を描きあげるなんて、今までは考えられない速度だ。
出来としてはこれ以上ない程のモノだったけど。
※ ※ ※
宰相様がミーミへ依頼したのは、ミコ様の肖像画だった。
僕もミーミも、これには興奮が隠しきれない。
想像で描く宗教画とは違う。実在する奇跡の使徒を描けるのだ。
そんな貴人の絵を描くにあたって、事前打ち合わせがしたいと言う神殿の申し出を僕らは快く受けた。
宰相様が用意してくれた打ち合わせの部屋は、空気が薄く感じる位マッチョの集団が埋め尽くしていた。
芸術家の端くれである僕はもちろん、ミーミなんか爪楊枝だって思える位の筋肉の塊が壁に並ぶ。
「私の名前はセイルース・・・いや、セイと言う。」
筋肉集団から前に出て来た人は若く、紳士的で威圧感が感じられなかった。多分筋肉集団よりはスリムで甘い顔立ちをしていたからだと思う。
爽やかで紳士的なイケメン騎士と思えたのは第一印象のみになるとは、この時の僕は知る由もなかった。
「ミーミ・ブレッドです。」
「僕は、助手のアルフォンス・ルイです。」
セイと名乗った騎士は、部屋の中央に用意されていたテーブルと椅子に一人座ると僕らにも座るよう促した。
どうやら彼は筋肉集団の代表として僕らに話をしてくれるらしく、騎士団の中でも上位の人物らしかった。
「まずは、ミコ様を描く依頼を受けてくれたことを感謝する。」
「とんでもないです。光栄な事だと「当たり前だ。」
僕らは社交辞令でなく光栄だと思っていたので、それを述べようとしたんだけど最後まで言わせてはもらえなかった。
というか。
「ミーミ・ブレッド。貴様は気に入らない人物であれば断っているらしいが、この依頼を断れるなど考えない事だ。
もっとも、ミコ様を気に入らないなどあ・り・え・な・い、がな。」
セイ様-僕は何となく頭の中でも様付けした方がいい気がしていた-がニヤリと笑うと周りの筋肉も当然と言わんばかりに頷いた。
「あ、あれは誤解です。」
僕は慌てて弁明をした。
確かにその前評判をいい事に無茶な貴族の依頼を断ったりしていたけれど、ココで肯定するのは危険だと僕の本能が告げていたからだ。
「我々の、調査が、間違って、いるとでも?」
ゆっくりと告げるセイ様に、僕は余計な事を言ったと後悔しながら俯いた。
ミコ様を守る神殿の騎士が僕らの事を調べていない筈がないのだ。
「そう苛めるなよ、セイルース。芸術家ってのは繊細らしいですよ。」
僕らはすぐ後ろから聞えた声にビックリして振り返ると、部屋に入った時には見当たらなかった騎士が立っていた。
見上げる僕に微笑む騎士様に、僕は迂闊にも救いの神が現れたと思ってしまった。
「我々が苛めすぎて、ミコ様を逆恨みされても困るだろう。芸術家なんて、繊細で捻くれた性質らしいし。」
何に対しても、先入観を持つのは止めよう。僕はそう心に決めた。
芸術家が繊細で気難しいとは限らないように。
騎士様も強いけど、優しくはない。清廉で公平なんて嘘っぱちなんだ。
「でもまぁココに神官が同席してなくて良かったね、君たち。」
そう言って僕らの肩を叩いた騎士様に、むしろ同席してくれればこの空気も違ったかもしれないと思った。
「審判長はともかく、緑の魔女が来てたら大変な事になったろうな。」
感謝しろと言わんばかりのセイ様にまたしても回りの筋肉が同意する。
神官なのに、魔女?僕らは俯きながらも顔を見合わせた。
「どっちが来ても地獄だよね。せっかくの絵の才能を洗脳と拷問で台無しにされてしまうかもしれない。」
アハハハハと快活に笑う後ろの騎士様に僕らは震え上がる。
神官なのに、洗脳と拷問だって?おかしい、僕らは神殿の依頼を受けた筈。
打ち合わせの部屋を間違ったんだ。そうだ。そうに違いない。
僕が現実逃避をしたのに気付いたのか、僕より図太い神経をしているミーミが脇を突いて来た。
「アルフォンスと言ったか。」
セイ様の声に僕は粗相があってはならないと勢い良く顔を上げた。
なるべく従順そうで、できればミコ様への悪意はこれ微塵もありませんと見えるような表情を心掛けた。
「ハイ!」
「助手というのは、何をするのだ?」
「道具の手配や身の回りの世話、絵の描きやすい環境を作るのが仕事です!」
