火中にをんなを抱くこと
火中にをんなを抱くこと。
さるところに、淳なるあきんどありけり。
うつくしき容貌しけるが、醜しと思ひにけり。
かくの如き気性なるが故、隠れるやうに日暮らす。
近くに住める、をんな。淳は静かに彼を慕ふ。
惇、見初めし頃より、犯さむと思ひしが、
さもあらばあれ、尋常のとほり話すに留めし。
時経つにつれ、淳思ふ。をかしきはそとみのみに非ず、気前も良ければ、いかにいはんや、我になびかず、美しきにをや。
如何にしてなびかせまほしき。
時経し丑三つ時、淳、然もありなむ、
をんなをおのが家に誘ひておそふ。
ことは暁にまでおよびけり、かのをんなが老父、をんななきを
あやしく思ひ、淳がすまひし庵を垣間見、醜きことあらむを悟りて、
若き男衆を呼びて淳をとらへんとす。
淳まどふことなく叫びていはく。
吾、比のをんな犯すを天命と思はむ。
なんぞ死ぬこと恐れしか。
かの翁、尋常ならぬ思ひ抱きて、男衆をして惇を殺めんと庵に入らん。
淳をんなをかき抱きて犯しつつ火を放つ。
をんな叫ぶこともせず、ただ天を仰ぎて念ず。
かくのごとき様をみて、何を思ひしか、淳叫びて曰はく。
お主は吾なり、ひさしき日々吾が抱きし思ひが通じしか。
くひなし、共に果てむ。
淳、をんなを抱きてさけびつつ犯したり、
をんな死し魚のごとき貌にして念じたり。
老ひしは叫び地に臥せり。
かの庵は燃え朽つ。
両人の躰も跡なし。
後につたへし人曰はく
かのをのこは明王の如し、をんなは仏の如く。
ただ見し人のみが雑なる衆生に思はれ云々。
悲しきかな、をんなは淳を慕ひけり、かくもうつくしき貌と
素なる気質を思ひけり。
その思ひを悟りてか、淳のかのやふに叫びしは。
されど、恋なるごとは壱になることにあらず。
惇がいふものは、相手思はぬ下らぬ欲の化身ならむ。