94 嫌がらせキャラのお仕事
というわけで、ミモザは今現在、絶賛ストーキング中である。
もちろん、フレイヤをだ。
王国騎士団は王宮の敷地内に存在する。そのため王宮の出入り口付近をミモザはちょっと離れた喫茶店から観察していた。
フレイヤが出てきたら尾行するためである。
実はもうこれを始めて二週間が経過している。フレイヤの行動パターンは概ね掴みつつあった。
ついでにちょくちょくセドリックからの情報を元にステラのストーキングもしているミモザである。
(嫌がらせキャラって大変……)
机の上にステラが訪れた場所に印と日時を記載した地図を広げ、ミルクティーを啜りながらしみじみと思う。東にフレイヤの姿があると聞けば飛んでいき、西にステラがいると聞けば飛んでいく。そしてついでにその周辺でステラが迷惑行為や怪しい行動をしていないかの聞き込み調査も行っていた。
正直とても忙しい。
思えばゲームの中の『ミモザ』はもっと頻繁にステラの元を訪れて嫌がらせをしていた気がする。そこにはたゆまぬ努力と勤勉さが必要だったことだろう。
ミモザはふぁ、とあくびをして目をこする。
しかしその甲斐はあってステラに関しての色々な証言は溜まってきていた。
その多くはやはり異性絡みのものだ。その地域の有力者や金銭的に裕福な男性が彼女に夢中になってしまうというもの。それが単に一目惚れならばいいのだが、それまで恋愛に興味がなかったり、奥方一筋で他の女性には見向きもしなかったような人が次々と落とされていくらしい。それも前日まではすり寄ってくるステラに冷たい対応をしていた人が一晩明けると急に人が変わったかのようにメロメロになっているなどの証言もあり、それは精神汚染を示唆するには十分な内容である。
とはいえ、やはり決定的な証拠にはならない。やはり立証にはその場面の録画なり本人の証言が必要となるだろう。
(まぁ、あんまりにも被害が酷くなればこの状況証拠の積み重ねで無理矢理捕らえるという可能性もなくはないけど……)
きっとそれを見越してオルタンシアはこの証言集めもミモザに命じたのだ。
「しかし女性からの評判がすこぶる悪いな」
当たり前と言えば当たり前かも知れないが、女性から事情を聞いた時の毛嫌いのされ方がすごい。
「……どうして女性は洗脳しないんだろ」
思い返せば、ラブドロップ事件の時も異性トラブルばかりで同性が洗脳されたという報告はなかったような気がする。
「同性には効かないのか……?」
今度確かめてみるか、とミモザはやることリストにメモを残した。
「あ」
慌てて立ち上がる。
フレイヤが城門から出てきたのだ。
常の軍服とは異なり真っ白いシャツにスラックスという私服姿のフレイヤに、ミモザは慌ててお会計を済ますと距離をとって後をつけた。
(あれ? ここは……)
ミモザがフレイヤを尾行し始めてから初めて通る道筋だな、と思いながらその背中を追いかけていると、そこは見慣れた場所へとつながっていた。
正確には最終的に辿り着いた場所はミモザにはあまり馴染みのない施設だったが、その近くというか、その施設の立つ敷地自体は非常に馴染みのある場所だ。
(中央教会じゃん)
しかし彼女はいつも作戦会議に利用するオルタンシアの執務室がある本堂の方ではなく、その裏へと回った。しかも敷地内には入らず柵の外から覗くようにしてである。
(なんで?)
よくよく見るとそこは教会に併設された孤児院だった。質素だが清潔な服に身を包んだ子ども達が楽しそうに転げ回っている。
彼女はその様子を鉄柵に手を触れて眺めていた。
(子ども好きなのか……?)
それにしてはその表情は微笑ましいものを見る顔ではなく、どこか浮かない表情である。
その時、一際高い子ども達の歓声が上がった。
「よー、元気にしてるか? ちびっ子ども」
ガブリエルだ。彼はいつも通りの白い軍服に身を包み、それが泥だらけの子ども達の手で汚れるのも構わずに笑っていた。
「今日の菓子は美味いぞー」
そして後ろを振り返る。そこには、
(セレーナ嬢?)
美しい黒髪に吊り目がちなオレンジの瞳をした彼女は、優しく微笑むと手に持った籠を子ども達へと向ける。
「さぁ、みんな、一人一つずつよ」
その雰囲気はとても柔らかく、パーティーの夜にミモザのことを遠巻きに睨んでいた姿とは別人のようだ。
(あの二人、やっぱり……)
親しい仲なのか、と考えていると、ギチギチギチと不穏な音が近くで鳴った。
フレイヤである。
彼女はあの時と同じように二人を睨むと、鉄柵を握った手に力を入れすぎたのか、なんと曲げてしまっていた。
鉄でできた柵を、である。
「ご、ゴリラだ……」
「……っ! 誰!?」
ミモザの呟きに弾かれたようにフレイヤは振り返る。そこに呆然と立つミモザの姿を認めて、彼女の銀色の瞳は驚きに見開かれた。
「どうして貴方がここに?」
鋭く誰何する姿は凛々しいが、
「フレイヤ様、とりあえず柵、柵から手を離しましょう」
更に力が入ってしまった鉄柵がねじれてきている。まさかないとは思うが、そのままねじ切られてしまうのではと心配になるような哀れな姿である。
それに彼女は「あっ」と今気づいたように声を上げると、「わたくしとしたことが……」と言いながらその柵を両手で掴んだ。
「ふんっ」
軽い気合いと共に歪んだ鉄柵は真っ直ぐな状態へと戻った。
「ゴリラだ……」
ミモザは思わず駆け寄り、自身も鉄柵を掴むと力を入れる。
「ふんーっ」
曲がりはしたものの、フレイヤがやったまるで溶けたチーズのような曲げ方にはほど遠い。
「フレイヤ様」
「な、何よ……」
ミモザは真剣な目でフレイヤのことを見つめた。
「僕もできるようになりたいです!」
「………貴方本当になんでここにいるのかしら?」
フレイヤは呆れたようにそう言った。
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