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82.真打ち登場!

「ーーさて、」

 こつり、と音を立ててミモザはホールへと足を踏み出した。

「まずは自己紹介を。僕の名前はミモザ。一応この国の聖騎士を務めさせていただいています」

 彼女は淡々とその人形のように整った顔を崩すことなく言葉を発する。

「状況がわからない方が大多数でしょう。簡潔に伝えさせていただきます。今レオン様が拘束されたキャロラインおよびカールの両名は詐欺師です」

「どういうことだ」

 険しい顔で困惑したようにエイドが尋ねてくる。それに視線を向けて「今言った通りですよ」とミモザは告げた。

「カールはあなたの孫などではないし、キャロラインは……、果たしてこの方が本物の『名探偵キャロライン』かはわかりませんが、少なくとも今回に限っては明らかにあなたを貶めることに加担したようです」

「失礼な! 本物よ!!」

 その時、女性の声が上がった。キャロラインだ。

 彼女は怒りの表情で縛られたままなんとか顔を上げると、すぐに哀れみを誘うような表情にその美しい顔を切り替える。

「レオンハルト様……っ!!」

 そしてレオンハルトのことをすがるように呼んだ。

「どうしてこのようなことを! まさかその小娘が言うことを信じられたわけではないわよね!?」

「ああ、信じている」

 しかしそれに彼は視線も向けずに応じた。足下に転がした二人組が不審な動きをしたらすぐに反応できるようにその近くに立ってはいるものの、ここ最近あれだけ懇意にしていたキャロラインにもはや関心を向ける様子はない。

 呼ばれて仕方なくと言ったように向けた視線も、とても冷め切っていて凍えそうなものだった。

「夫が妻の言うことを信じるのは当然のことだろう? 君の『恋の妙薬』はもはや解けているよ」

 その言葉にキャロラインは息を呑む。そして小さく舌打ちをした。

「……一体、いつの間に!」

「あなたの魔方陣が本物の『恋の妙薬』と同じ仕組みのもので助かりましたよ」

 その問いかけに応じたのはミモザだった。

 そう、レオンハルトは『恋の妙薬』にかかっていた。しかしその手法は『経口摂取』ではなく、『魔法陣による拡散』だったのだ。

『恋の妙薬』は絶大な威力を発揮する洗脳方法だが、唯一の難点はその『経口摂取』であるという点だ。当たり前だが初対面の人間に任意の物を食べさせるというのはなかなか難しい。

 おそらく『経口摂取』であれば警戒心の強いレオンハルトも決して口にはしなかっただろう。

 しかし彼女はそれを『魔法陣』により解決していたのだ。ミモザが野良精霊の大量発生の際に発見したあの魔法陣、あの魔法陣が恋の妙薬と同じ効果のあるものだと判明したのはレオンハルトが洗脳から解けてお互いの情報のすりあわせをした時だった。


ーーあの時、カールとダグとの会話からレオンハルトの『恋の妙薬の解除』を試そうと決めたミモザは自室に戻ると引き出しの中から真っ黒に染めた紙を数枚取り出した。

 それは数日前にレオンハルトの様子が怪しかった際に試そうとして、度胸がなくて黒く染めたところまでで中断してしまい込んでいたものだ。

 ミモザは取り出したその紙を楕円形に丸めると、何枚かは細く切り裂いてこよりのように細くした。

 それを楕円形に丸めたものへと取り付けていく。

 そうして完成したのは紙でできたゴキブリもどき、名付けて『ごきちゃん』であった。

 もちろん、冷静にみればそれがただの紙でできたものだとはわかる仕上がりである。そのため渡し方には注意が必要だ。

 そしてあの日、図書室にてミモザは「最後のプレゼントです」と言ってその『ごきちゃん』を手に握り込んだまま差しだした。

「受け取っていただけますか?」

「……これで『最後』か? ならば受け取ろう」

 うっとうしそうにレオンハルトはそう告げる。

「次はない」

「ええ、あなたがそれを望むのならば」

 この時に決して中身を見せないのがみそである。ミモザは微笑みを崩さなかった。

「僕はそれでかまいません」

 レオンハルトが手を差しだした。ミモザの目がきらりと光る。その手のひらの上へとミモザはその握ったままの拳を乗せた。

 そうして上から自らの手をかぶせるようにしながら、その手を開いた。しかしまだそのまま手はかぶせたまま動かさない。彼からは自分の手のひらの上にかさりと乾いた音のするものが乗せられたことしかわからなかったことだろう。

