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祈るということ  作者: 吾井 植緒
神殿編
10/47

王家というもの 前編

そろそろイベントをこなしたくないか、と神様が紙切れを差し出した。


発光体の人型をしているが、相手は神様なので突然紙切れを出しても驚いたりはしない。

というか、発光度数を減らしてまで姿を出さずともテレパシーで済むのに、悔しがるリアクションの為にとか、いちいち出てくる神様は神秘性の欠片もない。


それよりも発言の方が問題である。


上質な和紙のような手触りをした紙切れに目を通すと細かく何やら書き連ねてある。

わざわざ表題を付けており、その名も『異世界トリップのテンプレ』である。

印刷したのか完璧なゴシック体だ。表題は太字になっている。

端に描かれている饅頭に触手が生えているのは何かと尋ねたら、宇宙人だと言われた。頭をかく仕草をしている神様の様子から見て、これだけ手書きらしい。わたしが宇宙にロマンを感じているから、と媚びてみたらしい。逆に怒りを買うとは思わなかったのだろうか。わたしも芸術方面は絶望的だし、この世界での宇宙人は饅頭に触手が生えた形態をしているかもしれないのでコメントするのは差し控える事にした。それよりも文章の内容である。

テンプレとやらは箇条書きで読みやすいようになっているが、わたしの半目は糸目になりそうである。頭痛が痛くなる内容ばかりである。テンプレ恐るべし。

しかし『メイドさんシリーズ』をあれだけ論破したのにも関わらず、懲りない神様だ。

だが、強権発動で強制しないのは神様のいい所でもある。

そんな神様のオススメは『なんか知らないけど、好かれた相手は精霊王だった』だそうだ。

『なんか知らないけど、懐かれたかわいい獣は実は神獣だった』については、ライとユキが神獣認定されているので除外したとほざいている。

神様は今『なんか知らないけど』シリーズにはまってるらしい。

しかしミコ様は神様の次に偉い存在なので、精霊の王とやらには好かれなくとも傅かれる立場である。

そもそも精霊なんて存在がいるのか聞くと、いないので作るのに協力しろと神様はのたまった。

神様がこの世界に精霊を作るとなると、わたしの祈りがないと実現できないからだ。

わたしが『だが断る』と即答したのは言うまでもない。



 ※ ※ ※



いつもは仕事を終えたサラリーマンのように意気揚々と神の間を出るわたしだが、今日はそうもいかない。

仕事なんて終ったら忘れた、これからは自由な時間だ!と言わんばかりの輝きなど出せそうもない。


とうとう、である。

やってしまったのだ。


あの荒れた海が静まってしまったのである。


神様は基本わたしの祈りを通して力を揮うので、祈りの結果についてはなるべくそうならないように心掛ける事は可能である。

魚が食べたいなぁとか、いい加減サスペンス劇場な崖を見るのも飽きたなぁとか思わなければいいのだ。

たしかに食事は相変わらずの野菜尽くしだが飽きるほどではないわたしが首をかしげていると神様が笑った。


どうやら先日、神様が異世界トリップのテンプレについて煩かったのは、わたしの無意識に『なんか知らないけど、王族に気に入られちゃった』を刷り込む為だったらしい。

精霊王(笑)はブラフだったのだ!

着々と地道に力を揮っていた神様は実は繊細かつ緻密な力の揮い方について練習を重ねていて、わたしの無意識からそれを探して拾いあげ、荒れた海を静めたのである。

ガッツポーズで王族フラグ!とのたまう神様にわたしは無駄と知りつつ『殺すぞ、お前と言ってそうなオーラ』を出した。

海の恵みで生活している者たちも感謝しているだろう、刺身が献上されるかもしれないぞ。

などと神様が厳かな声でテレパシーをしてくるが、語尾が(笑)ではわたしのダークなオーラは収まるわけがなかった。


 ※ ※ ※


「ミコ様?どうかされましたか?」


神の間を出ても、ダークなオーラを纏うわたしに階段下を睨んでいた筈のセイが駆け寄ってくる。

いつもは近くまでこないと、階段から不審者が来てしまうと言わんばかりに動かない癖に珍しい事である。

セイは背中に目でもあるのだろうか、神の間の扉は降臨時のような開閉音はもうしない。神様の力も何度かかかると、某スプレーのように錆つきが無くなるらしい。


(王族フラグ怖い)


