1:私の家は幽霊屋敷
スマホの画面を指でぺしぺし叩きながら、私はうめいた。
「高い……家賃って何でこんなに高いんだ……1DKのアパートなのに……おまけに管理費とか……」
向かいに座った友人があっさりと言う。
「だから妥協しなさいってば。便利な所は高いし、不便な所は安い。自宅通勤でいいじゃない」
私はスマホからキッと顔を上げた。
「嫌だ! ようやく! やっと! あの古くて陰気な幽霊屋敷を出られるんだから!」
友人の呆れたような顔に向かって私は宣言した。
「私は、何としても乙女にふさわしい明るくて清らかな部屋に住むの!」
思わず大声になった私の声が午後の閑散とした学生食堂に響き、何人かが驚いたように私を見た。
私の名前は、天城ひのか。
もうしばらく文学部の女子大生である。ひたすら芥川龍之介などの古めの文豪の小説を読んでいた4年間それなりに色々あったけど何とか無事に卒業と就職も決まり、春からはピカピカの新社会人である。だがしかし、私は思わぬ足止めを食らっていた。
念願の一人暮らしを始めるための部屋探しが難航しているのである。くそう。
友人の神代菜々子は、背が高くてスタイルの良いロングヘア―の美人である。だがしかし本人は己の美貌に無自覚で、ついでに超現実主義者で何事にも冷静である。
「乙女はともかく。自分ちが幽霊屋敷とか大声で言わない方がいいよ。幽霊なんていないんだし、学生なら冗談で済んでも社会に出たら危ない人と思われるだけだよ?」
私は黙った。菜々子とは入学してすぐに知り合い、さっぱりした性格の彼女とは仲良しで大好きだ。けれど私の最大の悩みだけはどうしても理解してもらえない。
――私が生まれ育った家は、古い大きな屋敷で、そして幽霊屋敷なのである。
菜々子は卒業してから両親が経営している大きな花屋に就職する事になっている。そんな彼女が、再びスマホをぺしぺし叩きだした私に言う。
「そういえばテレビの特番で見たけどさ、訳ありでものすごく家賃が安い部屋とかあるじゃない。なんかそんな物件ばかり紹介しているサイトがあるんだって。提灯マークの数が多いと家賃が安くなるとか」
私はむっつりと答えた。
「事故物件ってやつ。そのサイトは超有名だから勿論知ってる。あと、提灯じゃなくて人魂。人魂の数が多いと安くなるわけじゃない……と思う」
「それそれ、事故物件。そんな部屋を探せばいいじゃない」
今度は私は注意して、低いドスのきいた声で返事をした。
「嫌だ」
「何でよ。前に住んでた人がその部屋で亡くなったからって、ちゃんと清掃してリフォームしてあれば住むのに関係ないでしょ? 家賃が安い分助かるじゃない」
私はもう一度、はっきりと言った。
「……絶対に。嫌。だ」
「早く決めた方がいいよ。もう2月なんだから」と忠告してくれる菜々子と構内の噴水前で別れる。彼女はこれから図書館で花の事を調べて勉強するそうだ。実家の商売を継ぐために努力している友人は立派だ、と内心で褒め称えてから、私は帰宅する事にした。自宅で再度じっくり物件探しをしよう……と冷たい風に吹かれながら考える。
霊感があるか無いかでいえば、私には多分あるんだろう。でも子供の頃から散々嫌なモノや気味の悪いモノを見続けたせいで、日常生活ではほぼ無視する事が出来るようになった。
さっきの学食でも、窓の外に髪がくしゃくしゃの中年女性がぼーっと立っていたけど、ああいうのはもう何とも思わない。
けれど、家の中をうろうろされるのは本当に嫌なものだ。落ち着かないし、腹の立つことに私の邪魔をして面白がっているモノもいるのだ。
ずっとあの家を出て、静かな部屋で一人暮らしをするのが夢だった。事故物件? 冗談じゃない。そんな出る確率が高い部屋に住んでたまるか。
こっちを覗き込んでくる霊や棚から物を落とす白い手、その他もろもろが出没しない部屋で、落ち着いて暮らすんだと私は改めて誓った。




