第1話
目の前の端末に数字を入力していく。
合計数百桁の羅列はこれまでの労力を端的に表していた。
仕上げに取りかかったところで、地下室の出入り口が開く。
入室したのは秘書のレナだった。
黒いスーツに身を包むレナは訝しげに尋ねてくる。
「社長、今度は何の実験ですか?」
「時空間の分析さ。タイムマシンを開発できないかと思ってね」
私は液晶画面に映る数字の集合体を見せた。
レナは眉間に皺を寄せて一瞥すると、これ見よがしにため息を洩らす。
「SF映画でも観ました?」
「三日前から有名どころを復習している。やっぱり名作は素晴らしいよ。君もチェックすべきだ」
「社長が働いてくれれば、そういう時間も取れるのですがね」
レナの視線が厳しい。
最近は残業続きでまともに休めていないのだろう。
きっとストレスで苛立っているのだ。
私が発明した数々のリラクゼーションマシンでは力不足だったらしい。
そろそろ最新版に着手すべきかもしれない。
ひとまず睨まれ続けるのが嫌だったので話題をそらすことにした。
「何か用かな」
「明日のスピーチの原稿が出来ました」
「面倒だ。キャンセルしてくれ」
「無理です。必ず出席してください。社長のためのパーティーなんですよ」
「しかしなぁ……」
押し付けられた原稿の束に辟易していると、部屋の中央に眩い光が生まれた。
その光は空中に留まり、絶えず色を変えながら明滅している。
レナは露骨に動揺していた。
「なんですかあれはっ!?」
「時空の裂け目だ。ようやく発生してくれた」
説明をしようとした瞬間、計器からけたたましいアラームが鳴り出した。
メーターの針が限界まで振り切った後、急に逆回転を始める。
液晶画面の数字が滅茶苦茶な表示になってエラーを起こしていた。
私は光を観察しながら端末を操作する。
「これは不味いな」
「今度は何ですか?」
「時空の裂け目がコントロール不可になった」
「……それってどれくらい危険なんです」
「このままだと世界が呑み込まれて滅ぶかもしれない」
次の瞬間、レナに首を掴まれた。
彼女は力任せに揺らしながら叫ぶ。
「早く止めてくださいよっ!」
「だから大急ぎでやっているだろう」
言い争いながらも端末の入力が完了した。
明滅していた光が落ち着いて徐々に小さくなっていく。
手を止めた私はレナに告げる。
「これで三十秒後には裂け目が閉じる。一件落着だね」
「まったく……危険な実験は許可を取ってからにしてください」
「いちいち許可なんて待っていたら孫の代になってしまうよ。時勢に流されず、大胆に挑戦していくのが発明家としての矜持で……」
話している途中、時空の裂け目が脈動した。
一瞬だけ凄まじい吸引力が生まれて私の身体が光へと引き込まれていく。
(なんだ。こんな挙動は知らないぞ)
抵抗することはできた。
だが私はあえて身を委ねることにした。
未知への好奇心が勝ったのだ。
「しゃ、社長っ!」
「明日のスピーチはやっぱりキャンセルだ」
驚愕するレナに手を振りつつ、私は時空の裂け目に衝突した。