転生ワンオペ平民聖女は婚約破棄された子なんて娘などではない疫病神め。お前がいなくても代えはいるからなどと言われて放逐されるが誰が国の仕事をしていたと思っているのだろうか?援助して?寝言が聞こえる
「はぁ?婚約破棄ぃ?あなた、今なんて言いました?」
思わず素っ頓狂な声が出たのは、空耳かと思ってしまった内容のせい。目の前に立つのは婚約者である第一王子、アジェステのいつもなら耳に心地よいはずの彼の甘ったるい声が今はただただ苛立ちを募らせる。
「だから、婚約破棄だと言っているだろう、シャルミリアーナ。お前のような平民の聖女などいずれ王妃となるには不釣り合いだ」
アジェステは忌々しそうに顔をしかめる。
平民聖女って……何を今更いうかと思えば。
そう、この国のごく普通の農家に生まれた娘にもかかわらずなぜか聖女としての特殊な力があるとされ王城に連れてこられた。
嫌だったのに無理矢理あれよあれよという間に、アジェステ王子の婚約者に祭り上げられ、とは言え聖女の力なんていうのはおまけみたいなもので本領はむしろ、国のぐだぐだだった公務を一人で回していたことにある。
貴族たちは名ばかりで仕事はしないしアジェステ王子に至っては書類の山を見るだけで蕁麻疹が出るとか言って、公務はすべて丸投げ。それを今更解放?
「あなたがサボってた公務、全一人でやってたんだけど。まさかとは思うけど今後も聖女の力だけ利用して公務はやらせようとか考えてないよね」
釘を刺す。
「何を言うか。公務などいずれ宰相や他の者たちが取り仕切る。お前がいなくとも問題はない」
フン、と鼻で笑うアジェステは仕事を舐めている。ああ、こりゃ近いうちにこの国崩壊するわ。
公務の効率化から財政の見直し果ては外交文書の作成まで手ずから整えてきたものが、抜ければ一瞬で瓦解するのは目に見えている。
そうしてやった。仕組んでいた。いつでもこうなっていいように。
「ふーん。ま、せいぜい頑張れば。で、いつ出て行けばいい?」
内心の悪態を隠し、努めて冷静に問いかける。
「今すぐだ。荷物はまとめてある。二度と王城に足を踏み入れるな。わかったか!?」
冷たい声にああ、本当に終わりなんだな、と他人事のように思ったが憤怒冷めやらぬ気持ちになる。
王城を追い出され、向かったのは実家で藁にもすがる思いだったが結果は同じ。
「婚約破棄された娘など、もううちの子ではない!疫病神め!」
母と父は顔を真っ赤にして私を罵倒し、家から追い出したけど農家に、婚約破棄は影響しないと思うのだがお金をたんまりもらって懐に入れていたから、その収入がなくなるからこの役立たずは〜って意味?
給料の着服されてたっぽいなと、夕暮れの街道を一人トボトボと歩くけど行く当てなんてどこにもない。
聖女としての力も公務をこなす能力も、結局どこからも必要とされなかったしこんなことなら、いっそ現代の記憶なんて持たずに常識に染まって生きていればよかったのかなぁ。
「これは珍しい。こんなところでお一人ですか、シャルミリアーナ様」
不意に背後から声をかけられた。振り返るとそこには見覚えのある顔が。
金色の髪に深みのある碧眼、整った顔立ちにどこか掴みどころのない笑みを浮かべているのは、隣国であるライネルト王国の第二王子に仕える側近ケイエス。
以前、公務で隣国との交渉に赴いた際、何度も顔を合わせていた人物。
「ケイエス様……どうしてここに?」
「たまたま、少しばかり離れた国の使者と会談を終えた帰り道でして。まさか、このような場所でシャルミリアーナ様にお会いするとは思いませんでしたけれど」
ケイエスは顔を見てすぐに状況を察したようだった。何も言わず見つめる視線に何故か言いようのない安堵を覚える。
「よろしければ馬車に乗っていかれませんか?このままでは夜道は危険でしょう」
差し出された手に迷いはなく素直に手を取り、ケイエスの馬車に乗り込んだ。馬車の中は広く、上質なクッションが敷き詰められていた。疲労困憊だったので深くため息をつき、シートに身を沈める。
「一体、何があったのです?」
ケイエスが優しい声で問いかけた。包み隠さずアジェステ王子からの婚約破棄と実家から追い出されたことを話す。
「なるほど……それは随分と理不尽な話ですね。シャルミリアーナ様の才能を理解しないとは愚かなことを」
ケイエスは静かに話を聞き終え呟いたことで少しだけ心が軽くなる。
「あの、ケイエス様はどちらへ?」
