85 レオンハルトの受難
レオンハルトは不機嫌だった。
「………次!」
場所は教会騎士団の練習場だ。たった今稽古という名目で吹き飛ばした騎士には目もくれず、レオンハルトは次の獲物を求めて目を光らす。
その様子に周囲にいた下っぱ騎士達はぶるぶると身を震わせた。
レオンハルトは近づき難い上司だ。しかし今日はいつにもまして近づきたくない。
(殺気がみなぎっている)
藍色の髪が心なし逆立ち、金色の瞳が据わっている気がする。その全身からは幽鬼のようにおどろおどろしいオーラが放たれていた。
先輩騎士がお前が行けと言わんばかりに後輩騎士の背中をぐいぐいと押す。それに押された後輩は蒼白な顔でぶんぶんと首を横に振った。
今行ったら殺される。
それがわかるから皆行きたくないのだ。
今、この場に居合わせてしまった騎士達の心は一つだった。
(ミモザ嬢がいれば良かったのに……っ!)
そうしたら押し付けて逃げられたのだ。
しかし悲しいかな、彼女はいない。
まさか上司の不機嫌の理由がそのミモザであるとはつゆ知らず、騎士達は悲しみの涙に暮れた。
「………ちっ」
小さく舌打ちをするとレオンハルトは持っていた木刀を投げ捨てるように籠へと戻した。
(根性なしめ……)
隅の方で身を縮こまらせて固まっている騎士達を睨む。彼らはびくり、と身を震わせると必死に目を逸らした。
(俺が何をしたと言うんだ……)
彼らのことじゃない。ミモザの話だ。
ステラの調査に向かうという話が出て以降、レオンハルトはミモザに避けられていた。
元々常に長い時間を一緒に過ごしているわけではない。しかし同じ屋敷に住んでいる関係上、それでもほぼ毎日一度は顔を合わせる機会があった。大概は軽く挨拶をしてすれ違うか時間が合えば一緒に食事を取るといった程度ではあるが、穏やかに会話をする関係性であったというのに。
そこでもう一度レオンハルトは舌打ちをした。
遠くの方で下っぱ騎士達がびくりと震えあがるのが目の端に映って地味に鬱陶しい。
(だというのに、だ)
ここ数日のミモザは明らかにレオンハルトを避け、たまに見かけて声をかけたり食事に誘うと「塔の攻略が……」、「お姉ちゃんの見張りが……」とそそくさと目も合わせずに気まずげに去って行く始末である。
せっかく少し前くらいから、空いた時間に二人で出かけることも増えていたというのに。
(たいした態度だな、ミモザ……)
ふふふ、とレオンハルトは笑う。口元はかろうじて笑っているが、その目は据わっていて1ミリも笑ってはいなかった。
「このままで許されると思うなよ」
可愛さ余って憎さ百倍とはこのことか、とレオンハルトは実感した。
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