第十七話 (作者:からすみそ)
「何をサボってるんですか? さっさと仕事してください」
目の前の書類で手を止めてしまっていた私に、彼女は呆れた様な口調でそう言ってきた。彼女の方を振り返れば、どうやら彼女に任された書類の大半は終わっている様で、今は記入漏れなどのチェックを行っており、此方を見ようともしていなかった。
「……いや、疲れただけだ。書類仕事は私の性に合わないからな」
少しだけ考えた後、私はそう言って誤魔化し、再び書類に目を落とす。そこには『プラント内部での取得物について』と書かれている書類があるだけだった。
どうするべきか。
そう考えてしまう。
あの深層プラントに潜った時、入手する事ができた『何か』。まだ私専用のメモリに保存されている筈だ。それ故に、この『何か』の存在について知っているのは私だけだ。
いや、何も横領しよう等という話ではない。
横領するならば、こんな文字通り何かも分からない『何か』よりも、充実させるべきコレクションは多数ある。仕事中に所持するオモチャだってその一つだ。
では、なぜ『何か』の取得を報告する事について躊躇してしまうかと言えば、先ほど巻き込まれた時空の崩壊が原因だった。
時空崩壊時に私の意識は過去にあったが、それはただ単純に過去を見たという話ではないのだ。過去を内包している現在、そして未来。幾つもの時間軸、世界軸の情報が頭の中に流れ込んでくるのだ。
それは、脳みそにナイフで直接記録を刻まれる様な痛みであり、常人には耐える事が出来ない感覚らしい。
しかしながら、幸いにも私にはそれに対して耐性があった様で、痛みを感じる事も殆どなかった。その代わり、常人よりも注ぎ込まれた記録を、記憶する量は少ないらしいが。
だが、そんな私でも未来を見て多少の事は覚えている。
先程彼女に会った時も、その未来の記憶があったからこそ、未来と違う行動を行う事が出来た。
そして、この『何か』に対しても、私は注ぎ込まれた記録を記憶していた。
私が記憶していた事は、一つ。
この『何か』により、この世界全土に時間崩壊が起こる。そして、その時間崩壊のトリガーとなっている行動が、私が『何か』を本部に提出する事の様だ。
トリガーというと大袈裟かもしれないが、だがそれは事実である。
今回、私が見た未来では『何か』を提出後、何の音沙汰もなく再びプラントに潜る。そして潜っている途中で、時間崩壊が起きる。
それは深層プラントだけではなく、世界全土を巻き込んだ大型の時間崩壊だった。
『応答して! 応答してよ! 応答しなさいよ! 貴方が持ってきたアレが暴走して──』
その時に最後に聞いた無線が、彼女のそんな言葉だった。
だからこそ、どうするべきかと私は悩む、──といっても、そこまで真剣に悩んでいる訳でもない。
そもそも、誰かの死というモノを時間崩壊で見る事は、割とある事だ。何故なら次の瞬間に人が死ぬ確率は、確かに存在している。故に、幾つもある時間軸の中で、死ぬ時間軸があってもなんら不思議ではない。
今回の事も、それと同じだ。
態々取り立てて騒ぎ立てまくる様な問題でもない筈だ。それに態々報告して、本部から色々と質問攻めにあえば、今回使用しまくったアイテムの事も全てバレるかもしれないしな。
さて、だったら時間崩壊を起こさないために、どうするか。
ここは、やはり何も得なかった事にして、そっと消去するべきだろうか。
主人公はお馬鹿。