「ええ、少し遠回りになりますが隣の隣の国へ向かっておりまして。そちらに用事があり、しばらく滞在する予定です」
隣の隣の国か。まったく知らない土地になる。
「もしよろしければシャルミリアーナ様もご一緒にいかがですか?あちらの国は主である第二王子殿下と友誼を結んでおり、治安も良く住みやすい場所です。それに」
ケイエスはそこで言葉を区切り、視線を向け、その瞳は昼間よりもずっと熱を帯びているように見えた。悩む。
「私としてはシャルミリアーナ様のような聡明な方が、行く当てもなく途方に暮れているのを見るのは忍びない。それに、あなたほどの才覚を持つ方を我が主もきっと歓迎するでしょう」
同情や気遣いだけではない、何か別の感情が込められた言葉のように聞こえる。
「……でも、行ってもご迷惑では?」
おずおずと。
「とんでもない。歓迎いたしますよ」
ケイエスはふわりと微笑んだ笑みが心の奥底に染み渡るように感じたので、ケイエスに連れられて隣の隣の国へと向かうことになった。人で決めるのは安直かもしれないけど。
道中、ケイエスは世話を甲斐甲斐しく焼いてくれ、疲れただろうと温かい飲み物を差し出してくれたり退屈しないようにと国の風習や文化について話してくれたり。
彼の細やかな気遣いに少しずつ世界に感じていた絶望が薄れていく。単純だけど。
「ケイエス様ってもしかして私に好意でもあるの?」
ある日の休憩中、意を決して尋ねてみた。行動があまりにも親切すぎる。現代の恋愛ドラマで言うなら完全に脈ありでしょ?
これ。ケイエスは一瞬、きょとんとした顔をした後すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「さてどうでしょうね。しかし、シャルミリアーナ様のような魅力的な女性に好意を抱かない男の方が少ないのではないでしょうか?」
なんてさらっと流すんだ。でも、彼の言葉は否定的ではなかった。確信犯。
「まーさーかー。私、平民の聖女だし、今や無職の厄介者だよ?」
「貴女を理解しない者たちの勝手な評価でしょう。私にとってシャルミリアーナ様は、世界で最も輝いている女性ですから」
真っ直ぐに見つめるケイエスの瞳にドキンと胸が鳴った。うわ、これ本気っぽい。
それからも、ケイエスの口説きは続き直接的な言葉だけではなかった。少しでも興味を示したことには熱心に説明してくれたり、困っているとすぐに手を差し伸べてくれたり。
あまりにも至れり尽くせり。彼のさりげない優しさや理解しようとする姿勢が心を少しずつ溶かしていった。
「シャルミリアーナ様はご自身の才覚にもっと自信を持つべきです。貴女がいたからこそ、あの国は保たれていた事実は揺るぎません」
ある夜、星空を見上げながらケイエスは言った。
「なんでそんなに褒めるの?裏でもあるんじゃないの?」
冗談めかして言うとケイエスはふっと笑った。
「裏などありませんよ。貴女が素晴らしい女性だから言っているだけです」
手を取りそっとその指先に口づけた。
「どうか隣でその輝きを放ち続けていただけませんか?必ず貴女を幸せにいたします」
真剣な眼差しに心は決まった。
「ま、あなたがそこまで言うなら考えてもいいよ。ただし、公務を手伝うことになっても絶対に残業はなしだからね?」
頷く。軽口を叩いてみた。ケイエスは目を丸くした後、優しい笑顔で手を握りしめる。
「ええ、もちろんです。残業はさせません。その代わり私のそばにいてください」
漸く心からの笑顔を見せた。
*
「はっくしょん!」
盛大なクシャミと共に思わず書類の山に顔を埋めた。ここは隣の隣の国。名前は長いから省略するけどとにかくその国の王城の一室。
連れられてこの国に来てからあっという間に一週間が過ぎた。本当に時間は早くすぎる。最初の数日は疲労困憊でひたすら眠りこけていたけれど流石にいつまでも寝ているわけにはいかない。
王城の一角に与えられた部屋で少しずつ新しい生活に馴染もうとしていた。新しい生活にはやはり公務がつきもの。
「シャルミリアーナ様、大丈夫ですか?もしや、風邪でも?」
心配そうに声をかけてきたのはもちろんケイエスで、第二王子殿下の側近という立場ながら、国に来てからは専属執事のように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
