第十四話(作者:からすみそ)
遅れてごめんなさい。
い、忙しかったんです。
ざ、ざざざざざ。
未来と過去が混線している。
「要望? 私に答えられるなんて、何もないと思うが」
視界が一瞬だけぼやけたような気がした。
眼の前にいる彼女の微笑みが、どこか遠くにいるように感じる。
「ふふふ、そんなに難しい事じゃないですよ」
ニコニコと楽しそうに微笑む彼女。そんな彼女に私は小さく肩をすくめる。
彼女はいつもそうだった。
いつも私に楽しく微笑んでくれ、いつも私の後ろについてきた。
私を頼りにしてくれ、私の無愛想加減に時々呆れたり、すねたりもしていた。
眼の前にいる彼女。
まだ10才ほどの幼いその姿で、クルクルと花のように笑う彼女。
「お前の難しくないは、難しいんだ。この前だって──」
この前だって、なんだっただろうか?
ぽっかりと心に穴があいているのを感じる。
それと同時に、眼の前の少女に大きな違和感を感じ始めていた。
「そんな事ないですよ。今回の私の願いは───」
ざ、ざざざざざざざざざざ。
ノイズが入り混じる。眼の前の少女の姿が、ブレ始める。
「な、何が」
思わず呻き声、私の口から漏れ出した。
ぶれる視界。薄れる少女。何が起きたのか、理解が及ばない。
「――わた…だ…い。す…げんに返事をしないと本当に循環機構を停止しますよ」
眼の前の彼女の姿が薄くなり、耳元からそんな声が聞こえてくる。
一体何の声だと、耳元に手を当てると、そこには外したはずのインカムの感触が確かにあった。
「聞こえてますか? しっかりしてください。いつものふてぶてしさはどうしたんですか?」
ふてぶてしいのはお前の方だ。
そう言おうとしたが、口が上手く動かない。今、自分がどこにいるのかが曖昧になり、自分自身の時間が崩壊していくような物を感じる。
今の自分は誰で、過去の自分は何で、未来の自分はどうだったのか。
未来と過去が混線する。
一定に進むべき時間が混ざり合い、溶け合い、この場にある全ての支配から解き放たれようとしている。
こ、れ
は、
マ
ズ
ィ
「しっかりしてくださいっ!」
耳元から聞こえる甲高い大声で、私は眼を覚ました。
一体何があったのか、一瞬の内には理解することが出来ずに、辺りを見回した。
そこで見たのは行き交う人々。
高いビルに、豪華絢爛なホテル。そして、終わることのない朝の混雑だった。
「……ここは、プラント」
一体いつの間にこの場所に帰ってきたのか、私はしばし呆然としていると、耳元のインカムから、深く息を吐き出す音が聞こえてきた。
「通信が回復しているのか?」
インカムを少しいじりながら、その奥にいるだろうオペレーターに向かってそう尋ねる。
「ええ、時間崩壊に撒きこまれかけていた貴方よりも、完全に回復していますよ」
安堵したような、呆れたような口調で、そんな皮肉事が返ってくる。
どうやら間違いなく、現在のアイツのようだ。
「それで、どんな時間崩壊に撒きこまれたんですか?
随分と自我を保つのが遅れてたようですが、そんなにキツイ時間でしたか?」
機械越しに心配そうに尋ねてくるオペレーターに、私は思わず笑みを零すと、小さくつぶやくように言った。
「……いや、いいものを見た。
昔のお前は、あんなに可愛かったんだな」
「なっ」
予想外の言葉だったのだろう。インカムの向こうで、驚いたような声が聞こえてきた。
その様子を想像して、思わず笑みがこぼれおちる私に、現在の彼女は大きくため息をはきだすと、丁寧に訂正するように言った。
「人の黒歴史を掘り返さないでほしいですね。
あなたを異性として意識していたのは、一時の気の迷いですから。
いえ、そもそも恋愛感情というモノが、感情の迷いなんですよ」
「……全く、本当に可愛くなくなったもんだ」
呆れたような彼女の声に、私は思わずそう呟きながらコンテナに戻り帰る準備を終えると、プラントの外へと足を踏み出した。
一瞬で、私の体が再び構築され、砂漠の世界へと放り出される。
しっかりと現在の砂漠を踏みしめると、私は元来た場所へと足を踏み出した。
「それにしても、プラント内部すら崩壊が始まったか」
これはマズい事だ。
砂漠の道を歩きながら、これから本部に報告するべき事を頭の中でまとめ始めた。
とりあえず、オモチャとDEBスーツ以外全て消費してしまった事は、時間崩壊の所為にしようか。
ようやく、物語が始まったような気がしますね。
まだ、プロローグですが。