女を恨む
昔々、まだ環七が工事中だった頃、練馬区は見わたすかぎり、畑だった。ひとの姿もまずみられなくて、私と同年配の遊び相手といえば、ノリコちゃん一人しかいなかった。幼稚園にあがるまえの頃の話である。
私はノリコちゃんをひき連れて、畑のなかの狭い道を歩いていた。
すると、きれいな小さな花が道端に咲いているのに気がついた。花は黄色だったと思うが、よく憶えていない。もちろん種類もわからない。
「きれいな花ね」
だったか、何だったか、ノリコちゃんがいった記憶がある。
「ぼくが取ってあげるよ」
私は足を踏みだした。
一歩か二歩、足をだしたところで、地面がわれた。
肥溜めに土がかぶって、まわりと見分けがつかなくなっていたのだ。あっ、と思った瞬間、私は肥溜めに首まで浸かっていた。周囲の地面をひっ掻くと、却って躰は沈んだ。 私は叫んだ。
「ノリコちゃん、助けて」
ノリコちゃんは「下目遣い」で、無表情に私を見おろして、二、三秒後に、その場から、走り去った。私は固い地面に爪をたてたまま、少しもうごけずに、ノリコちゃんの白いブラウスの背中を、絶望してみていた。
女はまずい状況になったら、逃げるのだ、と思った。信じてはいけないのだ、とも思った。
地面に爪をたてている腕の力が尽きたら、肥溜めに沈むのだ、と幼いながらに理解した。最後のときがちかづいているのだが、頭には何も思い浮かばなかった。泣きもしなかった。
とても長いときが過ぎた。
実はたいして長くはなかった、とも思う。
エプロンをした母親がやってきて、私は肥溜めからひき上げられた。
つぎの記憶は、裸にされて、庭でホースの水をかけられた場面である。水はとても冷たかった。腕を上げろ、股をひらけ、とホースを持った母親から指示された。隣のおばさんが顰めっ面で、庭のすみに立っていた。
その後、母に風呂場で躰を丹念に洗われた。相当、臭かった筈なのだが、どういうわけか、においの記憶はまったくない。
ときが過ぎ、学生時代に二か所のガソリンスタンドで、アルバイトをした。支店と、本店と。
支店でひとり、本店でもうひとりののりこちゃんと出会った。典子ちゃんと、紀子ちゃん。
もちろんノリコちゃんとは別人である。
しかし、ノリコちゃんに対する気持ちがいくらか甦った。紀子ちゃんとは食事もしたのだが、テーブルを挟んで、どちらかといえば複雑な、混みいった感情のもつれがあった。
女を恨む気持ちを口に出せたのは、ようやく七十を過ぎてからである。母に、ノリコちゃんの一件を話し、
「だから、女は信じられない」
といった。
すると、今年九十四の母は、東京弁で、鋭く、
「馬鹿」
といった。「ノリコちゃんがあたしを呼びに来たんだヨ。ノリコちゃんがいなかったら、おまえはとっくに肥溜めで死ンでいたヨ」
初耳だった。女を恨む気持ちが凍りついた。そんな事情があったのか……。
典子ちゃん、紀子ちゃん、そしてノリコちゃん、ゴメンナサイ。
毎度、馬鹿々々しいお話ですが、これ全部、実話です。




