ライフ・オブ・スクール
2024年4月7日。朝7時45分。
新潟県の村上市のとある家。そこに住む一人の少女は、鏡と向かい合い、ぼそぼそと独り言をつぶやく
「髪も、メイクもいいし、襟も整ってるね。入学初日からみすぼらしい恰好なんてゆるされないし」
少女の家から遠く離れた新潟市のデパートで買った、デパコスのファンデで整えられた白く滑らかな肌に、きりっと引かれ、鋭い目を作るアイライン。きらきらと輝くラメの入ったアイシャドウとチーク。あまり主張しない淡い朱色の口紅。
目の上まで伸びた前髪に、くるりと巻かれた髪と、左耳3つと唇に開けられた1つのピアス。
すれ違う者すべてが二度見する、取り柄も何もないこの街に似合わないモデルのようなその圧倒的な美貌を彼女は、自慢としている。
「登校前に、サイコロ振らないと!」
そういうと、彼女はドタバタと音を立て、自室に戻る。
先ほどまでの美貌を台無しにするかのような、じゃじゃ馬っぷり。
自室の机に置かれた一つのサイコロを無造作に掴み深皿に向かって投げつける。彼女が投げたサイコロの目は「5」。
次に、彼女が目を向けたのは、自身のスマートフォン
タブレットには、「黒崎ユリ」の文字と小さなユニット。ユニットがマスを進み、青いマスに止まった。
それに続き様々な情報が映し出される。
『黒崎ユリ 12月25日生まれ 15歳
学力 A+ 運動 A 才能 E
「豪運」「努力家」「逆境」』
「あ、新しいスキル手に入ってる」
この世界は人生ゲームのようなシステムによって、進学に、就職、結婚までも、この世のすべてはEからSの評価によって人生を管理されているのだ。
*
桜並木を一人。すれ違う人の視線を浴びながら歩く。
他にもいる、新入生らしい人たちは、私の姿が視界に入るとすぐに道を開けて道の端に寄る。
校門前に、立てかけられた「入学式」の看板。その下で今までの人生、これからの、高校生活に想いを馳せる。
「お前、新入生か?」
「え、そうですけど」
校門前で、いきなりハゲたおっさんが突っかかってきた。生徒指導の先生なのかな。
「学生がそんな派手な格好、許されると思っているのか!」
「この高校、服装も髪型もメイクも自由ですよね」
「それは成績上位の者と入学説明会でも話したろう!」
「うち、学力A+で、運動もAですよ?」
「嘘をつけ!」
「ほら、嘘じゃないですよ」
差し出したスマホを見るや否や、ならいいんだ。って謝罪もなくどこか行ってしまった。間違いを謝ることもできないのか、なんて思ったが正直どうでもいい話だ。
うちの、目的はこの学校の先にあるわけだし。
玄関前に張られたクラス名簿から自分の名前を探し出して、指定された教室に向かう。1年3組。学校の4階の一番奥に位置する教室。その教室の扉を開けた時、これからクラスメイトになるクラスメイトからの目線はひどく冷たいものだった。
普通に考えたら、入学初日からこんな派手な目立つ格好をしている人間をまともな人間と思う人はいないだろう。
でも、うちには才能がないから、努力をしないといけない。勉強も運動も、容姿も。今のうちは、努力によって作られた「黒崎ユリ」という存在。この格好が私であり、それを努力をしない人たちに否定されるのは納得がいかない。
向こうから距離を置いてくれるなら会い難い話だ。
教室の後ろの方に置かれた自分の席に鞄をドサッと置き、中から鏡を取り出す。今日は風が強かった。髪が乱れたら、それはもう、うちじゃない。うちは常に完璧じゃないと。うちが認めない。
前髪を手櫛で整えて治した後、こないだ見つけた面白そうだった、恋愛小説を取り出して、一人、それを読む。
とある学校で出会った、半グレの子と、政治家の子の決して交わることのない二人の少年の恋物語。
「はじめまして」
爽やかな鼻に着く声が、読書の時間の邪魔をする。
元来、人見知りだったうちは、向こうから距離を詰めてくる人間に苦手意識を持っていた。
「はじめまして」
「俺、塚野始」
「黒崎」
名前なんて、教室の前に張り出されているのに、聞く必要なんてないと思う。実際、隣の席に鞄を置いた時点でもう塚野という男であることをうちは知ったわけだし。名前を知りたいのなら、事前に知っておくべきだろう。
それに、うちは本を読んでいた、それを知ったうえで話しかけるのはどんな神経なのだろうか?
