第一話
なんか、ちょっと悔しい出来事があったので、こんな話を書いてみた。
私は、アルシェリア・グレンフェルト。
国のはずれに広がる、魔物の出る森――その脅威から国を守る、辺境伯家の長女だ。
幼いころ、第一王子と婚約した。
彼は、ええと……バk……頭お花ばたk……いえ、なにも考えていない人なの。
ちょっと本音が漏れたけれど、気にしないでね。
もっとも、それを私が口にする資格はないのだけれど。
私は、努力しても報われない。
体力をつけるため、毎日、家の周囲を走った。
「一周」と言っても、辺境伯の屋敷だ。とてもでかい。最低でも一周。
走り終えれば、夜まで予習と復習。
魔法を使うために、魔力操作の練習も欠かさなかった。
けれど――
体力はつかず、学園のテストの成績は下位あたりを彷徨い、
魔力操作に至っては、魔法が上達するどころか、以前より扱いづらくなった気さえする。
努力は、いつも空回りだった。
そして今、私は王家主催のパーティーに来ている。
壁の花に徹しているけれど。
努力もせず、遊び惚けている悪女――
そんな噂が流れてしまって……悲しいわ。
あちらでは、私の婚約者様が、聖女と踊っている。
聖女は、いい子なのだけれど……。
『アルシェリアさん、私、あなたは努力すれば、とても素敵な人になれると思うんです』
『アルシェリアさん、今度ぜひ、一緒に勉強会をしましょう』
『アルシェリアさん、一回でもいいから、お勉強、してみませんか?』
…婚約者から紹介を受けてから、ずっとこの調子。
もう、とっくに努力はしているのに。
調べもしないで、憶測を口にしないでほしいわ。
「あの、アルシェリアさんも踊りませんか?」
おっと、噂をすれば、ね。
「相手がいないのに、どうやって踊ればいいのでしょう?」
「近くの方に声をかけて……」
「ごめんなさいね。私、『悪女』という噂があるので。
誰かと踊れば、その方にまで悪評がついてしまうのです。
今回は、お断りさせていただくわ」
「……そうですか」
よかった。
引き下がってくれたみたいね。
そう思って、ほっとしたのも束の間。
婚約者が、なぜかこちらへ向かってきた。
「お前、リリーがせっかく誘ってくれたのに、なんで断るんだ?
努力もしないくせに、彼女をいじめるのはやめろ!」
……あら。
いつの間に、リリアーナさんの名前を愛称呼びにしているのかしら?
「いじめ? 初めて知りました。彼女、大丈夫なんですか?」
「はっ! いつまで知らないふりを続けるんだ?
彼女は傷ついているんだよ!」
「傷? それは大変。医者を呼ばなければいけませんね」
「心の話だ」
「そうでしたか」
なんだか、いつも
私がリリアーナさんをいじめた、という話になっているのよね。
不思議だわ。
「そんなことより!
お前の行動は目に余る!
俺の隣に立つ努力もせず、遊び惚けているだけの女など、
俺の婚約者にふさわしくない!」
一拍置いて、彼は高らかに宣言した。
「お前とは婚約破棄をする!
そして、リリアーナと新たに婚約を結ぶ!」
婚約者はそう言って、リリアーナさんを呼ぶ。
……いや、努力はしているんだけどなあ。
まあ、結果がついてこないから、意味はないけれど。
あなたはいいわよね。努力をしていないからバカなだけで。どうせ、努力をすれば、結果が目に見えて帰ってくるんでしょうね。
リリアーナさんも。努力をしているのは知っているし、結果相応の努力もしている。じゃあ、私は何なのかしらね。
そう考えたとき、
ふと、心が軽くなった気がした。
こんな人のために、努力なんてするんじゃなかった。
時間ばかり削られて、結果もついてこないなんて。
自分の好きなことに時間を振りたかったな。
「そうですか。お幸せに」
どうでもよくなった私は、
棒読みで祝いの言葉を口にし、回れ右をする。
そして、そのまま――
パーティー会場を後にした。
◈◈◈◈◈◈◈
「おや、パーティーはどうした?」
屋敷に戻ると、兄――アルベリクに声をかけられた。
「いえ。婚約破棄をされたので、帰ってきました」
その言葉を口にした瞬間、
お兄様は、怒り狂ったような顔をした。
「は? あのあほ、シェリアの努力も知らずに?
