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祈るということ  作者: 吾井 植緒
神殿編
19/47

陰謀というもの 後編

主にパンです。おまけでパンの耳も。

「ふあふあッスねぇ、ミコ様。」


(だねー)


「うむ。」


去り際を心得た男は、仕事も早かった。

すでに赤髪神官はパンを用意して待っていた。


 ※ ※ ※


パンの耳はわたしのスローモーションっぽく駆け寄った動作が辿り着く前に、音もなく現れた忍者部隊に担がれていった。

恥ずかしい。どうせ来るならもっと早く来いよ、と思いながら見送っていると忍者部隊を呼びに行っていたらしいセイが来た。


「アレは貧弱なだけです。ミコ様がご心配する必要はございません。」


どうも気合の空回りしているセイは部外者に厳しいようである。

アレとか酷い扱いである。彼には立派にパンの耳という名前があるのに。


一々窘めるのもメンドイので、うむと頷いてからセイと一緒に階段を下りる。

いつものようにサスペンス劇場じゃなくなった崖を見ると、小舟が増えている。四角く浮いているのは生簀だろうか。

下の方から漂うバターの香りに小船を数えるのを止めて、更に下りる。


「ミコ様!パンですよ、パン!」


言わなくても見れば分かるぞ、赤髪神官よ。


「いや~、こんなにふっくらしたパンは始めて見ました。」


赤髪神官の隣に立つ団長が珍しそうにバスケットを眺めている。


「早速ミコ様の奇跡の成果を見たくて、厨房に頼んだんですよ。」


エッヘンと赤髪神官はのけぞった。

うむ、よくやった。そう頷いていると、わたしに続いて下りてきたセイが提案する。


「天気も良いので、今日は外で食べますか?」


(ピクニックか、それもいいな)


「たまにはいいだろう。」


ミコ語も気持ち弾んだ声になっている。

団長がでは用意してきます、と外に向かった。


赤髪神官とセイと声には出さないが気分ではワイワイしながら外に出ると、団長と忍者部隊がガーデンセットのようなモノを設置していた。

所謂、傘の付いたテーブルと椅子のセットである。

なぜ忍者部隊と気付いたかと言うと、シュタッ、シュタッと動くともうセットが置かれていたからだ。

すぐに消えた忍者部隊はたぶん周辺警護についているのだろう。ご苦労な事である。


「ミコ様、どうぞ。」


セイが引いてくれた椅子に座り、差し出されたバスケットからバターロールと思わしきパンを取る。

仕組みがよくわからないのだが、パンとはふっくらするとバターロールの形になるのだろうか。

そんなに気になる訳でもない癖にパンの形状について考えるのはやめよう。どうせ神様の事だ。形状だけ丸パク済みだったのだろう。


どうでもいいが、赤髪神官は跪いてバスケットを掲げていた。とすると、このパンは貢物ということか。

そういうことならばと、威厳たっぷりに頷いてパンをかじる。正直注目されながらというのは嫌なのだが、ココまで来てこっそりするのも偉いミコ様としての威厳が減りそうなので我慢する。

偉い人も偉いなりに我慢せねばならぬ事があるのだ。


う~む。焼きたてのパンは実にフワフワであった。今まで硬かったの?ウソでしょ?と言いたい位である。


(食べないの?)


「食べないのか?」


見ているだけの団長とセイ、赤髪神官に問いかけると嬉しそうに笑った。

いいんですか?構わんのやり取りを一通り済ませ、良きに計らえと手を振ってやる。

3人とも立ったままだったが、それぞれ恐る恐るパンを選び、齧った。


「おおっ。」


「・・・。」


「ふあふあッ。」


団長、セイ、赤髪神官の感想である。どいつもわたしとドッコイな反応だ。流石に味のリアクションは欧米的ではないらしい。

まぁ、いきなりクドクド味についてよく分からない例えを交えながら解説されても困るのだが。


「何してんですか。」


おお、忍者。生きていたか。

おっと失礼。死んだなんて情報は欠片もなかったのに縁起でもないな。こないだ消えてから見かけなかったので、現れた忍者につい思ってしまったのだ。

声に出さなくて良かったと思う。


(パンを食べてるんだ。良かったら、食べない?)


