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86.エイドとコリンナ

「いやぁ、どうしましょうね、この惨状」

 割れた窓を背にして立ち、ホールを振り返ってミモザはしみじみとつぶやいた。

 壁際に悲鳴を上げながら避難している招待客達、割れた窓からは吹き込む風、そしてミモザがばらまいた昆虫達の徘徊。

 中には昆虫の存在により失神してしまった方もいるようだ。

(無理もない……)

 なにせ招待客達のほとんどは『やんごとない身分』の紳士淑女達である。虫に接する機会などとても少ないことだろう。

「まずは虫の回収だな」

 真っ青な顔をしながらもレオンハルトは気丈に近くに居た使用人達へと指示を出す。それを受けて呆然としていた彼らは慌てて箒やちりとりを取りに行ったり四方八方へ移動していく虫を素手で捕まえようとしたりと慌ただしく動き始めた。

 そのせわしない一団に加わらずに青ざめた顔をして立ち尽くす集団にミモザは目をとめた。

 先ほどまでキャロラインに味方をしてエイドのことを責めていた古株らしき使用人達だ。

 ミモザはひょいと床でうごめいていたヤスデを手に取ると、「皆さんどうでしょう?」と彼らに声をかけた。

「今もまだキャロラインとカールが正しいと思っていらっしゃいますか? エイド様が間違っていると?」

「……っ」

「あ、当たり前だ!」

 顔をうつむかせたり引きつらせる彼らの中の一人がそう強気に声を上げた。彼の瞳にはまだミモザに対する敵意がはっきりと宿っている。見ると集団の中にはばつが悪そうにしている人物と声を上げた人物に同意するようにこちらをにらみつける人物が混在している。

 ミモザはそれを見て取ると、ヤスデを掴んだ手を天高く掲げてみせた。

「魔法少女ミモザちゃんの洗脳を解くためのおまじない! えいっ」

 ぺそり、と間抜けな音を立ててヤスデを持った手が彼の顔面へと貼り付けられる。

「おぶっ!」

 そして突然のことにうめく彼の顔面に、そのままごりごりとヤスデの腹をすりつけた。

「ややっ、やめろぉ……っ!!」

 情けない声を上げて彼は尻餅を付くことでその手から逃れると後ずさった。と、同時にはっ、と我に返ったように目を見開く。

「わ、私はなんてことを……っ!? エイド様に向かって……っ」

「目が覚めたみたいですね」

 ミモザは一つうなずくと再び他の男性陣へと視線を戻した。彼らはのけぞるように一歩後ずさる。

「他の方はいかがですか?」

 ヤスデを手にずいっ、とミモザは一歩距離を詰める。

「……っ、だ、大丈夫だ!」

 ちょうど正面にいた男性が代表してそう叫ぶ。

「自分たちがおかしかったことは自覚した!! その虫はもう必要ないっ!!」

「本当ですか? 念のため一人一人全員に正気に戻るためのおまじないを……」

「必要ない……っ!!」

「…………」

 ミモザはじぃっと彼らのことを観察した。彼らも負けずとミモザのことを見つめ返す。

 構図としては野生動物に襲われた人間が背中を見せて逃げることも、かといって目をそらすこともできず立ち尽くしている姿に似ている。

「ミモザ、たぶん彼らはもう大丈夫だ」

 その緊張を破ったのはレオンハルトだった。彼は自らの妻の肩に手を置くと小さく首を横に振った。

「それ以上追い詰めてやるな」

 そう告げる金色の瞳は強い同情の光をたたえている。

「……まぁ、後は病院に任せますか」

 どうせ彼らは検査のために一度病院に連れて行かれる手はずになっているのだ。

 ミモザがヤスデを持った手を下げると同時に屋敷の周囲で待機していた騎士達がぞろぞろと中へ入ってきた。

「ミモザ様、レオンハルト様、大変申し訳ありませんが、周囲には移動魔法陣、およびカールとキャサリンと名乗る両名の姿は発見できませんでした」

「お疲れ様です」

 実は庭先にも潜んでいた彼らはカール達が移動魔法陣で姿を消すのを見ていたのだろう。こちらが声をかけずとも周囲を探索してくれていたようだ。しかし悪名高き『保護研究会』なだけあり、その移動魔法陣の移動距離はそれなりに長かったようだ。少なくともミモザの銅の祝福のように数メートルしか移動できないというものではなかったらしい。