僕の回答にセイ様が頷いてくれたので、ホッとした。
正直それ以外の回答なんてなかったんだが、そのとき僕は間違ったら殺されるとまで思っていた。
「では不要だな。環境は我々が整えよう。」
「え?いや、その困ります・・・。」
僕よりは図太いミーミが弱弱しい声を上げた。
声を出せただけ凄いと思う。僕なんか不要と言われた途端に生きててごめんなさいまで考えちゃってたんだから。
「ミコ様はな、煩わしいのを好まれんのだ。」
「?」
セイ様の発言に首を傾げた僕らに、後ろの騎士様から補足が入る。
「ミコ様を描くからには顔を合わせないといけないだろう。その人数は最小限にしたいんだよ。」
分かりましたか?と僕らの肩に掛かったままの手に力が入った。考えるまでもなく、僕らは頷くしかなかった。
「こちらの都合もあるから、君も来てくれて構わないよ。」
「ミゲル!」
後ろの騎士様はミゲル様と言うらしい。セイ様が出した声は鋭くて、僕らは椅子に座ったまま飛び上がる程怯えた。
「例の件もあるし、画家の世話係に人手は割けないだろう。彼をミコ様に会わせなければいいんです。」
ね?と微笑まれ、僕はガクガクと首を縦に振った。
剣で脅されてるわけじゃないのに -そういえば騎士様たちは誰も武装していなかった- 絶対にミコ様に遭遇するわけにいかないと僕は魂にまでその誓いを刻もうと思った。
「あの、デザイン的な希望がなければ「デザインの注文は無い。」
通常、打ち合わせと言うのはデザインについての希望を聞く為にある。
デザインの希望がなければ終わりにしたいというミーミの言葉は無常にもセイ様に遮られた。
「だが・・・」
その後セイ様がなんと言ったのかについては僕の記憶には無い。ミーミもないそうだ。
気が付いたら、僕らは神殿に来ていたのだ。
洗脳も拷問もされなかったけど、一際恐ろしい女性が僕らを待っていた。ミコ様がいかに素晴らしいかについて延々と語る女性は安らぐ筈の緑の色彩とは裏腹にとても疲れるものだった。
だって目が怖い。しかもノンブレスで語るし。
アレは本物だと僕とミーミは頷きあった。何が本物かについては考えたくも無い。
「軟弱ですねぇ。」
セイ様への恐怖から、倒れてしまったミーミはミゲル様の部下に担がれて戻ってきた。
幸い、ミーミの加護は一目見たものを記憶できるという能力だったのですぐさまデッサンへと取りかかったのだが
報告を受けたらしいミゲル様によって、作業は苦行へと移行した。
「ミコ様が優しいからと泣き言を言って気を引こうとしたんでしょうが、そうはいきませんよ。」
この泥棒猫っていつ言うのかなぁと、恐怖で神経が麻痺したらしい僕は絵の具を練りながら思った。
だってミゲル様の言ってる事って、肉屋の奥さんが従業員の若い娘によくヒステリックに叫んでる内容みたいだから。旦那を誘惑していると勘違いしていた肉屋の奥さんはこんな風に般若のような顔をしていた。
ミーミは作業に没頭する性質だけど、流石に命を脅かす対象がいると気になるみたいで集中するのに苦労していた。
「威厳をもっとだなぁ・・・。」
「いや神々しさを際立たせて。」
「あの小ささは表現しておくべきだろう。」
騎士様や神官たちは入れ替わり立ち代わり来て、好き勝手に注文をつけていく。けれど何故かセイ様は一度も現れなかった。
あと大神官様も。
ミーミは途中から彼らの注文を聞き流し、けれどそこからミコ様がどんな存在なのか掴もうとしているらしかった。
だって、あれだけ震えていた線がしっかりとしたものになっている。
僕は外野の声は無視して、ミーミから指定された色を作り終えると荷物の影で毛布に包まって寝てしまっていた。
助手失格とか言わないで欲しい。作業に没頭するミーミを放置して寝るのはいつもの事なのだ。
「これは凄いね。」
その声で僕は目を覚ました。
「ありがとうございます。」
ミーミの受け答えはいつも通りしっかりしたモノで、僕は相手が誰なんだろうと荷物の影から伺った。
「騎士団や神官達が無茶を言ったろう。すまなかったね。」
背の高く美しいその人は神官服を着ていた。威厳に満ち溢れ、若かったけどかなりの地位にあると思った。
「まぁ、君は各支部の注文をしっかりこなしてたから大丈夫だと思ったけど。」
