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7:万年青と下僕

 ダイニングキッチンの壁際に置いた市松人形のサチヨさんはムスッとした表情を浮かべていた。まだ機嫌が直っていないらしい。無理もないけど。

 私も眠くて、スマホの時計を気にしつつコーヒーを入れたマグカップを片手に欠伸をした。



 昨夜、私は霊能者の白河氏に必死で助けを求めた。実家の幽霊屋敷での色々な体験とは比較にならなかった。本当に恐ろしかった。だから泣いてパニック状態だったと思う……。


 スマホのメールで指示された番号にすぐに涙声で電話をかけ、気さくな白河氏の声を聞いてようやく落ち着き、なるべく詳細に体験した出来事を語った。

<ひのかさんが馴染んだ……窓の外の家に首吊り死体……ふうん。朱山の婆さん、念入りに妙な仕掛けをしてるのは確かみたいだな>

「何が目的なんでしょう……」

<それはわからない。でもひのかさんの不在時に部屋の中に侵入してきたって事は、多分まだ様子見の段階だと思う>

 あの天井からぶら下がった、幾つもの黒い首吊り死体を思い出してぞっとした。


 とにかく、すぐに自分が直接行って部屋を見たいと言われ私も了承し、翌日の昼頃に白河氏が301号室を訪問してくれる事になった。

<ひのかさんに『招待』されて訪問といっても、今回はあくまで足を踏み入れるだけだから。見回ったらすぐに帰るから安心していいよ。女性の一人暮らしの部屋に行くんだから慎重にしないと>

 ちらりと、この間のお礼をしたかったのに……と思って慌てて撤回した。それは別の機会にしよう。夜遅くに私がいきなり泣きついて、白河氏にも迷惑をかけているのだ。


「あの、私今夜この部屋にいて大丈夫なんでしょうか? 建物の中が妙な気配だらけで」

<それは心配ない。その部屋には入れないみたいだから無視しとけ。とにかくカーテンだけ頑張って閉めて、朝になるまで離れてればいい。サチヨを横に置いとけば、本気で怒ってるから怪しいモノが近寄ってきたら頭突きぐらいかましてくれそうだ>

 私はようやく、少しだけ笑った。

「わかりました。あのー白河さん、サチヨさんと何か繋がりが出来てるんですか?」

<繋がりというより、サチヨに捕まった状態。でもおかげでそっちの気配や状況は何となく伝わってくる。明日会ったら詳しく話すよ>

「お願いします……」

 安心してまた涙声になった私を、白河氏がいささか物騒な言葉で慰めてくれた。

<朱山の婆さんには、ひのかさんを泣かせた分だけ俺がきっちり仕返ししてやるから>


 白河氏との電話が終わってから、サチヨさんを胸に抱いて素早く窓のカーテンを閉め、急いで着替えて晩ご飯をかきこんだ。入浴はさすがに諦め、6畳間からマットレスと布団を引きずってきて、ダイニングキッチンの隅で電気を点けたままサチヨさんを枕元に置いて眠った……さすがに良く眠れなかったけど。玄関の方でカサコソコンコンと音がして、建物のどこかで歩き回る足音がした。エレベーターが動く音を目を閉じてぼんやり聞きながら、この建物は防音がしっかりしている筈だけどなあと思っていた……。



 ――はっと気が付くと、座ったままうたた寝をしていたようだ。

 急いで洗面所に行って水でざぶざぶと顔を洗う。室内や台所を見回して、ともかくちゃんと整頓されているのを確認する。市松人形のサチヨさんは、ようやく怒りが治まったようでいつもの無表情に戻っていた。


 事前の打ち合わせ通り、昼の12時頃に白河氏からスマホに電話があった。

<今着いた。前に俺がひのかさんに声をかけた場所、覚えてる? あの辺に立ってるから>

「はい、わかりました。すぐに行きます」


 白河氏は、この建物に初めて入る時はやはり用心をしたいといい、私が外まで迎えに出る事になっていた。

 一応警戒しつつドアを開けて辺りを伺う。建物内は、いつものように物音一つせずに静まり返っていた。しっかり鍵をかけ、エレベーターで1階に下りて外に出ると思わずほおっと息が出る。大家さんの姿もどこにも見えない。よし、と私は早足で約束の場所に向かった。


