28.道中
甲高い鳴き声がする。この数日間で嫌なことに聞き慣れてしまった声だ。
ちょっと湿っていてわずかな灯りに照らされてぬらぬらと光る緑の肢体。ゆらゆらと揺れる紫のまだら模様の花弁、うねうねとうねる赤い葉っぱ、そして高速で回転する根っこ。
そう、アルベルトくんである。
『彼ら』はその葉っぱから甲高い振動音を響かせながら、今日も今日とて勤勉に走り回っていた。
「こんなところにもアルベルトくんがいますね」
扉の向こうはなだらかに上昇する坂道になっていた。崩れてこないようにきちんと整備された石畳と石で舗装された壁と天井には点々と魔導石による灯りがともっており、洞窟内をうっすらと照らしてくれている。
そこを縦横無尽に駆け巡るアルベルトくん達は、一体どこから来てどこに消えていくのか。果てしなく疑問だが、息苦しさなどを感じない時点でおそらくこの洞窟内には抜け道や隙間があるのだろう。
「アルベルトくんはこの第三の塔の主だからな」
ミモザの感想にしたり顔でそう答えたのはバーナードだ。
「『主』?」
「そうだ。彼らはナワバリを主張するかのごとく、周囲にその体から分泌される粘液を振り撒いて歩いている」
「…………」
ミモザはアルベルトくんを見た。目が合った、と思しきその個体は、奇声を上げながら地面に落ちている拳大ほどの大きさの石にその体を擦り付けていた。
そしてある程度その石が粘液で湿ると満足したように走り去って行ってしまう。
「……嫌なルーティーンですね」
なんというか、陰湿である。
よく見ると周囲にある少し大きめの石などの出っ張った部分は、もれなくみんな湿っていた。
その姿を一緒に見送っていたバーナードが淡々と続ける。
「彼らの体液はアルカリ性だ」
「はぁ……」
謎の豆知識である。
「調べてみたが、あの体液はポーションの組成に若干似ている。あくまで若干であり、アルカリ性なことからもわかると思うが、まとまった量を飲むと体を害する。しかし現状、ポーションからしか検出されていないレイフと呼ばれる成分に極めて類似した成分が含まれていることは事実だ」
「……つまり?」
「つまり」
ミモザの問いかけに彼は真面目な表情を向けた。
フードの下の瞳が静かに知性を宿して輝く。
「彼らの体液からうまく抽出すれば、ポーションにもなるような有効成分を集めることができる」
ミモザはちょっと考えた。
「……ポーションから抽出すればいいのでは?」
その質問を彼は鼻で笑う。
「良質なポーションを作成するための薬草の数は限られている。特にレイフを含んだものとなると最高級だ」
「マジですか」
「第三の塔に生える薬草を使用せねば作成できない」
「……え」
「彼らもまた、第三の塔に生息する薬草の一種だということだ」
目を見張るミモザから視線を外し、興味を失ったようにバーナードは再び歩き出した。
「それって……うおっと!!」
その背中を慌てて追おうとして、不意に飛び出してきたアルベルトくんにミモザはつまづく。
「……っ、とととっ!」
「何やってるんですか、もう」
なんとかアルベルトくんを踏まずに踏みとどまったものの、そのまま後方によろけたミモザのことを呆れながらもジーンは受け止めた。
それにミモザはへらりと笑いかける。
「いやー、助かりました」
「気をつけてくださいよ。何があるかわからないんですから」
じっとりとした非難の視線を受けながらもミモザは体勢を整えた。しかしその拍子にひらりと一枚の紙が懐からこぼれ落ちる。
「おっとと」
「落としましたよ、ほら」
慌てて手を伸ばすが、その前に白い手がその紙を掴む。ジーンだ。
「ありがとうございます」
「本当にしっかりしてくださいよ」
そう言いつつ、彼は拾ったそれを意外そうに眺めた。
「手紙ですか?」
「あー……」
すっかり忘れていた。
レオンハルトからの手紙である。
中を見よう見ようと思いつつ、心理的な抵抗感により後回しにしていた代物である。
(一体何が書いてあるやら……)
鬼が出るか蛇が出るか、それをミモザはジーンから受け取った。
「レオン様から、ちょっと……」
「え、それ未開封に見えるんですけど」
