王家というもの 後編
ほぼ馬です。ミコ様にとっては馬>王家の模様。
馬、いいよ。馬。
ブルルンと鼻を鳴らしながら、輝く毛並みと美しい筋肉をナデナデさせてくれた。
俺かっこいいだろう?そう言いたげな目に賞賛の目で見つめ返してやった。わたしは動物となら目と目を合わせられるのである。
デカイ馬もいたのだが、わたしが撫でやすいようにわざわざ屈んでくれたりしたのだ。美しい上に優しいのだ、馬は!
つい空腹も忘れて、馬をナデナデしてしまったではないか。どの馬も素晴らしかった。
しかも団長は神殿騎士団の馬も見せてくれると言う。
セイに朝食を取れと頼まれなければすぐにでも会いにいったのだが、仕方ない。
憂鬱な事を終えてからのアニマルテラピー用として、後回しにする事にした。それに美しい馬の前脚の筋肉等を思い返していれば、面談もやりすごせる筈。
気持ちダラダラとした足取りになったのは仕方ないとして、ミコ部屋に戻る事にした。
扉の前では爺が朝食を持って待っていた。
「遅いですよ、ミコ様!朝食が冷めてしまう所でした。」
怒られた。私の神力で保温しましたがね、とか神力の無駄遣いもいい所だ。しかし便利な力だな、神力。なんでもアリなのか?
それにしても、ミコ様に怒るとは爺の癖に生意気な!と思ったが、時代劇の爺とは殿様に小言を言える存在なんだと思い出したわたしは爺だから仕方がないと許してやる事にした。わたしは先ほどの馬による第一回アニマルセラピーで寛大な心を取り戻したのだ。
流石に魚は朝食に間に合わなかったようだ。猊下も王家に気を回すなら、魚の調達に気を回せばいいものを。そんな事を思いながら、もそもそと野菜尽くしの朝食を片付けてたら猊下が現れた。
「王がお着きになりました。ミコ様にお礼が言いたいとお待ちでございます。」
(めんどくせー)
「礼など不要だ。」
「ミコ様、ですが。」
猊下が何か言おうとするのをわたしは片手を上げて制した。
皿を片付けた爺がお茶を差し出したので、ゆっくりと飲む。フーフーするのが長いと思ってはいけない。わたしは猫舌なのだ。
待ちたいなら待たせておけばいい。ミコ様は偉いので、人を待たせてもいいのである。
もちろん帰りたいなら帰っていい。ミコ様は寛大なので、許してやるつもりだ。
(仕方ない、行きますか)
「わたしは祈っただけなのだが。礼を言いたいと言うなら聞くとしよう。」
猊下と爺の小さなガッツポーズを見て見ぬ振りをしてやったわたしはやはり寛大なミコ様なのである。
※ ※ ※
只今絶賛連行中である。
いつもの大名行列なのだが、気分は連行中なのだ。わたしは幾つになっても人に会うと思うと憂鬱になるので仕方が無い。
先頭は猊下で、わたしの周りは団長やセイに囲まれている。爺は食器を返しに行ったので別行動である。
「ミコ様は、馬に乗ったことがありますか?」
珍しく隣を歩く団長が小さな声で話しかけてきた。
う、馬に乗った事があるか、だと?