 しばらくして白い紙袋を下げて立つ白川氏の姿が見えた。服装は前と同じかと思ったけど、黒い上下にグレーのスプリングコートらしきものを着ている。背中に垂らした三つ編みは少し長くなった? やっぱりお洒落だな、胡散臭い雰囲気は薄れたなと感じた私は足を止めた。


 白川氏のすぐ隣にスーツ姿の女性が立っていて、2人で何やら話し込んでいる。濃紺のビジネススーツをきっちり着こなしバッグを胸に抱えた、ボーイッシュな雰囲気の美人だ。彼女は私に気づいて白河氏に何か言うと、素早く離れて駅の方に歩いて行った。誰だろ? と見送っていると白河氏が笑顔で近づいてきた。

「久しぶり。わざわざ迎えに来てもらって悪い」

 私は慌てて挨拶をした。

「いえこちらこそ急にすみません……あの、さっきお話してた方はどなたですか?」

 どうしても気になって、思わず質問が口から飛び出してしまった。

「ああ、あの人は俺の……まあ知り合い。偶然通りがかったんで話してただけ」

 別に表情は変えてないけど、触れたくない雰囲気を感じて私は、そうですか。と言って黙った。とても親密そうだったけどな……。


 そんな私のモヤモヤも、「メゾンあけやま2号館」の前に来て吹き飛んだ。


 いつも建物を覆っている黒い霧が、ほとんど真っ黒といった感じになっている。まるで黒い布で覆ったようだ。

「霧が……さっき出てきた時は、変わりなかったのに……」

 私がうろたえていると、白河氏も見上げて言った。

「気配はいつもと一緒だな……それより、サチヨが早く顔を見せろとうるさいんだよね」

「はあ? サチヨさんが?」

「うん」


 建物内は変わりは無かった。白河氏は熱心に見回していたけど、エレベーターの中は換気が出来ていないと文句を言った以外は、特に何も言わなかった。


 301号室の鍵を開けてドアを開けた瞬間、私は驚いた。サチヨさんが玄関にしっかり座り込んでいる。私は急いで抱き上げて白河氏に見せた。

「白河さん、これがサチヨさんです。こうやって自分で動くんですよね」

 白河氏は、興味深そうにサチヨさんを覗き込んだ。

「へえ、こんな顔だったのか。美人さんだね。ほらちゃんと持ってきたから」

 紙袋を持ち上げた白河氏を見るサチヨさんが一瞬震えた。これは喜んでいるぽい。

「持ってきた? サチヨさんが何か頼んだんですか?」

「頼んだというか、命令された」

 命令? 市松人形のサチヨさんが?


 ダイニングキッチンに足を踏み入れた白河氏は、立ったまま感心したように言った。

「ここは綺麗だなあ。何もいないし隙間もない。ここで暮らしても、ひのかさんには悪影響は無いよ」

「でも、昨夜(ゆうべ)侵入者が……」

「さて、そこだな。今はそいつの気配も姿も何もわからない」


 そう言いながら白河氏が紙袋から取り出した物を見て驚いた。それは観葉植物の鉢植えだったからだ。濃い緑色の尖った分厚い葉が何枚も広がっている。白河氏はそれをちゃぶ台の上に置いた。

