85.保護研究会
「まずはおめでとう。君の説明にはまるで証拠がないが、それでも推測だけでそこにたどり着いたことには賞賛に値する」
「……言い逃れはしないのですね」
彼の言うとおり決定的な証拠は存在しない。彼が違うと言い張ればエイドの孫の座に収まることは難しくとも、詐欺師とまでは言い切れなかっただろう。
非常に疑わしいが罰するには微妙な立場となったはずだ。
しかし彼はミモザの言葉を馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「本物の孫が見つかった以上、身分を偽り続けても意味がない。レオンハルトの洗脳も解けてしまったようだし、この場で粘るだけ労力の無駄さ」
そう言うと彼は『立ち上がった』。
ぎょっとしてミモザは身構える。その目の前で彼は悠々と縛られていた縄を解いて片手で捨ててみせた。
「拘束された振りもなかなか楽しかったよ」
その発言と同時にその場に炎が走った。その鋭い炎は彼の腹を貫くーー、直前に「おっと」と軽い声と共に彼は背後へと飛び退いてそれを交わした。
いつの間にかレーヴェを黄金の剣へと変えていたレオンハルトが険しい顔でその切っ先をカールへと向けている。それにカールは唇を歪めて笑った。
「怖い怖い。危うく当たるところだったよ」
「戯れ言を……」
不愉快そうにレオンハルトは吐き捨てる。
確かに『戯れ言』だ。彼はあのレオンハルトの斬撃を無駄のない動作で避けてみせたのだから。
ふざけた態度をとってはいるが、彼が実力者なのは間違いないだろう。
「ほら、おまえもいつまでも寝そべってないで」
「お、お兄様ぁ~」
カールは床に寝そべっていたキャロラインに仕方がないとでも言うように声をかける。
それと同時に彼の側で同じように拘束されていた守護精霊、真っ白な狐のシックスが一声鳴いてその姿を細身なハサミへと変えた。
彼がその真っ白いハサミを動かすと瞬時に風が巻き起こりキャロラインを拘束していた縄が解ける。
キャロラインはいそいそと起き上がると自身よりも身長の低い『兄』の後ろへと隠れるようにして立った。カールはのんびりと懐からある物を取り出してうやうやしく礼をしてみせた。
それは黒い五角形の金属板だった。左の角に金色の印がついている。
「親愛なる聖騎士ミモザ殿。あらためて自己紹介を。俺はカール。カール・レリス。そしてこちらは妹のキャロライン・レリス。お察しの通り、保護研究会の五角形がうちの一角だよ」
「妹……」
ミモザは思わずつぶやく。
二人の姿を見ると明らかに関係性は逆に見える。ミモザと同い年程度に見える少年のカールにメリハリボディを持つ美女のキャロライン。
「……ちなみにお二人のご年齢は?」
主にキャロラインのその豊かな胸元を見ながらミモザは思わず尋ねた。それにレオンハルトとチロは呆れた視線を向け、カールは愉快そうに吹き出す。
「大丈夫だよ。キャロラインのほうが君より年上だ。俺が二十三歳でキャロラインは二十二歳だ。……君の胸もそのうち大きくなるよ」
「……」
『大きなお世話だ』とは心情的に言い返しきれないミモザである。
二十二ということは、ミモザよりも六歳年上ということである。
つまり後六年。
(いけるか……?)