「わたしは煩わしいのは好まない。」


目の前に立つセイの目は見れないので、わたしが見ているのは足元である。

気持ちミコ語も元気がない。


「存じております。」


恐らく見下ろしているであろうセイの声がわたしの旋毛に静かに振る。わたしもやれば文学的表現ができるのである。


(引きこもります)


「では、セイ。わたしを守ってくれるか?」


煩わしい、王族フラグから。

そう続けてくれたらいいなぁと思っていたミコ語も神様の意向には逆らえないらしく、途切れてしまった。

階段から来る足音にセイが振り返る。


「ミコ様!時が来たのですね!」


「さすがミコ様!全ての海が静まっております!」


「すでに港に船が来たとの知らせが入っております。」


順番に、リジー、爺、猊下の発言である。

てかリジー、時が来たって何だよ。とうとう目から怪光線が出せるようになったのだろうか。ビカーッて光って見える気がして、マジ怖い。爺のはしゃぎっぷりが何だか可愛く思えてくる。

それに猊下、すでに港に船がって、さっき海が凪いだばかりなのに大陸ってどんだけ近いんだよ。

まるで知ってたかのように準備して待ってないと・・・なん、だと?


わたしは心でつっこみを繰り広げながら、衝撃の事実にぶち当たる。

そう、これは神様による完全計画犯罪だったのだ!

神様は繊細かつ緻密な力の揮い方が出来るようになったなぁと思った時から、猊下達に夢で情報をリークし、王族に待機させるという姑息な手段をとったに違いない。

思わず目を見開いて、閃きを表現してしまったではないか。

やっぱり目を全開するとバックが光る効果でも付いていたのか、蹲る猊下たちを置いて、階段のいつもの窓へ駆け下りる。

なんということでしょう。あのサスペンス劇場が起きそうだった崖が、ただの崖になっている。

そしてあの集落の小さな港には、どこに隠してあったのかたくさんの小船が海に繰り出そうとしていた。


「ミコ様!」


リーチを生かして、あっという間に追いついたセイに普段であれば足の長い奴はいいよな、と恨みがましい目を向けるのだが、夢オチの期待を裏切られたわたしには生憎とその元気はない。

大人しくトボトボと階段を降りるとピンク頭が目に入った。

階段の下に待ち構えているのは団長である。気持ちカバディの構えのように見えるのはわたしを逃さない為だろうか。

どんだけ嫌がると思われてるんだろうか。確かに嫌だが。


今こそ、『神の衣』の防御力を試す時ではないか。


わたしは団長を突破するべきか迷った。

これが異世界ものの主人公ならアグレッシブに突破し捕まる、の展開がモアベターと思われる。

しかしよくよく考えれば、わたしは異世界ものの主人公でもなければアグレッシブなタイプでもない。王族と遭遇するのは面倒だが、そこまで拒否る事でもないのだ。

どうも神様のノリに調子を合わせすぎたようである。

ちょちょっと顔合わせして、ミコ語でそれっぽい事言えばいい。

わたしは諦めと切り替えが早いタイプである。


しかし


「ミコ様、ようやくお会いできました!光栄にございます。」


いくらなんでも早すぎないか?