「これは万年青(おもと)。縁起のいい植物だから。扱いは楽だけど日光にはこまめに当ててやって」

「はい、でもあのこれ」

 嬉しいけど、プレゼントというには少し妙な感じだ。

「引越し万年青(おもと)って言葉があるぐらいだからね。俺からのひのかさんへの引越し祝い。てか、サチヨが祝いには万年青(おもと)を持って来いって命令したんだけど」

「えっと、どうもありがとうございます……でも命令って、サチヨさんは人形だけど別に誰も入っていませんよね」

「うん、人形の魂だけ。けど長い年月の間に色々『獲得』して自分のものにしたってさ。ひのかさんの実家は大勢いて賑やかだったみたいだし」

 確かに霊や妙な存在は山盛りで、サチヨさんは割とボス的な存在だったけど。白河氏はゆっくり歩き回りながら、私に話し続ける。


「俺がひのかさんの引っ越しの日に少し離れた場所から見ていたら、荷物の中で俺に気づいて話しかけてきたんだよね。自分の名前は、サチヨじゃなくてモモヨだって。で、俺が反応したら会話が成立して下僕(げぼく)として捕まった」

「下僕!? なんかそれって白河さんに失礼じゃ……」

「古い市松人形だから、思考も昔風なんだよ。でも俺は別に不愉快に感じなかったし、『強い人形』に興味もあったから抵抗せずに受け入れた。結果的に良かったけど。サチヨの気が済むまでお仕えしますよ。ああそれと、別にひのかさんの事は何も伝わってこないから安心して」


 サチヨさんが、白河氏を下僕にしていた。それで白河氏と意思(いし)が通じているのか。私の事は伝わらないのに。サチヨさんに負けたようで面白くない……私は胸に抱えていたサチヨさんを万年青の横に置いて、おそるおそる尋ねた。

「あのー引っ越しの日に、見てたんですか?」

「そりゃあね。でも他所の人間が見たら怪しいストーカーだから、見つからないようにしてた。朱山の婆さんにわめかれるのも嫌だし」

 確かにそうだけど、声をかけてくれれば良かったのに。私がちょっとぐるぐる考えていると、白河氏は6畳間にすたすたと入っていったので慌てて後について行く。


 窓際に立ってカーテンとガラス窓を開けて外を見ている白河氏に、引っ越しの日にこの窓を撮影したら夕焼け空のようになっていた事や、線路を走る電車の音が聞こえた話をする。

「青空に夕焼けか。ひのかさんにだけ見えるようにしてる感じを受けるな」

 白河氏は呟くと、柵から身を乗り出して下を見た。

「部屋の中からは黒い霧は感じないけど、外側に色々ぶら下がってるな。引き寄せてるわけか……? どこまでも嫌な婆さんだ。でも部屋の中には決して入ってこない……」

 白河氏は指をメガネに当てて、しばらく考えていた。

「今はやめておこう。ここで引っ張られても面倒だし」


 室内に戻り、窓とカーテンを閉めてから白河氏は真面目な顔で私に言った。

「なるべく早く、今度は夜にこの部屋に来たいけどいいかな? 面倒をかけるけど、ひのかさんの彼氏か友達を呼んでもらって」

 彼氏なんかいないよ、と苦笑しつつ私はうなずいた。

「ああ、ちょうどいいです。一番の友人が泊りがけで何日か遊びに来る予定があるんです。その時なら……」

「じゃあその時にしよう。俺の事はまあ適当に説明しといて。ひのかさんも友達も危険な目にはあわせないよ。それだけは約束する」


 私が友人の菜々子と打ち合わせをしてから、白河氏に改めて連絡をする事になった。

「窓からの侵入は、サチヨが睨みをきかせてるから無いと思う。でももし何かあったらいつでもメールして。電話は出られない時があるから。あと、朱山の婆さんが俺の事を何か言っても無視すればいいよ」

 そう告げると、白河氏は結局一度も座らずに、じゃあまた、と手を振って帰って行った。


 玄関で見送ってから、私は安心はしたけど急に寂しくなった。今度はちゃんと落ち着いてお茶でも飲んでもらいたいな。私はちゃぶ台の前に座って、満足げな表情のサチヨさんにいつものように話しかけた。

「私の愚痴を白河さんに伝えないように。それと下僕とか、無茶を言って白河さんを困らせないでよ?」


 万年青(おもと)の葉っぱを指で突きながら、花屋の菜々子に手入れのやり方を詳しく聞こうと私は考えた。

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