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82 失態

 ステラは目の前で繰り広げられた光景に、しばしぽかんとした後、思わずといったように後退った。しかしふいにミモザが視界に入り、その足を止める。

 その瞳に怒りの色が宿る。

「ミモザ……っ!!」

「おっと」

 その視線を遮るようにレオンハルトはステラの前へと立ち塞がった。

「悪いが、君の相手は俺だ」

「れ、レオンハルト様?」

 ステラは一転してすがるような目でレオンハルトを見た。しかしそれを彼は冷たい目ではねつける。

「さすがに二度目ともなればもう見過ごすわけには行くまい。捕えさせてもらうよ。詳しい事情は取調べ室で聞こう」

「そんな、わたしは、わたしは!」

 信じられないものを見るような目で、苦しそうにステラは叫んだ。

「貴方のためにこうしているのに!!」

 それに嫌そうにレオンハルトは目をすがめる。

「よくわからないが、頼んでいないよ」

「…………っ!!」

 ステラの瞳がショックを受けたように収縮する。レオンハルトは呆れたようにそれを見下ろした。

 レーヴェを金色の剣へと変える。

「ステラ君、君はやり過ぎた」

 剣を構える。それは一部の隙もなくどこからでもすぐに攻撃を仕掛けられるような実用的な構えだった。

 けれどステラは動かない。ショックを受けたまま、まるで放心でもしているかのように呆けている。

 レオンハルトはそれを見て取り、静かに、けれど容赦なく剣を振るった。

 鋭い金属音が辺りに響き渡った。

「………アベル」

「兄貴、ごめん……」

 レオンハルトは不愉快そうに目を細めた。

 アベルがステラを庇って立ち、レオンハルトの剣を自らの剣で受け止めたからだ。

 彼は一瞬気まずそうに兄から目線を逸らす。けれどそれは本当に一瞬の出来事で、すぐに決意を持ってその金色の目を向けた。

 黄金の瞳が交差する。

「でも、譲れないんだ……っ」

 アベルはそう訴えるとレオンハルトの剣を弾くように払い除けた。当然レオンハルトはすぐにアベルを打ち据えようと弾かれた勢いを筋力で抑制し、振り下ろそうとしてーー、その目が驚きに見開かれる。

 アベルが炎の刃を放ったからだ。

 ミモザへと向かって。

「…………っ!」

 とっさにレオンハルトは剣の軌道を逸らし、ミモザを庇うようにその剣を振るった。

「ステラ! 逃げろ!」

 その隙をついてアベルは火柱を放つ。

「く……っ」

 炎がレオンハルトの視界を奪う。

 その炎が収まった後には、もう二人の姿はどこにもなかった。

「………っ」

 レオンハルトは悔しげに顔を歪める。すぐに追おうとして、そこに移動魔法陣があるのを見て諦めたように力を抜いた。

 他者の移動魔法陣は使えないのだ。

「……すまない、俺の判断ミスだ」

 彼はそのまま誰ともなしに謝罪を口にする。

 確かにあの程度の攻撃ならミモザは防げたし避けられただろう。レオンハルトらしくもないミスだ。

 しかし、

「いいえ」

 ミモザは首を横に振った。

「助かりました。ありがとうございます」

 ミモザを庇ってくれた。その気持ちが嬉しかった。

 けれど彼は、らしくない失態に納得がいかないらしい。普段完璧な人なだけに自身のミスが許せないのだろう。

「しかし、彼女は君の……」

「レオン様」

 ミモザは苦笑する。

(面倒臭い人だ)

 ミモザの失態は許すのに、自分のミスは許せないだなんて。

「覚えておられますか。僕が貴方に弟子入りをお願いした時のことを」

「………?」

 なんの話かわからないという表情のレオンハルトにミモザは笑いかける。

「貴方は『なぜ』とお聞きになりました。そして僕はこう言った」

 あの時と同じセリフを、あの時とは違う気持ちでミモザは言った。

「あなたを、助けたいからです」

「………!」

 レオンハルトが息を呑む。

 あの時、ミモザは色々なことを誤魔化すためにこの言葉を言った。その時も嘘ではなかった。けれど本気でもなかった。

 今は、本気だ。

 ミモザはレオンハルトを助けたい。死なせたくない。狂化に飲み込まれて欲しくない。

 いつのまにか聖騎士になって姉を見返すことと同じくらい、その気持ちも大きくなってしまっていたことにミモザは気づいてしまった。

「だから、いいんです」

 ミモザは言う。

「失敗してもいいんです、僕がお助けしますから」

 レオンハルトはしばしミモザを見つめると、気まずそうに頭を掻いた。

 そしてしばらく何かを悩むように考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。

「あー…、俺は今日は、この後もう仕事がなくてな」

「はい?」

 思わず首を傾げる。

 レオンハルトは眉間に皺を寄せて、顔を逸らすとミモザに手を差し出した。

 ミモザはそれをきょとんと見つめる。

「観光にでも行くか、王都の」

「え」

「まだあまりしてないんだろう。まぁ、俺もあまり詳しくはないが……」

 何年も王都に住んでいるはずのレオンハルトは言う。あまりにらしい言葉にミモザはふっと微笑んだ。

 そしてレオンハルトの手を取る。握った手のひらは剣ダコがいくつもある、無骨な武人の手だった。

「ガイドブックを買いましょう」

 そこでやっとレオンハルトはミモザのことを見た。

 照れくさそうに、けれど目を合わせて笑う。

「ああ」

「まずはランチでも」

「ああ、そうだな、それぐらいなら俺でも案内できそうだ」

 そう言って二人は手をしっかりと繋いだ。そのまま歩き出そうとして、状況を思い出して少し周りを見回す。

 マシューは羞恥心に頭を抱え、ジーンは気絶している。それぞれジェーンとフレイヤに介抱されていた。

 ガブリエルは伝書鳩を飛ばしている。おそらくオルタンシアに報告を飛ばしたのだろう。

 今のところ、みんな忙しそうでこちらは見ていない。

「内緒で抜け出しちゃいましょう」

 ミモザはしー、と人差し指を口にあてた。

「………後で咎められたら、二人を追跡していたとでも言うか」

 レオンハルトは苦笑すると、ミモザの手を引いて歩き出した。

 歩くのに合わせてワンピースが風で翻る。

 この手を離したくないなぁ、とミモザは思った。

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