「未開封です」
ミモザの返答に彼は顔をしかめた。
「さっさと開けて返信してくださいよ、後が怖いんですから」
「怖いんですか?」
「怖いでしょう!」
「はぁ……」
何故当事者ではない彼の方がミモザよりも怖がっているのだろう、と思いつつ、言われたことはがもっとものため、ミモザはその封筒をぺらりと開く。怖いと言っていたわりには興味津々の様子でジーンはその中身を覗き込んできた。
しかしその中身を見て、二人は同じ表情を浮かべる。
すなわち、奇妙なものを見た、という顔だ。
「葉っぱ?」
「……ですね」
それはみまごうことなき葉っぱであった。
それなりに綺麗な、しかし時間が経って少し萎れた葉っぱが数枚入っている。
封筒を逆さにして振ってみたが、それ以外は何も入っていない。
「……たぬきにでも化かされたかな?」
まさかお金のつもりで葉っぱの札束を入れたわけでもあるまいが。
ジーンは難しい顔をして考え込むと、至極真剣な様子で口を開いた。
「メンタルきてるんじゃないですか?」
「メンタル……」
「あなたが放置なんてするから」
「え、僕今責められてます?」
おかしい。確かにミモザにも悪いところはあるが、今回のことの発端はレオンハルトの失態であるはずなのに。
「聖騎士レオンハルトからか?」
二人がわちゃわちゃと揉めていると、興味を惹かれたのか気づくとバーナードも手元を覗き込んできていた。
彼は手元にある葉っぱを見て少し首をひねると、ミモザの顔を見る。
「そういえば一緒にいないな? なぜだ?」
「うーん……」
説明しづらい。
喧嘩中です、とでも簡単に言えばいいのだろうが、一応保護研究会という対立する組織にいる人間に身内のゴタゴタを話して良いものだろうか。
さて、どうしたものか、と思っていると、バーナードは両手を腰に当ててふん、と鼻を鳴らした。
「残念だな。いればゴキブリに怯える姿が見られたかも知れんというのに」
「ゴキブリ?」
「そうだ」
彼はえへん、と胸を張って言う。
「巨大ゴキブリだ。さぞかし嫌がってくれることだろう! 用意するのは大変だったんだぞ!!」
「用意してるのアンタだったのかよ!」
これまでの試練の塔に出現した例の巨大生物は、なんとバーナードの仕業だったらしい。
もとよりステラや保護研究会の関与を疑ってはいたが、さらっと自白してくれるものだ。
「なんで毎回ゴキブリなんですか?」
「そりゃあもちろん! 聖騎士レオンハルトへの嫌がらせだ!! あいつとお前のせいで俺は牢屋に入るハメになったんだからな!!」
「おっと」
やぶ蛇である。今バーナードと揉めるのは面倒だ。とはいえ好奇心は抑えられない。
「どうやってあんな巨大なの用意したんです?」
「ゴキブリ型の野良精霊を捕まえてな! それを……」
そこまで言って、彼は我に帰ったようにはっ、と口元を手で覆った。そしてミモザのことを睨む。
「企業秘密だ!!」
「企業……」
「俺に誘導して情報を吐かせようなどと! やっぱり超能力者はやることが違うな!!」
いや、あなたが勝手に全部ぺろぺろ喋っただけでしょう、などとは言っても詮無いことだ。
(致し方がない)
ミモザはふー、と息をつくと軽く肩を回してアップを始めた。
ミモザはこう見えても親切な方なのである。
期待には応えてあげなくてはなるまい。
彼女はえへん、と大きく胸を張ってみせる。
「すごいでしょう! これこそが僕の真の実力! 隠された第三の力!!」
「くっ! なんてやつだ!!」
「思う存分に恐れおののくがいい! 僕も自分の才能が怖い!!」
「ふざけるんだったら歩きながらにしてくださいねー。さっさと先に進みますよー」
「ちちー」
そんな二人を横目にジーンはすたすたと歩みを再開した。チロもミモザの肩から降りるとそんな彼の肩へと飛び乗る。
「ノリが悪いな……」
とはいえいつまでも立ち止まっている時間がないのも確かである。
ミモザは手元の葉っぱを封筒の中へと戻して懐へとしまい直した。
「『ふざける』とはなんの話だ?」
バーナードも首をかしげながらも、そんなジーンにつられて歩みを再開した。




