86 第5の塔 攻略
ミモザはふるりと身を震わせた。
(悪寒が……)
風邪でも引いただろうか、と考える。そういえばこの間長時間泳いだり水浸しになったりしていた。他にも色々と忙しくしていたな、とこれまでのことを思い起こす。
わかっている。ただの現実逃避だ。
ミモザは今現在、
(僕は一体何を見せられているのだろう……)
第5の塔で白目をむいていた。
第5の塔はため技の祝福が受けられる塔である。その言葉の通り、攻撃を放つ前に溜めることによってその威力を向上させることができるという祝福である。
塔の中に入ると途端に溶岩がぐつぐつと煮えたぎるとんでもない光景が広がっていた。
そしてその溶岩の上には今にも崩れそうな細い道がいくつも走り、その上には線路と古ぼけたトロッコが乗っている。
「………」
手を伸ばして触れる。それはギィギィと嫌な音を立てた。その時点でミモザはそれに乗ることを放棄して線路の上を歩くことにした。
道と線路とトロッコはそれぞれ一つずつ対応している。一つの線路にトロッコは一つだけ、という具合だ。途中でトロッコが走ってきて轢き殺されないようにミモザはトロッコを押して自分の先を走らせてついて行くことにした。
そこまではいい。
しかし途中で二つ向こうの線路の光景を見て、ミモザはげんなりしたのである。
そこにはステラ御一行がいた。
「きゃー! 待って待って! あんまり強く押さないで!!」
「ふっふっふ、ステラ嬢は怖がりだねぇ、ほらほら」
「ま、待って、待って! 本当に待ってったら!!」
「ステラ、怖いなら俺に掴まれ」
「あ、ありがとう、アベル」
潤んだ瞳でステラはアベルを見上げる。アベルはそれに困ったように、けれど拒否せずにわずかに口の端を上げるように笑んで見返した。そんな二人が乗ったトロッコを歩いて押しているセドリックがガタガタと揺らす。
「きゃー!!」
「おい、セドリック! 本当に落ちたらどうする!」
「ふっふっふ! 骨は拾って剥製にして飾って差し上げますよー」
「剥製はやめろ!」
なんかちちくりあっている。
(仲が良さそうでなにより……)
三名のうち一名は裏切り者だが、まぁ、楽しそうではある。
一人寂しくトロッコを押している身としてはなんとも言い難い光景だ。
しかし無視するわけにも行かない。わざわざこの光景を見るためにミモザは今日、ここに来たのだ。
もちろん、調査のためである。
セドリックからステラ達が今日第5の塔の攻略に向かうとの密告を受け、ミモザは変装して待ち構えていたのである。
今のミモザは幻術で髪を黒に、目を緑に変えている。その上で茶色い帽子と伊達眼鏡をかけ、いつもの服装の上に茶色のコートを羽織っていた。遠目から見ればそれがミモザだとはわからないだろう。
ちなみに第4の塔は先日手早く攻略を済ませていた。これまたセドリックから二人はもうすでに第4の塔までの攻略を済ませているとの密告があったからである。
二人が攻略していない塔なら監視ついでに攻略できるが、そうでないならさっさと済ませてしまった方が効率的だ。
第4の塔は移動魔法陣の手に入る塔である。底なし沼の間にある迷路のような道を辿り、誰でも使用できる移動魔法陣が各場所に設置されているのでそれを駆使して上に上がる階段へと到達すれば良いというものだ。そしてその途中でやはり落ちている鍵を調達する必要がある。
ミモザはもはや銅の鍵を見つけた時点で諦めて、それを握りしめて上の階を目指した。もはやここまで銅の鍵としか出会えないとは女神に嫌われている可能性すらある。
(まぁ、別にいいけど)
女神に嫌われていても生きるには困らない。
その時のことを思い出して目から若干汗のようなものが滲んできたが、きっと溶岩のせいだろう。
ちなみに銅の祝福では移動魔法陣を歩いて十歩ほどの距離にしか設置できなかったがそれも些細な話である。
(ゲームでは主人公が王都の主要なエリアに移動する時に使ってたんだけど)
例えば宿屋から雑貨屋とか、宿屋から王都の出入り口の門とか、宿屋から御前試合を行うことになる闘技場とか。
なんか目の前の景色が水分で見えづらい気がするが、断じて泣いていないし些細な話なのである。
ふぅ、とミモザは気を取り直すように深呼吸をした。
(しかし……)
きゃっきゃうふふと戯れるステラ御一行をミモザは眺める。
いまさらだが試練の塔の中で決定的瞬間を捉えるのは無理があるのではないだろうか。
ステラの毒というのがどのくらいの期間効くものなのかがわからないが、セドリックに再び毒を与える場面があったとしてもその前後でセドリックの態度が変わらないのであれば毒の効果は視覚的には立証できない。あくまで元々はステラに好意がない人間が毒を摂取した途端に態度が豹変する瞬間を捉えたいのである。
となるとこうして見ていても映像を記録しなければいけないような場面に出くわす可能性は極めて低いのではないだろうか。
(ジーン様かマシュー様をおとりにして……)
毒を使わせた方が可能性がある気がする。二人は嫌がるだろうが。
(レオン様も……)
ふと、もう一人おとり候補を思いついた。しかしミモザはすぐに首を振って打ち消す。
例え毒の影響とはいえ、ステラと仲睦まじくするレオンハルトなど見たくはなかった。
(いや、別にいいんだけど!)
その思考に再度首を横に振る。そんなに嫌がるようなことではない。
どうせゴキブリでもけしかければ毒の効果など吹っ飛ぶことは目に見えている。
なのに想像しただけで襲ってくるこの不快感はなんなのだろう。
(……避けている罪悪感だろうか)
そっちの問題も考えるだけで頭が痛くて、ミモザは沈痛な面持ちでその場にしゃがみこんだ。
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