自販機
三題噺もどき―はっぴゃくじゅうさん。
重たい戸を開くと、冷たい風が一気に入り込んできた。
降ろした前髪が思いきり巻き上げられ、思わず顔を伏せてしまった。
「……さむ」
呟いた声は風にかき消された。
勢いよく閉まらないように、手で支えながら戸を閉める。
陽はそれなりに照っているのだけど、風のせいですべてが台無しである。
「……」
校舎自体はさほど高いわけでもないはずだが、建物と建物の間を走る風は勢いが凄い。ここは裏手に山があるのも関係しているのか、ほとんど嵐のように思えるほど風が強い。
夏場は多少の涼しさが生まれるのでありがたいが、冬はほんとに地獄のようだ。
窓を開けようものなら、教室内に貼られている掲示物が飛んでいきそうになる。それでも換気のためだと開けるのだけど。その後片付けを誰がするんだと言う感じだ。
「……」
まぁ、そんなことはさておき。
さっさと用事を済ませて、教室に帰るとしよう。
今は2時間目終わりの、ほんの少しだけ長い休み時間。
「……」
いつもなら、図書室に行ったりあの子の教室に行ったりするのだけど。
今日は体育がある日だったのと、図書室は先日行ったのでいいやとなったのと。
甘くて温かい飲み物が欲しくなったので、学校内に設置されている自販機に向かっているところだ。
「……」
周りには、体育終わりのジャージを着た生徒や、教科書を抱えた生徒が歩いている。
移動教室なのだろう。この学校は、クラスのある校舎と特別教室……実験室とか家庭科室とか美術室とか……がある校舎が分かれている。なので、そういう授業の時は移動するのだ。
家庭科室とかめったに使わないけどな。
「……」
まぁまぁ、いいから。
さっさと自販機で飲み物を買って教室に戻らなくては。
さすがに寒すぎてイライラしてきた。
「……」
手の中には一応、カイロがにぎられている。
末端冷え性なのか、常に指先が冷えているせいで、カイロは手放せない。
直接持っているとよくないみたいな話があって、一時期は専用のポーチみたいなものに入れていたのだけど、それだと全く温まらなくて使わなくなった。
「……」
今はそのポーチに、小銭が入っている。
あまり自販機を使ったり、購買部を使ったりする事がないので、財布は持たない。
こういう時に使えるように、代わりにポーチに少々の小銭を入れているのだ。……観覧車と水玉模様のウサギのキャラクターが描かれているポーチだ。割とお気に入り。
「……」
そうこうしていると、自販機が見えてきた。
たいした距離はないはずなのに、やけに遠く思えたのは気のせいだろうか。
風のせいだろうな。それと寒さのせい。
「……」
回りを歩く生徒とぶつからないように避けながら、自販機へと向かっていく。
滅多に使うことがないので、この自販機に温かい飲み物があるか分からないのだが……炭酸がないことは知っている。あの……年に何回かある全校生徒参加の生徒総会と言うので、炭酸を入れて欲しいだとか、アイスの自販機を入れて欲しいだとか言っていた。そのどちらも検討します、で終わっていた。
「……」
ようやくたどり着いた自販機には、端の方に少しだけ温かいものが売っていた。
ココアと、コーヒーと、コーンスープ。
今は、断然ココアの気分だ。ココアがあってよかった。
「……」
ポーチの中から、120円取り出し、投入口に入れていく。
売り切れていなくてよかった。寒いからどうだろうと思ったが。
ピッと言う音と音共に、購入可能な部分だけが赤く光る。
3段あるうちの、一番下、右から3番目。
「……「わ!!」――!!!」
びくりと体が跳ね、伸ばしていた指がボタンを押した。
―視界が揺れたせいで何を押したかわからなかった。多分、一つ右隣。
ピ、と言う音と共に、ゴトン、と取り出し口に落ちた音が響く。
「あ、なんか買ってた?」
「……ねーぇ」
見れば楽しそうに笑いながら、ジャージを身に纏ったあの子が立っていた。
次は体育の授業なので、長い髪はポニーテールに纏められている。
ゆらゆらと揺れるその髪が、気まぐれな猫の尻尾みたいで可愛いなんて思ってしまう。
「ごめんごめん」
「ごめんで済んだら警察はいらないんよ」
そう応えながら、取り出し口に手を伸ばす。
中身は暖かなコーヒーだった。……飲めるやつだからいいのだが、今はそんな気分じゃない。ココア飲みたかったのに……。
「……握る?」
「え、いいの。寒くってさ」
差し出したホットコーヒーの缶を受け取り、掌で覆う。
普通なら、何かしら文句でも言うところなんだろうけど。
それより寒そうだななんて思ってしまえば、何とかしてあげたいと思うのは当たり前だろうか。
「――ちゃん、いこー」
少し離れたところから、この子と同じクラスのいつものメンバーが手を振っている。
よく見れば時間もかなり押していた。少々長いとは言え、限られてはいるのだ。
「ありがとー」
「はいはい。体育頑張れー」
ちょっとだけぬるくなったコーヒーを受け取り、ひらひらと手を振りあう。
まぁ、多少なりとも温められたのならいいか。
お題:ポーチ・ココア・観覧車