「どうか、受け取ってください。これが僕の気持ちです」

 神妙な顔でミモザはそう告げる。しかしそのまま手をいつまで経っても外そうとしないミモザに「……なんだ?」と彼は訝しげに眉をひそめた。

 それにミモザは相変わらず『それ』を手で隠したまま、

「ゴキブリです」

 簡潔に告げた。

「……は?」

 ミモザの言葉を徐々に理解したのか、彼の顔がみるみるうちに青く染まる。

 ミモザはアンニュイにため息をつくと「安心してください」と囁くように言う。

「死んでいますので、動きません」

 そのままぎゅっと力を入れて『ごきちゃん』を押し付けるようにレオンハルトの手ごと握り込んだ。そのまま前後左右に軽く動かしてかさかさと音を鳴らす。今、彼は自身の手のひらで『ごきちゃん』のかさかさと鳴る細い足の感触を味わっていることだろう。

 膠着したまま動かないレオンハルトのことをじぃっと見つめて、ミモザは言った。

「差し上げます」

 レオンハルトは卒倒した。


 その後、倒れたレオンハルトをまるで死体処理のようにミモザは自室まで引きずって帰り、床に転がして目覚めるのを待った。そうして目覚めた彼の第一声は「解いてくれたのはありがたいが、もう少し穏便な手段はなかったのか?」だった。

 どうやら目が覚めて早々に彼は事態を把握したらしい。そのいつもと変わらぬ様子に、やはり『恋の妙薬』だったのか、とミモザはこっそりと安堵した。

 これで目覚めてもなお彼の視線が冷たいままだったならば、ミモザにはもう何も打つ手がないところだった。

 ミモザのそんな内心には気づいた様子もなく、彼は『ごきちゃん』の押しつけられた手を気持ち悪げに振っている。

「ありません」

 そんなレオンハルトから目線を外すと、自分の荷物を意味もなく黙々と整理しながらミモザはそっけなく応じた。そんなミモザの態度に「おや?」とレオンハルトは首を傾げると、ミモザの目の前へと回り込んで座る。

「………なんですか?」

 むっとして目線を合わせないまま聞くと、

「いや?」

 なぜだかにやにやとしながらレオンハルトはミモザを珍しいものでも見るように見てくる。

「君がやきもちを焼くところを初めて見た」

「はぁ?」

 思わず目が据わる。

 じろりとねめつけると、彼は笑った。

「すまない。いや、俺はどこかで君は嫉妬などしないと思っていたんだよ。このようなことがあっても君のことだから冷静に対処するものだと」

「……冷静に対処しましたが?」

 これまでの過程はすべてはしょって素知らぬ顔でミモザが放った言葉に、彼はふふふ、と堪えきれないように笑みをこぼす。

「ああ、そうだな、適切な対処だ。君は賢い」

 その子どもをなだめるような言葉にミモザはイラァっと目を細めた。

 腹が立つ。ものすごく。

「レオン様」

「うん?」

「一発受けてください」

 そう言うとミモザは間髪おかず、レオンハルトの頬を殴った。

 ちなみにグーパンである。

 レオンハルトは避けられただろうに馬鹿正直にそれを頬で受け止めた。 それなりに力を込めたつもりだったが大したダメージもなさそうに彼は苦笑すると「すまなかった」と言う。

「すまなそうな顔じゃないんですが」

「ああ、うん、すまんな、本当に」

 ほころぶ口を制御できていないらしい彼は、その口を隠すように手でおさえた。

「しかし、まぁ、君にとっては災難だったと思うが、こういうのはあれだな」

 彼はどこまでも嬉しそうにその普段は冷静な金色の瞳をはちみつのようにとろりと溶かす。

「愛情を感じるよ」

「……今度は本物を握らせますよ」

「すまなかった」

 レオンハルトは両手をあげて降参のポーズを取った。しかしその口元はどうしようもなく緩んでいるのであった。


 その後それぞれの持っている情報をつなぎ合わせ、レオンハルトの洗脳がまだ解けていない振りをして謎解きへと臨み、油断しているところを一網打尽にするという計画となったわけである。

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― 新着の感想 ―
さすがにミモザかわいそうだろ もっと真剣に反省しなさい
ぜひ、こっそりと、寝ている彼の額にゴキ(偽)を置き、そのまま朝を迎えさせてください。誠心誠意土下座して謝るところを、年上ぶって「嫉妬がうれしい」などという言葉でうやむやにしやがって!ちなみに私は、寝て…
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