自分の胸元をぺたん、と触って問いかける。しかし当然だが返事はなにも返ってこない。
「チチィッ!!」
しびれを切らしたチロが『いい加減にしろ!』と怒鳴ってその身をメイスへと変えた。
「わわっ」
ミモザはそれを慌てて手に取る。
「来るぞ」
いつの間にか隣に移動していたレオンハルトが剣を構えながらミモザにそう促した。ーーと、同時に足下に魔法陣が展開された。
「……っ! これは!」
「全員あたしの虜になりなさい!!」
その魔法陣はキャロラインから伸びていた。一体いつの間にこんなものを仕込んでいたのか。いや、このホールで謎解きをすると決めた時から、彼女達はいざという時の緊急用として用意していたのかも知れない。
ゲームの中ではそれを使用する機会がなかったというだけで。
レオンハルトがその魔法陣を破壊しようと剣をふるうよりも先に魔法陣が光りを発した。
「……くっ!!」
それに彼は目を細めてうめく。そしてミモザはーー、
「よいしょ」
念のためにすぐ側に布を被せて置いていた箱を取り出してその中身をばらまいた。
なにも『いざという時』の手段を用意していたのは彼らだけではないのだ。
そして阿鼻叫喚が巻き起こる。
「なっ! なんなのよ!! それは……っ!!」
その『箱からばらまかれた物』を見ていの一番に悲鳴を上げたのはキャロラインだった。彼女はその顔色を真っ青に染めて顔を引きつらせている。
その周囲のホールに集まっていた人々も悲鳴を上げてその『箱の中身』から逃げるように部屋の隅へと後ずさっている。
「いやぁ、これはしてやられたな」
その光景を見てカールはくつくつと笑った。
ミモザはちらりとレオンハルトの顔色を見る。彼も青ざめた顔をして口元に手を当てていた。
その様子からして、『恋の妙薬』にかかっている様子はない。
「ゴキブリは一匹しかいませんよ、念のため」
「一匹はいるのか!?」
ぎょっとしたように叫びつつもその足が動かないのは動けないのか、それともカール達兄妹と対峙しなくてはならないという元騎士としての意識なのかは謎である。
ミモザは自身がばらまいた物を見た。
それは虫だった。
ヤスデやダンゴムシ、テントウムシなど、急遽ミモザが前日の夜から木の幹に砂糖水をぶっかけて見たり木の葉をひっくり返したりして朝方に回収してきた野生の昆虫達だ。
残念ながらゴキブリは一匹しか回収できなかったが、それなりにまとまった数の虫達はそこそこの効果を発揮したようだ。
(まぁ、これだけ集まれば……)
虫が平気な人間が見ても不気味だろう。
人は足がたくさんある生き物が苦手な人間と足のない生き物が苦手な人間に別れるという話を聞きかじったことがある。そのため一応蛇も集めようかと思ったのだが、すぐに調達することができなかったため今回は芋虫や幼虫などで代用している。足がたくさんある生き物要員はムカデそっくりの見た目のヤスデでまかなった。
ちなみにミモザはどちらもわりと平気だが、毛虫やムカデなど毒がありそうな生き物は普通に触りたくない。
「……お?」
ミモザの視線の先で、一匹のヤスデがうぞうぞと動き周りキャロラインのほうへと素早く接近した。
「きゃああああああっ!!」
彼女は悲鳴を上げて飛び退く。そのヤスデが彼女の足下に到達する寸前でその身体は風にすくい上げられ、見るも無惨に八つ裂きにされた。その光景を前にしても彼女の興奮は収まらない。
「もういや!! エオの奴なんかに協力するんじゃなかった!! こんな奴をわざわざ招くなんてっ!!」
『こんな奴』と言いながらミモザのことを指さしてキャロラインはわめく。
「やれやれ……」
ハサミの切っ先を少し動かすだけで昆虫を八つ裂きにして見せたカールは、そのふがいない妹の様子に嘆息する。
「どうやらこの場は分が悪い。一度仕切り直すとしようか」
「そんなことを許すとでも?」
ミモザはメイスの棘をカールへと向ける。
「許してもらわなくても大丈夫だよ」
それにカールは余裕の表情で応じた。
「勝手に撤退させてもらうからね」
その言葉と同時に彼はハサミをホールの窓へと向けた。人一人余裕で通れるほど巨大な窓ガラスへと風の刃が飛び、激しい音とともに雪崩のようにガラスを割り崩す。
そのまま彼は自身よりも身長の高い妹のことをひょいと肩に担ぐとその割れた窓へと素早く駆けた。
「待て!!」
ミモザは叫びメイスの棘を伸ばす。しかしそれはあともう少しで彼の喉元を捕らえる、という寸前で届かず、彼はそのすみれ色の瞳を細めてにやりと笑った。
「おしい。では皆さん、ごきげんよう」
そのふざけた挨拶と共に彼は窓の向こうへと飛び込む。
慌ててミモザが駆け寄った時にはもうすでに彼らの姿はどこにもなかった。
「移動魔法陣か……」
なんとかよろよろと駆けつけたレオンハルトが庭に広がる魔法陣を見てつぶやく。その顔色はまだ青白い。
「……事前に仕込んであるのだろうが、一瞬で魔法陣を展開されるというのは厄介だな」
「そうですね」
その彼のぼやきにミモザもうなずいた。
さすがはマッドサイエンティストの集まり『保護研究会』とでも言うべきだろう。一体どのような効果のある魔法陣を彼らは所有しているのだろうか?
それを考えるだけでミモザの頭は重たくなった。
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