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93 彼と彼女の友情

「先日のお詫びに食事でも奢りますよ」と誘ったミモザに、彼はしばし悩んだ末に頷いてついてきた。

(危機管理がなってないなぁ……)

 ミモザに言えたことではないが、ついつい思ってしまう。

 彼はミモザに散々な目に遭わされているはずだが、もう関わらないようにしようとは思わないのだろうか。

「ジーン様はちょっと迂闊過ぎませんかね」

 白を基調とした家具で揃えられた喫茶店で、上品にナイフとフォークを使いランチを食べるジーンにミモザは思わずそう話しかけた。

「何がです?」

 ちなみにミモザはサンドイッチを頼んだ。それにかぶりつきながら怪訝そうな彼に言う。

「僕に誘われて食事に来るなんて……、また酷い目にあうかも知れませんよ」

 ミモザの言葉に彼は口をへの字に曲げる。

「断って欲しかったんですか?」

「いいえ」

「ならいいじゃないですか」

 ミモザは首を傾げる。彼は呆れたように一度ナイフとフォークを置いた。

「確かに貴方と出会わなければあんな目には遭わなかったと思いますけどね」

 『あんな目』と言った時だけ嫌そうな顔をしてジーンは言う。

「貴方に僕を害する気持ちがないのはわかっているつもりです。まぁ、やり方はあれですけど、あれのおかげで洗脳され続けるという無様は晒さずに済んだわけで……」

 段々と思い出してきたのか顔色が青白くなる。それを誤魔化すように彼はごほんと咳払いをした。そしてミモザを見て、困ったように笑う。

「気まずいからと言って、友人を理不尽に責めるほど僕は愚かではないつもりですよ」

「……そうですか」

 その微笑みは陽の光の中で見るに相応しい、暖かなものだ。

(綺麗な人だ)

 ミモザは思う。

 なんというか、彼は人間として擦れていないのだ。

 夢見がちだが、それは純粋さの裏返しであり彼の長所だ。

「ジーン様」

 ミモザは湖のように青い目を細めて微笑んだ。

「ありがとうございます」

 ジーンは目を見開く。ややして照れたように下を向き、ナイフとフォークを取った。

「い、いえ、僕は人として当然のことを言ったまでで……」

「時にジーン様」

 ミモザはにっこりと笑う。

「フレイヤ様のことについてお伺いしたいことがありまして」

「あれ、これ僕ダシにされてます?」

 ジーンは顔をしかめた。


「先生とガブリエル団長は同期でライバルなんですよ」

 とジーンは教えてくれた。

 ミモザが二人の関係について尋ねたからだ。

 なんとなく仲が悪いという噂は耳にしたことがあったが、実際どうなのかはよくわからなかったのでそもそもの二人の関係性から確認してみることにしたのだ。

 食事を終えて、食後の紅茶を優雅に嗜みながらジーンは続ける。

「僕とミモザさんみたいに同じ時期に塔の攻略を始めて同じ御前試合で精霊騎士になったそうです。その際に決勝で戦ったらしく、先生が勝ったそうですが、当時の実力は拮抗していたそうです」

「なるほど」

 ミモザは頷く。なんとなく言い合いをしている姿が目立つが、そこになんとなく気やすさのようなものが垣間見えるのは同期だったからなのだろう。

「ライバル意識ゆえに張り合うことが多い、と言った感じでしょうか?」

「というか……」

 しかしミモザの質問にジーンは苦い顔をした。

「先生が一方的に敵対視しているという感じですね。ガブリエル団長はつっかかられるので面倒くさがっている感じで……」

「自分の先生に対して辛辣ですね」

「僕の目から見てもガブリエル団長に対してだけすごい絡むんですよ」

 ふぅ、と疲れたようにジーンは息をついた。

「あの二人が話し出すと口を挟む隙がなくて……、いつも言い合いが終わるまで待つはめになるんですよね」

 そこまで言って「これってなんの情報収集ですか?」と訝しがるようにジーンは聞いた。

「まさか怪しいことを企んでるわけじゃないですよね」

「めっそうもない」

 ミモザはぶんぶんと首を横に振る。

「ちょーっと二人の関係が気になっただけでして」

 すっとぼけるミモザをジーンは疑わしげに見つめる。

「本当にそれだけですか?」

「そうですよぉ」

「他意はないと?」

「いやだなぁ、ジーン様」

 ミモザはやれやれと肩をすくめ、そして姿勢を正してジーンを見つめる。

 真っ直ぐな、静かな湖面のような瞳が真摯な光を宿す。

「僕が、そんな嘘をつくような人間に思えるのですか?」

「思います」

 即答だった。

 そのあまりの信用の低さにミモザは戦慄く。

「な、ど、どうしてですか!」

「今までのご自身の行動を胸に手を当ててよーく思い返してみるといいんじゃないですかね」

 黒いじと目がミモザを睨む。

 ミモザは自分の胸にそっと手を当ててみた。そして首をひねる。

「ちょっとよくわからないですね」

「わからないはずがないでしょう!」

 ばん、とテーブルを叩かれた。彼の目は据わっている。

「さすがに怒りますよ」

「すみませんでした」

 ミモザは素直に謝罪した。

(それにしても探る理由か……)

