87.エピローグ①レオンハルトとガブリエル
オルタンシア教皇からの文書を携えてガブリエルは鼻歌交じりにその屋敷の門をくぐった。
レオンハルト邸である。
仕事でも仕事でなくても屋敷をそこそこの頻度で訪れるガブリエルは、もはや顔パスで入場可能である。屋敷の主がガブリエルの侵入を無言で許容しているため勤めている使用人達も何も言わないのだ。ちなみに当初は案内をかって出ていてくれたが、ガブリエルが毎回断るためもはや彼らはガブリエルが来ると無言で門を解錠するのみである。
そこそこの広さの庭を歩き、立派な扉を行儀悪く足を使って蹴り開けながらガブリエルはリビングを目指した。
いままではレオンハルトの書斎に直行していたが、聖騎士がミモザになって以降はリビングに行くことが多い。そこにミモザがいる可能性が高いというのと、ついでにレオンハルトも結婚以降はリビングで一緒にいることが多いというのが理由である。
「よぉ、お嬢ちゃん! ガブリエル様が直々にお手紙を届けに来てやったぜ!」
高らかに宣言しながらリビングへと続くドアを開けたガブリエルだったが、そこに広がっている光景を見て思わずその動きを止めた。
少しの間状況を把握できず瞠目し、しかし徐々にその口元に笑みが広がる。そしてついには腹を抱えて大笑いした。
「おまっ! おまえっ! やらかしたなぁっ!」
やっとそう口を開けたのはひとしきり笑い終えてからだった。
その部屋ではレオンハルトが一人でソファにだらしなく腰掛け本を読んでいた。
それはいい。そんなのはいつものことだ。
問題はその格好である。
彼は白いシンプルなTシャツを着ていた。そしてそこにはでかでかとまるで筆で書いたような書体で
『私は恋の妙薬にひっかかって妻を蔑ろにしました。』
と書かれていた。
ついでに首からは『反省』と書かれた木の札を下げている。
その表情はどこまでも平然としており、何事もないかのように本を読んでいるが、それすらもが滑稽である。
ガブリエルは「いひひ」と笑いを引きずりながら「お嬢ちゃんの怒りも相当だな」と年若いかつての同僚に声をかけた。
「報告書で知ってはいたけどな。もう事件が解決して一週間だろ? ずっとそれ着てるのか?」
「同じシャツが五枚ある」
その質問にうろんげに本から顔をあげてレオンハルトはそう簡潔に告げた。つまりその五枚を洗濯しながら毎日着回しているわけである。目の前のこの男は。
「まぁ仕方がねぇなぁ。せいぜい罪を償えよ。そんで? お嬢ちゃんはどうした?」
きょろきょろと周囲を見渡したがこのようなシャツをレオンハルトに着せられる唯一の人物は見当たらなかった。出張するとの話は聞いていないためそう遠くにはいないはずだが、もしかしたら出かけているのか、と頭を掻いたところで、
「実家だ」
目の前の男の発した言葉にガブリエルは目を剥いた。
「『実家』っておまえ……」
唖然として思わず指を差す。
「もしかして、あまりの怒りに実家に逃げられ……」
「ただの帰省だ。勘ぐるな」
そこで初めてレオンハルトはいらだったように眉間に皺を刻んだ。
「故郷に一人でいる母のことを気遣って定期的に様子を見に行っているだけだ。いつものことで断じて今回の件は関係はない」
その多少強い語気にレオンハルト自身多少『勘ぐっている』ことがうかがえてガブリエルは眉を下げた。
「まぁ落ち着けよ。こういう時にどうしたらいいかを俺が教えてやろう」
そう言ってそそそ、とレオンハルトの隣に腰を下ろし、肩を組みながらガブリエルは囁いた。
「『土下座』って知ってるか?」
レオンハルトの金色の瞳がゆっくりとガブリエルのことを見つめる。それにしっかりと目線を合わせながら、ガブリエルは力づけるようにひとつうなずいてみせた。
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