「見つけられなかったものは仕方がありませんね。上に報告して指名手配と検問を急ぎましょう」

「はっ、すぐに検問の手配をいたします」

 まぁどうせ無駄だろうけど、という言葉はわざわざ口には出さない。

 保護研究会相手に検問が通用するならもうとっくの昔に彼らは捕まっているのだ。

 しかしわかっていてもやらなければならないのも事実である。

(報告書の作成が面倒だなぁ……)

 特に教皇への報告が面倒くさい。保護研究会の五角形を逃がしたということでおそらく嫌みを言われることだろう。

 うんざりとしつつ周囲を見渡すと、エイドの姿が目に留まった。彼は真剣な表情をしてコリンナのことを見ている。

 本物の孫との対面だ。思うところがあるのだろうその視線に、コリンナは居心地が悪そうに身じろぎした。

「な、なんだよ……」

「……なぜ絵画を盗んだ?」

「……っ、あれはあたしのお母さんの絵だ! 返してもらったっていいだろ!!」

 きっ、と強くエイドのことを睨んだ後、彼女は静かにその目を伏せた。

「……絵なんて、そんな金のかかるものあたしは一枚も持ってないんだ」

「……」

 エイドは一度ゆっくりと目を閉じた。そして小さく鼻から息を吐き出すと再び目を開く。

「いい年をして泥棒など情けない……。これがわたしの孫か」

「うるせぇ! 偏屈じじぃ! 元はと言えばおまえがっ!!」

「そう、わたしのせいだ」

 かみつくコリンナの言葉に彼は静かに首肯した。その素直さにコリンナは続ける言葉を見失う。

 そんな孫の様子をその茶色の瞳で彼は見つめた。

「わたしの至らなさがすべての原因だ。……どうしようもないじじぃの孫が泥棒か。なぁ、コリンナ」

「……なんだよ」

 鼻白んだように応じる孫娘に彼はわずかに笑いかけた。

「こんなろくでもない祖父だが、跡を継ぐ気はないか?」

「……っ」

 コリンナは一度後ろに立つローズのことを振り返った。彼女はコリンナの決断を促すようにうなずいてみせる。

 再びエイドの方を見たコリンナの瞳には決意が宿っていた。

「一緒には暮らさない」

「……そうか」

「跡を継ぐかどうかはあんたの態度とあたしにその能力があるかどうかで決める」

「……それは」

 驚きに目を見開くエイドに彼女は鼻を鳴らした。

「見極めてやるよ。あんたがあたしの祖父にふさわしいのかどうか。気に食わなかったらすぐに縁を切ってやる」

「……っ」

 エイドは静かにうつむいた。前髪でその目元が隠される。

「なんだよ! なんとか言えよ!!」

「ああ、そうだな。そうしてくれ……」

 腹立たしげに怒鳴るコリンナに返す彼の言葉は、顔は見えなくとも涙で湿っていた。

 彼はうつむいたまま顔を上げない。上げられないのだろう。

「これからよろしく頼む、コリンナ。わたしはもう、……間違えまい」

「知らねぇよ、勝手にしろ!」

 彼女は腕を組んでそっぽを向いた。それにローズは苦笑しつつその肩をなだめるように撫でた。

こちらの第二章はエピローグ的なエピソードがあともう少し続いた後に第三章に入る予定です。


また、他作の宣伝になりますが、連載版「あなたの知らないわたし」完結しました。

ご興味がありましたらぜひご覧になってください。よろしくお願いいたします。


おもしろいなと思っていただけたらブックマーク、⭐︎での評価などをしていだだけると励みになります。

よろしくお願いします。

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