(乗馬に興味はあるんだが、乗った事は無いな)
「ないな。興味はあるが、機会が無くてな。」
わたしが浜辺を白馬で駆け抜ける某上様を思い浮かべていたせいか、団長の質問にミコ語の答えも若干砕けた感じになっている。
乗馬はたしかに興味があったが、わたしは実行する前に宇宙のロマンに惹き込まれてしまったのだ。
馬を撫でた時、どうせなら実行しておくべきだったと後悔したのは言うまでもない。芸術的なセンスは絶望的でも、集中すれば逆上がりをマスターできたわたしならば乗馬も習得できた筈である。
「では、私の愛馬に乗ってみますか?」
見せてくれるだけでなく、乗せてくれるだと?団長の言葉を脳が理解する前に頷いてしまったわたしに罪はない。
社交辞令だとしたら悪い事をしたとは思うが、わたしを誘惑した団長が悪いのである。団長の目はもちろん見返せないので、口元辺りを見上げれば薄い唇が笑みの形になっていた。
「団長の暴れ馬に乗せる等、私の愛馬に慣れてからが良いでしょう。」
セイが左隣から割り込んで来た。
まぁマッチョな団長を乗せる位だから、それに見合った逞しさが無いとダメなんだろうなぁ。
左右をキョロキョロしながら、そんな事を思っているとセイと団長の間に火花が散った。
どうやら『最初にミコ様を乗せる名誉』を巡って争っているらしい。神力の無駄遣い再びである。
「お前のじゃじゃ馬に乗せたら、ミコ様が怪我をしてしまうかもしれん。」
「団長の凶暴な馬じゃ、乗せる前にミコ様に怪我をさせてしまうかもしれないではないですか。」
どうやら神殿騎士の馬は普通の馬ではないようだ。
普通の馬でないとすると、異世界馬になるのではないだろうか。しかし二人の言い方からして、異世界馬は凶暴な類のようだ。わたしは乗馬はしたいが、ロデオは遠慮したい。
「では、ミコ様用の馬を私が用意しましょう。大人しく、ミコ様に見合った素晴らしい馬を。」
話が聞こえていたらしい猊下が振り返ってニッコリ笑った。
イケメン猊下もニッコリ笑うと少しイケメン度が和らいで親しみ易い感じがした。わたしは目は見返せないが、半目でうっすら顔を見る位なら出来るのである。
セイと団長が黙ったので、わたしはウムととりあえず頷いておいた。正直乗馬が出来るのならなんでもいいのである。そしてわたしは貰える物はとりあえず貰うタイプだ。
頷いたわたしに再び猊下がニッコリとする。足が止まっているのは目的地に着いた為だ。
「コチラで皆様お待ちです。」
面会の為の部屋なのか、ミコ部屋の次くらいに立派な扉の前にいつぞや会った赤髪神官がいた。
もちろん扉の両脇には神殿騎士が立っている。
「武器は取り上げております。ご安心を。」
団長に囁かれた騎士の言葉は聞えなかった事にしよう。
ミコ様の面会に武器を取り上げるのは当たり前の事なのだ。わたしは刺客に囲まれる殿の図を振り払った。
※ ※ ※
部屋には閣下と数名の人間が待っていた。先程の騎士団全員がいない所を見ると他で待機させられているようである。金髪の人間が多い事からして、どうやら王家は金髪が主流のようだ。
しかし部屋に立っている神殿騎士の方が王家の人間より多いのはなぜだろうか。神殿騎士達が空気になれるマッチョでなければ、わたしには酸素が薄く感じたに違いない。
「ミ、ミコ様、本日はお会いできて光栄にございます。ミコ様のお陰で様々な恩恵を承り・・・。」
わたしが部屋に入ると一人でソファの真ん中に座っていた金髪青年が立ち上がった。
ソファの後ろに立っていた閣下はニコニコしている。金髪青年以外は皆立って待っていたようなので、この金髪青年は偉い人間なのだろう。
長ったらしい言葉は全部聞く気が起きなかったので、とりあえずウムと頷いておいた。
金髪青年はマッチョな神殿騎士に囲まれながらのミコ様への面会と言う事に緊張しているのか、口上を終えても直立不動のままである。
かく言うわたしも始めて会う人間に緊張しているので、お互い様だと座るようジェスチャーで促してあげた。礼を聞けば終了の筈なのだが、誰も解散を告げないので仕方がないのである。
「陛下、騙されてはいけません。このような者がミコ様である筈がない。」
わたしが金髪青年の対面にあるソファに座ると王家の一団から年寄りの声がした。閣下の後ろにいた白髭が発言の主のようである。目を向けると閣下が般若の顔で白髭を睨んでいたので、わたしはすぐに目を逸らした。
わたしの後に座ろうとしていた金髪青年は中腰のままで固まっている。どうやらこの青年が王様らしい。そういわれると王様らしい威厳があるような無いような。
ちなみにわたしが座っているのは王様と違って一人用ソファで、隣には猊下が立っている。セイと団長は後ろにいる。空気になった筈の二人が白髭の発言に空気っぷりを解除したので気付いたのだ。
「このお方が、神の御使いの、ミコ様で、あらせられます。」
句読点で区切られた猊下の言葉はドスの効いた『何言っちゃってんの、お前』という副音声が聞えそうな恐ろしさであった。やはり猊下は只者ではないとにじみ出るオーラにわたしは関心していた。
「王である陛下を前にして跪きもしない、無礼な小娘がミコ様のはずがないだろう!