「いや、紙アレルギーだよ、たぶん。それにしてもあなたのとこの書類、なんでこんなにインクの匂いがきついわけ?もう少しどうにかできないの?」
思わず愚痴モードで文句を言うと苦笑した。
「申し訳ありません。この国ではこのインクが主流でして……それほど苦手と仰るなら改善を検討しましょう」
すぐに筆頭侍従に指示を出していた。関心しっぱなし。
相変わらず仕事が早いなあ。国の公務は前の国とは比べ物にならないほど効率的で、無駄が少ない。
前の国で培ってきたゴリ押し改革のノウハウはここでも大いに役立つらしかった。書類に目を通し次々と改善点を指摘していく。
「ここ、この書式だと無駄が多いから、もっとシンプルにした方がいいんじゃない?あと、この報告書、なんでこんなに承認に時間がかかってんの?電子化しろとは言わないけどせめて回覧板方式やめて一箇所に集約するとか」
ケイエスは目を輝かせている。
「素晴らしいご意見です、シャルミリアーナ様!まさに我々が抱えていた課題の核心を突いていらっしゃる」
いや、これ前の国で散々苦労したから出てくる発想なんだけどね。結局、この国の公務の一部を手伝うことになった。もちろん、約束通り残業なしが条件だ。
で、もし残業になりそうになったら、容赦なく定時で切り上げて部屋に戻る。
そんなこっちを国の第二王子殿下──穏やかで思慮深い方だった──も、ケイエスも、他の王城の人間たちも、温かく受け入れてくれた。
前の国では存在が聖女という特殊な枠に押し込められ、公務能力は当然のように搾取されていたがこの国では、知識や経験を純粋に評価してくれる。
ちゃんと勉強してくれるし。それが、何よりも嬉しかった。公務の合間、あるいは仕事終わり。ケイエスの口説きは日々エスカレートしていく。
「今宵は月が美しいですね。貴女の瞳のようです」
夜道を散歩している時、突然そんなロマンチックなセリフを口にする。
「は?月と私の瞳?いやいや、全然似てないでしょ。なんで急にそんなポエムみたいなこと言い出すの?」
思わずツッコミが出てしまうけれどケイエスはにこやかに笑うだけ。
「貴女のその飾り気のない正直なところが、また魅力的なのです」
頬を優しく撫でるその指先の熱に心臓はドクンと音を立てる。後日、書類整理に集中しているとケイエスがそっと紅茶を差し入れてくれた。
「少し甘めの紅茶です。シャルミリアーナ様のお好みに合うかと」
一口飲んでみると確かに好きな甘さ加減。
「なんで私の好み知ってるの?」
「貴女がいつも、少し甘いものを好んでいらっしゃるのをお見かけしておりましたから」
なんてことないように言うけれど、そういうさりげない気遣いが心にじわじわと染み込んでいく。前の国では婚約者だったアジェステ王子は全く見ていなかった。
何を好きで、何が嫌いかなど、知ろうともしなかっただろう。道具扱い。そんな彼と比べてケイエスはあまりにも見てくれている。
嬉しい。
「いつも頑張りすぎるところがありますから。たまには、腕の中でゆっくり休んでいただきたい」
仕事を終え、部屋に戻る途中、不意にケイエスが手を引いて、自身の胸元に引き寄せた。
「ちょっ、ケイエス様!何すんの!?」
びくっとなる。突然のことに体が固まるけれど、彼の腕の力は緩まない。彼の体温が、体にじんわりと伝わってくる。
「貴女は一人で全てを背負い込もうとする。それが、見ていられないのです」
優しい声が、耳元で囁かれる。言葉は、心を深く抉った。確かに、ずっと一人で頑張り、誰にも頼らず、誰にも弱音を吐かず。
そうしなければ、生きていけないと思っていたから。
けれど、ケイエスは違う。
彼は「頼ってほしい」と言ってくれ、抱え込んでいる重荷を、一緒に背負ってくれると言ってくれる。
彼の腕の中で、ゆっくりと息を吐き、今まで押し殺してきた感情が、少しずつ溢れ出すのを感じた。
週末、ケイエスは共に王城の庭園を散策。色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥のさえずりが心地よい空間。
「国に来てから、以前よりもずっと、笑顔が増えましたね」
優しい声で言った。
「そりゃ、前の国じゃあ笑顔になる要素なんてこれっぽっちもなかったし。ここは、平和だし、あなたも」
そこまで言って言葉を詰まらせた。彼の視線が真っ直ぐに私を見つめている。
「貴女の笑顔が見られることが、何よりも嬉しい」
手を握りしめた彼の指は指に絡まり、決して離れようとしない。