ゼーハー言いながら掛けてくる煌びやかな一団に、わたしは切り替えた気持ちが萎えるのを感じた。


団長がカバディポーズのまま階段を塞いでいるのでよく見えないが、マントを翻す一団はいつぞやの神官達のように三角形になり跪いていた。この世界では三角形の隊形が流行なのだろうか。

第一印象が大事だぞ、とか要らぬテレパシーを送ってくる神様に従うのは嫌だったが、第一印象で舐められないようにするというのはわたしが向こうの世界でもやっていた事なので、ミコ様らしく偉そうにかつ上品に残りの数段を降りることにした。

花びら絨毯にオォーッという驚きの反応が久々で新鮮に感じる。


団長は流石にカバディを止めて、わたしの脇に控えた。

三角形の頂点がこの中で偉い奴の筈と、近くに寄ってみる。一団はやっぱり結構無茶をしたのだろう、肩で息をしている。ここまで走って来たのだろうか。そして残念な事に彼らは二次元のイケメンでなかった為か、微妙に汗臭い。


「あ!ミコ様、申し訳ありません。我らは王の斥候として参りました。ミコ様のお姿を目にして感激の余り声を掛けてしまいました。このようなむさ苦しいままで、ご無礼をお許しください!」


先頭の金髪青年がジャンピング土下座を披露すると、後ろの連中も土下座する。跪いた状態からのジャンピング土下座は難易度のせいか金髪青年だけだったが、それは見事なものであった。

『神の衣』のお陰で汗臭さとは無縁となってからは、わたしは臭さに厳しくなっていたのではないかと思わず反省してしまう位であった。そう、三次元の生き物であれば誰しも汗はかくのである。


苦しゅうない、と殿様気分で頷くと金髪青年は土下座していた癖に嬉しそうに顔を挙げた。どうもこの世界の人間は目を2つ以上持っているようである。異世界人はやはりわたしとは別の生命体なのだろう。


「ミコ様は噂通りの慈悲深さ・・・。」


なんかウットリし出した金髪青年にわたしは神官に共通する物を感じた。


「わたくしは騎士団長を勤めております。」


また長い名前が出た。すでに団長がいるのに又団長かよ、こいつの呼び方どうしようかなぁとわたしが覚えるのを放棄しながら悩んでいると、金髪団長の後ろの髭が閣下と囁くのが耳に入ったので閣下と呼ぶことにする。我ながら都合のいい耳をしていると思うが、そういった囁きだけは良く入るのである。


「ミコ様は勤めの後ですので、後ほど大神官様が場を設けます。王家の方々はこちらに。」


団長が低い声を出すと、一団はこっちをチラ見しながらも別の騎士に付いて行く。あそこまで名残惜しそうな顔をされると客寄せパンダ的な気分のわたしであったが、不快感までは抱けない。不思議である。


「馬を潰す気かと思いました。」


(やっぱ無理したんだな)


「祈りの結果はわたしにどうする事もできぬのだが、馬には悪い事をした。よく労わってやってくれ。」


「はっ!」


団長の呟きにわたしが返すとミコ語が相変わらずいい仕事をしてくれた。しかし馬か。自力で走ってきたわけじゃない癖に汗だくな一団に、わたしは結構ガッカリしていた。

馬の世話を団長自らすると言うので、わたしも付いていく事にする。

異世界の馬を見てみたくなったのだ。植物は見ているが、動物はまだ見たことがない。どんな形態をしているのか、楽しみである。

決して後ほど猊下が設ける場とやらに行くのを先延ばしにしたかったわけではない。


馬は馬だった。見た目以外に差異はないか熱心に見たが、そういえばわたしは馬にも詳しくないのである。

でも生き生きとして、美しい姿を暫く堪能させてもらった。

時間稼ぎではない。わたしは動物は好きなのだ。


当然ながら、ミコ様は自分が異世界ものの主人公だという自覚がありません。

計画通り、な神様はミコ様以上に調子に乗る性格なので、ノリに乗ってます。そのせいで王家の人達が騎士団しか出せませんでした。

ミコ様の偏った知識では、両手を広げて構えていると全てカバディーポーズになります。

文学的表現に目覚めたらしいミコ様は、元々低い声の団長が堅い言い方をしているのを低い声を出したと表現しています。気に入るとしつこく使うのがミコ様であります。

異世界も馬は馬でした。ミコ様はモフモフしてなくても動物が好きなので、ナデナデさせて貰えて団長への好感度がひそかにアップしている模様。

ちなみに馬達はミコ様が撫でたお陰かしっかり回復しています。


次回は王家後編。

王族フラグにミコ様が挑みます。


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