「君、俺が教室に入ってきたとき俺に目もくれず本読んでたでしょ」
「それがなに?」
「俺、「注目の的」っていうスキル持っててさ、みんな俺のことを見てくれるんだ」
「……でも、うちがあんたのことを見なかったから興味もったって?」
「せいかーい。ね!君のステータス見せてよ」
「人に頼むなら、普通自分のも見せるべきでしょ」
「あ~、そうだね!ごめんごめん」
全体的に乗りが軽く、言葉に信用度がない。平気で嘘をつけるような人間だろうな。
「へぇ……。君、才能Eなんだ、終わってんね」
その言葉に対して、うちは何の感情も持たない。小学校の頃から聞きなれた言葉だから。その言葉は、私にとって原動力そのもの、うちをここまでの人間にしてくれた言葉。
才能E。落ちこぼれの無能。それがこの世界の評価。うちはそう言って才能がある人にいじめられた。だから努力した。だから、うちは知っている。この世は才能なんかじゃなく、努力であると。
それを知らない人に強要する気もないし、知ってもらう必要もない。
「終わってるなら、無視してもいいんですよ~」
「いやな女」
高校生活の始まりは、本当に最悪なものになってしまった。
*
入学してから、1ヵ月ほどたった。新しい環境に皆適応してきていくつかのグループができた。うちにも友達と呼べる人たちもできた。でもいまだに、塚野は突っかかってくる。
関係値が良くなることも、悪くなることもなく。ただいつも言い合うだけの関係。
「はぁ、なんで俺が君と同じ仕事なんだか」
来月、体育祭が行われる。うちと塚野は同じ応援団になることになった。マジで普通にめんどくさい。でも、やるとなったらまじめにやるけど。
今日も、応援団の練習で放課後集まっている。
「いやなら、先生にでも頭下げて頼んだら?」
「お前こそ、先生に嫌です。って言えば?勉強しないと何もできないので勉強時間減ると困りますって」
「嫌味しか言えない奴が見方を鼓舞なんてできるのかな?」
「少なくとも君意外には嫌味を言うことはないと思うな」
そんな喧嘩ももう、うちにとっては当たり前の日常となっていた。
きっと、どこかでうちは、塚野のことを信頼している。
こいつは、自分の才能に天狗になることもなく、どんなものにも努力を怠らない。そんな彼に、うちはどこか惹かれている。
*
文化祭。ここでもうちは、塚野と同じチームになって仕事をすることになった。
「また、お前かよ」
「最悪……」
いまでも、二人の関係値は最悪。しかし、二人の間に取り巻く感情は嫌悪ではなく、興味へと変わりつつある。
「……俺さ、初めてお前と会った時、すごい悔しかった」
文化祭の準備のために、放課後の教室に二人の姿があった。
「へぇ~」
「基本的に、スキルって自分よりステータスの低い人間にしか効かない。なのにお前は、俺のスキルが効いていない。もうこの時点で悔しかった。そのあと、ステータス見たら、才能が最低ランクのEって知って本気で悔しかった」
口を開いた、塚野はもの悲し気にそう語る
「うちから見れば、才能があるあんたの方がうらやましいけどね」
「才能は、磨かなければ意味がない。逆に才能がなくても、磨けばどんなものでも美しくなる。泥団子みたいにね」
「いま、うちの事泥って言ったろ」
「そうだよ~バーカ!」
互いに互いを嫌う、でも、その根底にあるのは尊敬。
棘のあるその言い方でも、それは信頼の証だった。
半年という長い時間が互いの心を認めさせたのだった。
*
二年生になった。それでも、二人の関係に変化はない。
棘を刺しあい、嫌な奴と嫌悪する。
二人は別のクラスになった。うちは、やっと塚野と縁が切れると思っていた。
しかし、塚野はわざわざ私のクラスに来てうちを罵倒する。
しかも、うちが昼ごはんのパンを食べている時にわざわざ来てまでだ。
こいつは暇なのか?友達もいないんじゃないか
「もうすぐ、進路先決めないとだろ? お前夢とかあるん? 夢だから何言ってもいいんだぞ」
「……この世界について知りたい。この世界の根本的なものを」
塚野の吐く棘を無視しつつ、最低限の話をする
「それは、宇宙の誕生とかそういうやつ?」
「いや、このステータスとか、サイコロを振らないといけないとか、そういうの」
「なるほどねぇ。その謎を解明できたら、自分のステータスいじれるかもしれないしね」
「言っとくけど、私この一年でステータス変化して学力はSだからね」
「友達いないお前は勉強しかすることないしな」
「あんたも少しは勉強とかすれば?」
「そうだな」
塚野は、低い天井を仰ぎ、ふぅ。と軽く息を吐いた。
気持ち悪いと言ってやりたいが、そんな空気でもない。
日常となった言い合いも、今日は長く続くことはなかった。
*
3年生なった。それぞれが自分の道に進むために努力をしている。
うちは、大学に進むために、勉強漬けの日々を送っていた。
「今日もまた勉強してる」
「うちは、努力を怠ったら、ついていけないんだよ」
今日もまた、私の隣で塚野は嫌味を言う。
「はぁ、なんでまたあんたと同じクラスなんだか」
このクラスは進学する人の特進クラス。なのになんでこいつがいるんだ?
こいつはついこないだまで、部活でやっていたテニスの道に進むといっていたのに。
「俺も進学する」
「は?」
「俺も、この世界の謎について知りたくなった」
「はぁ」
「……俺、お前のことが好き」
「無理」
「最後まで聞け。俺はお前のことが好き、だけどお前に負けるのはなんか納得いかない。だから」
「無理」
「お前より先に、この世界の謎を解明してやる」
「……はぁ、ほんと最悪。まぁ、お前ならいいか」
「それは、俺の事認めてくれたってこと?」
「勘違いするな、うちは、あんたには勝てるって言ってんの」
二人は、その日、日が暮れるまで愚痴を言い合った。
卒業まで、毎日。大学でも、毎日。
結局、この世界の謎をしるのはもう少し先になるだろう。
それでも、今、黒崎ユリは幸せである。
夢に向かって進んでいるから、塚野始という存在がいるから。
…………二人が、家族になるのは、もう少し先の話。