 どう言い訳しようかとあたりを視線だけで見回して

(あ……)

 喫茶店に飾ってあるポスターに目を止めてにやりと笑う。

「実はですね」

 秘密を告げるように声をひそめる。

「もうすぐ花の感謝祭でしょう」

 花の感謝祭とはこの国の一代イベントである。名前の通り感謝の気持ちとして花を贈るイベントなのだが、それと同時に女性が意中の男性にチョコレートを贈るイベントでもある。

 要するにバレンタインデーのことだ。

(田中花子の影を感じる……)

 女性がチョコレートを贈るあたりがまんま日本である。

 ちなみにホワイトデーにあたいする日は一月後に装飾祭と呼ばれるものがあり、これは本来なら花を贈られた人がそのお返しとして女性相手ならリボンを、男性相手ならハンカチを返すイベントなのだが、花の感謝祭でチョコレートを貰った男性はその気持ちを受け取る場合はアクセサリーなど身につける物を女性に渡すというイベントとなる。

 そして日本同様この二つのお祭りはここぞとばかりに飲食店や宝飾店がイベント絡みの商品を出す。その予告のポスターがミモザの目に入ったのだ。

「花の感謝祭……」

 ジーンが首を傾げる。

「それと一体何の関係が?」

「実はチョコレートを贈りたい相手がいまして」

 嘘である。

 今の今までミモザは花の感謝祭のことなどすっかり失念していた。

 しかしその言葉にジーンはミモザの予想を超えて動揺を示した。

「ついにですか!」

「ついに……?」

 二人は顔を見合わせる。疑問符を浮かべるミモザに、ジーンはいかにも恐る恐るといった様子で

「あの、差し支えなければ……、一体誰に贈る予定なんでしょうか?」

 と訊ねた。ミモザはその反応に怪訝そうに答えた。

「え? 考え中です」

「なんですか、それは……」

 ジーンが一気に脱力したようにテーブルに突っ伏す。なんだかよくわからないがミモザはその頭を慰めるようにぽんぽんと叩いた。

「参加したことがなかったので今年初参加してみようかと思いまして。初めてのイベントなのでフレイヤ様にご教授願えないかと思ったのです」

「それってあの二人が恋仲だと思ったってことですか?」

「ワンチャンあるかなって」

「ないでしょう」

「ないですかー」

「そもそもなんで先生なんです?」

「僕の知り合いでこういったことを頼める女性が、母と姉とフレイヤ様しかいないからですが?」

 ジーンは沈黙した。ややして口を開く。

「その三択なら確かに先生ですね……」

「そうでしょう」

 えへん、と偉そうに頷くミモザに、

「胸を張ることではないですが……」

 と疲れたようにジーンは言った。

「もしよろしければジーン様に差し上げましょうか?」

 そんなジーンにふと思いついてミモザは提案する。

「チョコレート」

 親切心で提案した言葉は、しかし

「やめてください!」

 真っ青な顔で拒絶された。

 それにむっとミモザは唇を尖らせる。

「別にヤバいものなんてあげませんよ。ちゃんとした食べられるチョコレートを友達のよしみであげるだけです」

「それでもやめてください」

 蒼白な顔をして声を絞り出すようにしてジーンは訴える。

「最悪死にます。僕が」

「失敬な」

 確かにミモザは別にお菓子作りが得意なわけではないが、とんでもないゲテモノを生成するほど下手なわけではない。レシピ本を見ればその通りに作ることくらいはできる。

(やったことはないけど……)

 できる! はずだ。

「ミモザさんが用意するチョコレートがどうこうではなくてですね、こう……」

 そんなミモザに言いづらそうにジーンはうめく。

「男の嫉妬は、怖いですから……」

「はぁ……?」

 本気で意味がわからない。ミモザは首を捻った。

 しかし「とにかくやめてくださいね!」と念を押されてその勢いに押されて渋々頷く。

 それにいかにも良いことを思いついたと言わんばかりに指を立ててジーンは言った。

「あげるならほら! レオンハルト様がいいと思いますよ! 絶対!!」

 それにミモザは「えー」と声をあげた。

 レオンハルトにチョコを贈るなど考えるだけで気恥ずかしかった。

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