……頭が、とうとうおかしくなったようだな」
「あの……馬鹿でも、一応この国の第一王子なので……不敬では?」
「不敬ではない。事実だ」
……このように、お兄様はシスコンなのよね。
……シスコンって、なにかしら。
まあ、とにかく、家族全員こんな感じなのよね。
「まあ……」
苦笑しかできない。
これ、多分、心から言っているのよね……反応に困る。
「それでは、部屋で休んできます」
そう言って、私は自分の部屋へ向かった。
「マルティナ、はさみはあるかしら?」
マルティナは、私の侍女だ。
小さいころから一緒で、私のことなら大体何でも知っている。
私も、彼女にはよく本音をぶつけている。
「はさみ……ですか? なぜ……」
「あの婚約者に婚約破棄をされたから。
あの人のために努力していたことが、急に馬鹿らしくなってしまってね。
……ちょっと、旅にでも出ようかと」
マルティナにも事情を説明する。
「いいんじゃないですか?
お嬢様の人生ですし。
それに――お嬢様の良いところも努力も、知ろうともしない婚約者なんて、お断りです」
マルティナは、いつも私の意見を尊重してくれる。
やっぱり、いい侍女だわ。
「では、はさみは……髪を切るために?」
「ええ。短く切れる? 男の子みたいに」
「わかりました。
それでしたら、簡単な着替えと、隠密魔法付きのマントも準備しますね。
あと、どちらへ向かわれますか? 馬車も手配します」
「ありがとう。隣の国あたりで冒険者にでもなろうかと。」
本当に――
私の意図を、すぐに察してくれる。
有能な侍女ね。
「かしこまりました。
……ですが、一か月に一度は必ず、居場所と無事の連絡をしてくださいね。
もしなさらなかったら、行き先を家族に伝えますから」
そう言って、手配に動き出す前に、
マルティナは振り返り、ほほ笑んでくれた。
「ええ、分かっているわ。
家族にも、たまに手紙は出すわ。……居場所は書かないけれど」
「はい。では、手配してまいります」
私がそう答えると、
マルティナは嬉しそうに笑って、部屋を出て行った。
〘お兄様、アリアナ、お父様、お母さまへ
私は、婚約破棄をきっかけに、旅に出ようと思います。
一か月に一回ほど連絡しますので、心配しないでください。
あと、探さないでください。
一年後か、二年後に、一度は帰ってくるつもりなので、大丈夫です。
それと、元婚約者が私の居場所を尋ねてきたら、
「悲しみで逃げ出してしまった」とだけ、伝えておいてください。
それでは。
アルシェリアより〙
「……これで、いいかしら?」
手紙を書き終え、何度か読み直す。
少ない? そんなことはないと思うわ。
必要なことは、全部書いたもの。
これ以上、何を書けばいいの?
……家族と使用人たちが、泣き叫びそうね。
「お嬢様、準備ができました――って、ちょっと待ってください!
私が切ります!」
マルティナが用意してくれたはさみで、
自分で髪を切ろうとしたところを止められてしまった。
残念ね。
「それにしても……もったいないです。
とてもきれいな髪なのに」
そうつぶやきながら、マルティナは私の髪を切っていく。
淡い金髪の、まっすぐな髪。
小さいころから伸ばしていて、よく褒められてきた。
「まあ。
嫌な気分も、髪と一緒に落ちていったわ。ありがとう」
「あ……では、途中までお送りしますね」
髪を切り終えると、
シンプルなシャツとズボンに着替え、マントを羽織る。
そして、マルティナが馬車まで送ってくれた。
「私は、『何もなかった』と証言しておきます。
それと……これ、お金です。
一か月は生きていけるように、頑張って集めました」
「ありがとう。あなたは最高の侍女よ。
私が帰るまで、絶対に辞めないでね」
昔みたいに、私はマルティナに指を突き出し、指切りをした。
「……わかりました」
マルティナは、私の姿が見える限り、ずっと手を振ってくれていた。
私も、彼女が見えなくなるまで、手を振り返した。
◈◈◈◈◈◈◈
「ここまで送ってくれて、ありがとう。
これは、ほんの気持ちよ」
目的地に着き、馬車を降りると、
私は御者に金貨を一枚渡し、歩き出した。
「これからは、自由よ!」
暗い夜空の端から、
朝日が、ゆっくりと昇り始めていた。
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