「パンを神官が用意してくれたのでな。お前も食べていかないか?」


ミコ語にしては気さくな誘いだ。忍者は頭をかいて恐縮している。


「え、俺パンはに「有難く頂くよな?」・・・頂きます。」


セイは最近被せ気味に話すのがブームらしい。まぁ、恐縮で断る→気にするな食べろ→じゃあ遠慮なくのやりとりは面倒だから、短縮したくなる気持ちも分からなくはない。

忍者はほんの少しだけパンを齧ると、目を見開いて残りを口に入れた。


「・・・や、柔らかい!」


これがクチャラー状態だったら断じて許しはしないが、忍者は噛むのも飲み込むのも忍者だった。


「ど、どうしたんスか、これ。」


「ミコ様の奇跡です。」


「なぜお前が威張るんだ・・・。」


ドヤ顔をした赤髪神官に脱力気味に団長がツッコんだ。


「特別な製法とか?」


「いや、今まで通りにパンを焼いたらこうなるんだと。」


「すげーな、そりゃ!・・・・・あ、失礼しました。」


団長と忍者のやりとりに、気にするなと頷いてやる。

偉いミコ様は下々の気さくな会話に割ってはいったり、目くじらを立てたりしないのだ。決して会話するのが面倒なわけではない。


「で、何かあったのか?」


「いや、実は・・・初代ミコ派なんですが、どうも横槍が入ったようで。財源が根こそぎ削られてました。

派手だったんで付いてた連中はそっぽ向いて、かなり縮小されてるようです。」


団長に聞かれた忍者は迷うそぶりを見せたが、わたしがセイの入れてくれたお茶を堪能していたら語りだした。

そういや忘れていたが、わたしは皆殺し計画中のテロリストに狙われていたのである。


「そうか、じゃあ叩くのも楽だな。」


「どうせなら規模の大きいウチに叩いて、ミコ様に敵対する事の無意味さを世間に思い知らせたかったんですけどね。」


ハハハ、と笑い合う団長と忍者に見せしめにしたい事があるんで何人かは生け捕りにしてくださいよ!と赤髪神官が注文を付けていた。


「ミコ様、お茶のおかわりは?」


どうテロリストを料理するかという物騒な声をBGMにわたしはセイにうむ、と頷いた。


 ※ ※ ※



目下の懸念事項であったテロリストが排除されるかと思うと俄然張り切るものだ。何をと問われると困るが。

まぁちょっと忘れてはいたが、やはり平和なのが一番である。


あれからパンの耳は戻ってこなかったのだが、大丈夫なのだろうか。

そういえば、もう駄目だとか言ってなかったか。となると、肖像画の件はナシということか。


そんなコトを思いながら、サスペンス劇場じゃなくなった崖を眺める。

小船が少ないな・・・大きくなっている、だと。小船の何艘分でランクアップになるのか、とりあえず漁船と名付けよう。どれだけ増えれば更に大型になるのか今から楽しみである。


ちなみに今日の祈りの結果は


「ミコ様!あのグダグダになってた西の紛争収めるなんて流石ですね!」


である。やはり平和が一番、が効いたらしい。


「しかも見ましたよ~。素晴らしい出来ですね!もう少し神々しさをって祭事長が注文つけてるみたいですが、アレ以上になると逆に人間離れしてる感じで馴染まないと思うんですよね。」


紛争に神々しさってどういうことだ?

赤髪神官の言っている意味がわからないわたしにセイが囁いた。


「ミコ様の絵姿の事です。」


(絵?)


「ん?」


ミコ語も混乱している。というか絵ってもう描けてんの?早くね?一流の画家ともなると一目見て描けるって事?


「・・・見てみますか?」


何故か溜めたセイの言葉にわたしは直ぐに頷いた。


朝食を先に済まされた方が、とか色々セイは言ってきたがとりあえず見せろと強行してみた。

パンの耳め、人を心配させといて絵を描いていたとはどういう了見だ。いや、絵を描くのは彼の仕事だから当たり前の事をしているだけか。


なぜかミコ部屋ばりに扉係りが警戒する部屋にソッと入る。

芸術家とやらは繊細らしいので、気をつかってみたのである。


目に入ったのはでかいイーゼルとカンバス。と、その下に見える布の塊。


ぐったりしたパンの耳だった。死ぬなブレッドォオオ、再び。


「ああ、ミコ様。」


スローモーション仕様にしなかったお陰か、今回は忍者部隊に回収される事なく生きているパンの耳と会話することが出来た。


「人は・・・やればできるものなのですね。」


フッとフランス映画的イケメンの本領発揮でパンの耳はアンニュイに言った。

指を差すカンバスを見ると。


「これは・・・。」


セイが感嘆の声を上げた。


(これは・・・別人だな)


思わず声が出たのにミコ語が仕事をしない。どうしたミコ語、バグッたか。


カンバスの中央には前髪と服装から多分わたしと思わしき生き物が天に祈っている姿があった。


だがなんというか・・・違うのである。


「ここまで表現できるとは、素晴らしい。」


そう、素晴らしく捏造されているミコ様像である。


「祭事長様にはもっと神々しさを、と言われたのですが。これ以上となると人々は逆に怯えるのではないかと思いまして。」


「そうだな。ミコ様は慈悲深くもあるからこれ位に抑えるのがちょうどいいだろう。」


わたしを置いてけぼりで進む会話に気分は裸の王様である。

芸術的センスがないわたしにはどう見ても別人なので主張したいんだが、芸術がわかる人には違って見えるのかもしれないのだ。


「ミコ様?お気に召さないのでしたら・・・やり直させますが。」


セイの言葉に震え上がったパンの耳は良く見るとボロ雑巾のようになっている。

まぁ、いいか。芸術的センスのないわたしから言える事はない。どうせ本物を見る機会などないのだから、夢を見させるのもミコ様の役目である。


(いいんじゃない、これで)


「必要ない。いい絵だ。」


ミコ語がバグから復旧した。

偉そうな感じが3割位増えていた。


初めてパン・・・ミーミ・ブレッド氏の肌に赤みが差すのが見えた。


ミコ様の肖像画完成!製作過程の裏側は別視点でやります。

ブレッド氏は頑張りました。リジーの乱入や騎士団のプレッシャーにも耐えて一晩で描き上げました。ミコ様には別人に見えてるようですが、異世界人にはそう見えています。イメージは宗教画でお好きなのを想像してください。

日本語のみでバグってしまったミコ語についてですが、セイ達にはどう聞えたのかは製作過程の裏側で出したいと思います。

初代ミコ派はあっさり壊滅間近になってしまいました。サスペンス展開とは無縁なお話なのでこんなモンです。どうやらドコかが嗅ぎつけてちょっと暴れたようですが。

あ、もちろん逃げた連中も容赦なしです。抜かりない騎士団ですので。



次回、王家と晩餐会開催です。と、その前にブレッド氏の地獄の二日間が入る予定です。

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