「どうか一生を共にしてくださいませんか?」
目を見開いた。こんなに早くプロポーズされるとは。少し急すぎる気もするけれど、この世界の常識からすれば遅いくらいなのかもしれない。
顔をじっと見つめてみるとそこにあるのは、真剣な眼差しと深い愛情が見える。
前の国では聖女であり婚約者であったそこには意思など介在する余地はなかったけれどこの国では一人の人間として、自己意思で生きている。
ありのままに受け入れ、尊重してくれる。一人の個人としては悪い口調も公務に対する情熱も、時には見せる弱さも全てを包み込んでくれる。
「あなた、めんどくさい女で本当にいいの?本当に?」
精一杯の強がりを言ってみるけれど声は震えていた。
「ええ、構いません。貴女のような魅力的な方でなければ困ります」
ケイエスは頬に触れ、親指で涙を拭った。いつの間にか目からは涙が溢れていたらしい。
「残業なし、定時退社厳守。それが守れるなら考えてあげていいよ」
満面の笑みを浮かべた。
「はい、お約束いたします。貴女の望むことは何でも」
彼の言葉に安心して胸に飛び込んだ。後日。
「んー……ま、こんなもんかな」
出来上がった今日の晩御飯を前に腕を組んで頷いた献立は、国に来てから覚えた郷土料理と記憶を辿って再現した少しばかり斬新なフュージョン料理。
「いつもながら素晴らしい腕前ですね。これでは私が太ってしまう」
背後から抱きしめるように腕を回してきたのは、夫となったケイエスは相変わらず、甘い言葉を囁いてくる彼にももう慣れた。
「太っても知らんよ。なんでいつもこうやって邪魔しに来るわけ?あと、後ろから抱きしめるの禁止って言ったでしょ、料理中なんだから」
肘で軽く小突くとケイエスは楽しそうに笑い声を上げた。
「ですが、そばにいてくださることが何よりも嬉しいのですから。それに、禁止と言われても貴女に触れていたいと思ってしまうのは、男の性かと」
どこまで本気で言ってるのか分からないけど、憎めないのがケイエスだ。
ケイエスと結婚して、早数ヶ月。王城の一角にある、広々とした邸宅で暮らしているし、公務は相変わらず続けているけれど、残業は一切なし、もしケイエスが残業をさせようものなら「新婚なのに新妻を放っておくなんて!」と睨みをきかせてすぐに、書類を片付けて帰ってきてくれる幸せな日々。
続いていた平穏を、打ち破る報せが舞い込んだ。
「シャルミリアーナ様、大変です!」
顔面蒼白になった筆頭侍従が執務室に飛び込んできた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「隣の国から至急の連絡が!貴女がいらっしゃった、あの国が大変なことになっております」
ピシリと嫌な予感がした。過去にいたあの国……クズなアジェステ王子が治める国。
「具体的に何が起きてるの?」
「各地で暴動が頻発し、財政は破綻寸前、疫病も蔓延し始めていると……国として体をなしていないとのことです」
思わずため息をついた。ああ、やっぱりね。去った後、国が崩壊するのは目に見えていたし、一人で回していた公務を突然放り出された貴族たちがまともにこなせるはずがない。わかりきったことである。
「まさか、あの殿下のことだから聖女であるシャルミリアーナ様がいなくなったことを国民に言い訳しているとか」
筆頭侍従がぶつぶつと呟く。ああ、ありえる。聖女のせいにして自分の無能を棚上げにするなんて、アジェステ王子ならやりかねない。
「それで、我が国に何を求めているの」
「それが。隣国との同盟国である我が国に救援を求めているようです。シャルミリアーナ様の聖女としての力と公務の立て直しについて、どうかと」
途端に眉間に皺が寄る。ふざけるな、と口に出そうとしたが隣に控えていたケイエスが肩にそっと手を置く。
「落ち着いてください」
彼の声はいつも通り穏やかだったけれど瞳の奥には、確固たる決意のようなものが宿っているように見えた。
「あの国から貴女を連れ戻そうとでも考えているのでしょうか」
執務室をケイエスと二人きりになった後に問いかけた。
「さあね。でも、もしそうなら絶対に戻らない。あんな、人のこと使い潰すだけの国なんてまっぴらごめん」
言葉にケイエスはそっと手を取った。
「もちろんです。貴女をあのような国に戻すなど許しません」
彼の言葉は身をを温かく包み込んだ。