苦笑した顔も美しいその人は大神官様だった。
ミーミは宗教画も神殿から良く頼まれていた。神様の絵は想像で描くしかないのだけれど、支部によって中性的だったり雄雄しくだったり色々注文をつけてくるのだ。
「これがミコ様か。フフ・・・騎士団が何か言っても、君たちの安全は私が保証しよう。」
大神官様が去って、ミーミも安心したのか絵の傍で丸まってしまった。僕はそっと毛布をかけてやる。
そこには聖人が描かれていた。僕は見たことがないけれど、神官や騎士が言う通りのミコ様がそこに居た。
威厳があって、神々しくて慈悲深くて。
皆、何も言わず絵を見ては去って行く。
僕は誇らしい気分でミーミの道具を片付けていたら、セイ様がやってきた。
今になってみれば、僕がつい隠れてしまったのはセイ様へのトラウマでなく、魂に刻まれた誓いが一緒に来たのがミコ様であると教えてくれたからだと思う。
「ああ、ミコ様。」
ミーミの言葉に隠れた僕は息を殺した。
「人は・・・やればできるものなのですね。」
僕は、ミコ様がなんと言うか、ただ耳を澄ましていた。
「これは・・・。」
セイ様はそれだけだけど、描きなおせなんていわないだろうと分かった。
その後に、あの、不可思議な言葉が。
威厳があって、神々しくて慈悲深い声が聞えた。
「ここまで表現できるとは、素晴らしい。」
ミコ様以外にもう一人いたらしく、セイ様はその人と会話をしている。
「祭事長様にはもっと神々しさを、と言われたのですが。これ以上となると人々は逆に怯えるのではないかと思いまして。」
「そうだな。ミコ様は慈悲深くもあるからこれ位に抑えるのがちょうどいいだろう。」
セイ様たちにアノ言葉は聞えなかったのだろうか。
「ミコ様?お気に召さないのでしたら・・・やり直させますが。」
セイ様の声に僕は震え上がった。直前の疑問は吹っ飛んでいた。走馬灯の彼方だ。
大神官様が保障してくれてたけど、ミコ様の答え次第では命が風前の灯だと僕には分かっていた。セイ様はヤル。絶対にヤル。
どうか、どうか・・・僕は神様というよりミコ様に届くように祈った。
「必要ない。いい絵だ。」
僕はミーミの助手という立場のせいで命が危うくなっていたけど、ミーミのお陰で助かったと矛盾した感謝の気持ちを抱えていた。
なんて、そのときは嬉しくてそんな難しいこと考えてもいなかったけどね。
助かった、そしてやっぱりミコ様はあの素晴らしさが分かるんだ!とか何とか思ってたと思う。
気が付いたら、僕らはまたいつもの作業場に帰っていた。
減った絵の具とミーミの手に握られた重い金貨の袋がなければ、夢だと思っただろう。
色々怖かったから、いつもの僕なら夢だったと言うかと思ったとミーミは言う。
だって僕は忘れたくなかったんだ。
威厳があって、神々しくて慈悲深いあの言葉を。
だってあれは、ただの助手の僕が触れる事ができた、神の領域なのだから。
ミコ様の肖像画の作者について
肖像画の作者については色々な説があるが、もっとも有力なのが当時有名で以降画聖と名を馳せたミーミ・ブレッドである。
神殿の文献に記載があるので肖像画の真偽については疑問の余地がないが、なぜ作者の記載がないのかについては未だに解き明かされていない。
肖像画の作者について、神殿の文献に記載がないのは騎士団が暴走したせいです。
大神官の知らないうちに勝手に事前打ち合わせと称して、画家と助手を拉致した為に経過を書類に残すのはマズイという事になりました。
神の加護があると一つだけ能力がもらえます。ブレッド氏の能力は所謂完全記憶能力。姿は見ているので、あとは注文内容からミコ様像を汲み取り、芸術として作り上げています。
肖像画について、大神官は他の異世界人とは違う感想を持ったようですが出来には満足しています。むしろこの方がいいだろうと思ってます。
日本語について聞えたのは画家と助手だけで、セイは音になると受信できない模様。
ノリについては、いつもと毛色が違うので戸惑った方もいるかもしれませんが・・・まぁ、助手ですが芸術家の視点って事で多めに見てください。なにぶん異世界の芸術家なので、こちらの世界とは異なりますという事で・・・。




