20. 取り引き
「お待たせして申し訳ありませんでした」
にこにこと微笑んでミモザはバーナードの元へと戻った。
「まったくだ!」
軽く憤慨しつつも律儀に待ってくれているバーナードである。
彼はイライラと腕組みをして足を踏み鳴らしていたのを止めた。
「それで、この俺を手伝うという話だったが」
「ええ、先ほどもお話しした通り、僕は……」
「断る」
「え?」
驚くミモザに彼ははっきりと断言する。
「お前は『嫌な奴』だろう。だから嫌だ。断る!」
「…………」
ミモザは笑顔を崩さぬまま、ちっ、と心の中で舌打ちをした。
(考える時間を与えすぎたか)
思ったより乗ってこない。
こういうことはやはり、考える時間を与えず畳み掛けるに限るのだ。
しかしまだ諦めるのは早い。
「古来よりーー」
ミモザは瞳を閉じると神妙な表情を作った。そして人差し指を立てるとその手をぴっ、と天高く掲げてみせる。
「『三人寄れば文殊の知恵』という言葉があります。これは一人ではなし得ないことも三人の知恵があれば乗り越えられるという意味です。今、あなたは壁に突き当たっている……。それを解消するためには他者の意見の介在が必要なのです。そうーー」
手のひらをゆっくりと胸に当ててみせる。ハニーブロンドの髪が小首を傾げるのに合わせてかすかに揺れた。海の底のような青い瞳は敬虔な光を宿して彼のことを見つめる。
「僕たちの存在が!」
気分は信者を勧誘する宗教家である。
ミモザはばっ、と両手を広げてみせた。
(今の僕は教祖!!)
この広げた両手は相手の悩みをすべて受け入れるというサインだ。
「さぁ! 僕に身を委ねて……っ!!」
勢いで飛び散った汗すらもキラキラと輝かしい。
バーナードは言った。
「嫌だ」
「え」
「嫌だ」
「…………」
(おかしいな……)
勢いで押し切れない。
「僕たちの間には誤解があるようです」
「そうか?」
「ええ、その誤解を解く時間をください」
「必要ない」
にべもない。彼は曇りなきまなこで告げる。
「俺は天才だからお前たちの意見など必要ない」
彼は宗教にハマるには自尊心が高すぎたようだ。
ミモザは広げていた両手を下ろす。
(どうしよっかな!)
ジーンのことを横目で見た。
彼は呆れた目をしてミモザのことを見ていた。
「じゃあ俺はもう行くからな!」
そう言うと彼はアルベルトくん像を小脇に抱えたまま身を翻した。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
ミモザは脳みそをフル回転させる。しかしそれはいつものごとく空転し、ろくな案は思いつかなかった。
(え、えーと……)
特に意味もなく懐を漁る。ふとその手に何かが引っかかり、ミモザはそれを取り出して掲げた。
「このクッキーをあげますから!!」
それは小腹が空いた時のために持ってきたクッキーだった。
「…………」
バーナードは無言だ。
「もうダメだ……」
ジーンは絶望したようにつぶやいた。
「……何味だ?」
しかしバーナードはぴたりと立ち止まると振り返らないままそう尋ねてきた。
「え、」
「ええ!?」
「なんだ、言えないのか? ならもう俺はこれで……」
「プレーンとチョコクッキーです!!」
彼の肩がぴくりと揺れる。しかし振り返るところまでは至らないようだ。
ミモザは水筒も掲げてみせた。
「今ならミルクティー付き!!」
「……いいだろう。協力してやる」
バーナードはくるりと振り返るとスタスタとミモザの元へと歩み寄ってきた。
「クッキーとミルクティーで釣れるのか……」
ジーンはやや引き気味だ。
しかしバーナードは我関せずといった様子で掲げられていたクッキーと水筒をふんだくると、そのままぼりぼりとクッキーを食べ始め、
「ついてこい」
食べながら背を向けて歩き出した。
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