「しかし、シャルミリアーナ様。彼らが救援を求めているのは事実です。このまま放置すれば国は完全に崩壊し、隣国であるライネルト王国、ひいてはこの国にも多大な影響を及ぼす可能性があります」
ケイエスの言うことはもっともだった。あの国が完全に崩壊すれば難民が押し寄せ、経済的な混乱も避けられないだろう。国を憎んでいても現実問題として目を背けることはできない。困る。
「何か良い策はないものか」
頭を抱えているとケイエスは隣に座り、髪を優しく撫でた。今、ちょっとパサパサで控えてもらいないけど悪くないから言わない。
「もし、嫌でなければ私が先方と交渉してきましょう。聖女の力や公務の立て直しは、確かにシャルミリアーナ様でなければ難しいかもしれませんが貴女が直接赴く必要はないはずです」
「あなたが交渉?でも、ケイエス様はあくまで第二王子の側近でしょ?そんな大役担えるの?」
「ご心配には及びません。この数ヶ月、公務の効率化や外交の心得を学ぶうちに多くの知識が身につきました。それに」
ケイエスは瞳を真っ直ぐ見つめた。
「あの国には貴女を虐げた者たちがいます。貴女の夫として、彼らにしっかりと貴女の価値を理解させ二度と貴女を傷つけさせないことを約束させたい」
魔法のように心に響いた。傷つけさせない、その一言に、どれだけ救われただろう。好きだなぁ。
「分かった。でも、無理はしないでね。もし少しでも危ないと思ったらすぐに帰ってきて」
「はい。貴女の元に必ず」
ケイエスはそう言って額にそっとキスをした。数週間後、ケイエスはあの国へと旅立っていった。残した大量の書類を捌きながら無事を祈る日々を送っていた。
数ヶ月後、ケイエスから無事に戻ったという連絡が入ったり信じられないような報せも。
「あの国はアジェステ王子が退位し、新たな王が即位したとのことです。我が国の支援を受け入れ、国内の立て直しを図ることに合意したとか」
筆頭侍従からの報告に思わず椅子から立ち上がった。アジェステが退位?一体ケイエスは何をしてきたというのだ。知りたい。
「ケイエス様は国の貴族たちを説得し、シャルミリアーナ様がいかに国にとって不可欠であったか、貴女がどれほど不当な扱いを受けていたかをデータに基づいて懇々と説明したそうです。シャルミリアーナ様なしではあの国の崩壊は免れないこと、聖女の力は我々の王室との繋がりによって提供されること、公務の立て直しにはシャルミリアーナ様が培ったシステムを導入すること、全てを。決してあのような苦境に立たせないという条件で承諾させたとか」
筆頭侍従はどこか呆れたような尊敬の眼差しで語った。
「ふふ、やりすぎ」
呟きながらも目からは熱いものがこみ上げてきた。そこまでしてくれたのだ。数日後、ケイエスが帰ってきた。
「ただいま戻りました」
顔は少し疲れているように見えたけれど、瞳は達成感に満ちていた。
「おかえり、ケイエス」
駆け寄りしっかりと抱きしめた。
「あなた、よくやってくれたね。ありがとう」
お互いに優しい笑顔を浮かべた。
「貴女のためならどんなことでも。これで貴女が二度と、国に理不尽な扱いを受けずに済むと思うとこの上なく喜ばしい」
彼は私の頭を優しく撫でた。国は今も大変な状況にあるらしいけど、手元には国からの理不尽な要求は届かない。
整えた公務システムは国の監視の下で、あの国でも機能していくことだろう。聖女としての力も、国の支援として必要な分だけ提供される。
もうあの国の聖女ではない。ケイエスの妻であり、公務をこなす一人の人間。
「そういえばさ、ケイエス」
「なんでしょう?」
「うちさ、そろそろ家族が増えるかもしれない」
お腹にそっと手を当てて見上げるとケイエスは一瞬、呆然とした表情を浮かべた後、ゆっくりと確実に顔に歓喜の表情を浮かべた。
「そっ、それは、本当ですか!?」
「たぶんね。だから、あなたこれからはもっと残業なしで早く帰ってきてね。子供との時間も大切にしたいし」
深く頷き、体を抱きしめた。
「もちろんです!これからは何よりも、貴女と新しい命を大切にします!」
腕の中で幸せを噛み締めた。昔、王子に婚約破棄され家族にも見放されたけれど、この国でケイエスという最高の夫と新しい家族を得ることができた。
あの日の絶望から最高の幸福へと転換し、幸福はきっとこれからも続いていくのだろう。目をゆっくりと閉じた。
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