王家の神殿の神官ならこぞって跪くというのに!ここの連中は我らに敬意を尽くさない無礼者ばかりじゃ!」
白髭には拳を振りかぶった閣下は見えないのだろうか。閣下の隣にいる髭が必死で般若顔の閣下の腕を押さえている。
わたしは白髭の話す神殿・王家支部の内情も気にはなったが、ソファに座って事の成り行きを見守る事にした。いかんせん、わたしは場を治めるのが苦手なのだ。
そうして難しい言い回しの猊下と白髭の、嫌味合戦が白熱し始めた頃
『いい加減にしろ!』
イラついた神様のテレパシーを受信すると同時に、白髭は局地的な雷に打たれた。
雷に打たれるなど真っ黒こげになってもおかしくないと思うのだが、神様の雷は白髭を痺れさせただけらしい。すぐさま神殿騎士が白髭を確保する。
あまりの手際のよさに、雷にビックリしていたわたしは全て打ち合わせ済みなのではないかと疑いたくもなる。そんなわけあるかと神様が否定したので、神殿騎士が優秀という事になるのだろう。いつでも冷静に対処できるのは咄嗟の状況に弱いわたしとしては、羨ましい限りである。
隣の猊下を見上げると嫌味合戦中ずっと拳を作っていた手が開かれていた。
「ミコ様を侮辱するからだ。」
独り言なのか、猊下の呟いた言葉に王様がビクリとした。
猊下はヤレヤレと言った態度で溜息をつくと、わたしの横で跪いた。
「私の力が足りず、ミコ様のお耳を汚してしまいました。申し訳ございません。」
わたしは首を横に振った。きっと下を向いていても、目がもう一個あるかもしれない異世界人なら気づいてくれるだろう。
他人事でこの騒ぎを見ていたわたしに謝罪は不要である。
「慈悲深いミコ様に感謝されるがいい。」
いつの間に入ってきたのか、爺がキリッとした顔で王様に言った。
王様は中腰から解放され、ソファに項垂れている。立派な体格の青年がションボリする姿はどこか哀れみを誘うが、失言する部下を制御できない上司である所からして情けないとしか思えない。
「しかし王家の神殿は道を誤ったようだ。民を導く神官が一王家に阿るなど、なんと嘆かわしい事か。審判長、綱紀を改めよ。」
「はっ!」
爺が猊下の言葉に嬉しそうに返事をした。爺は処分、粛清とか呟きながら部屋を出て行った。
単語の中に処刑が無かったのに少しホッとしたのは爺にはリジーのようになってほしくない殿心からである。
その後髭を振り切った閣下が王様に土下座を強要するなどあったが、王家との面談は終了した。
ミコ語の出番もなく終ったが、わたしは何だか気疲れしてしまった。白髭がどうなったかについては、面会後にリジーがあの怖い目で教えてくれようとした為、ほぼ内容は聞いていない。
残念ながら、団長とセイの愛馬たちは異世界馬ではなく普通の馬だった。期待の異世界馬など存在しない事を神様から聞いてガッカリしたが、美しい毛並みを見るとどうでもいい事に思えた。
神様が白髭のせいで王族フラグが、と嘆いていたのはもっとどうでもいい事である。
世界の為には使えませんが、ミコ様の為であれば力を使える神様がキレました。
しかしチンケだと侮辱されたミコ様は白髭をホンキでどうでもいいと思っているので、発言を聞いてません。嫌味合戦で端折る位のスルーっぷりです。
残念な上司の称号を得た王様と閣下については今後も交流したりしなかったりしますので、名誉挽回の機会もあるかもしれません。
ちなみに爺はこの後嬉々として神殿・王家支部に殴りこみに行きました。爺の役職名は審判長。神官の汚職や犯罪を摘発する部署の長です。
次回はミコ様視点ではなく、別視点になります。
ミコ様が興味を持たない神殿騎士の役割や神官達の役職についても触れる予定です。




