80.最後通牒
ミモザは機会を伺っていた。
今のレオンハルトはキャロラインと共に行動することが多い。しかし今はできればなんとか彼が一人で行動しているところでの接触を図りたい。
そしてそのチャンスは唐突に訪れた。
彼は図書館で本を一人で読んでいた。
夜空色の豊かな髪はその肩を滝のように流れ、それも気にせず彼は膝を立てて書架に駆けられたはしごに腰掛けるようにして本を読んでいる。金色の瞳は静かに凪ぎ、ただ本に書かれた文字だけを追っていた。
しかしその沈黙は破られる。
ミモザが部屋に入室したからだ。
彼はその扉の開いた音にちらりと視線を向けたが、しかしすぐにその姿を捕らえると興味を失ったかのように読書へと戻った。
美しく、そして微動だにしないその姿はまるでよくできた彫像のようだ。
「レオン様」
そう呼びかける彼女の海のように青い瞳もまた凪いでいた。そこにはなんの感情も浮かんでおらず、ただ淡々としている。
明確な呼びかけに嫌そうに眉をひそめながらも、レオンハルトは「なんだ」と顔をあげた。
それに彼女は微笑む。
「あなたにお渡ししたいものがあり、お声をかけさせていただきました」
「渡したいもの?」
「ええ」
彼女の青い瞳が優しげに細められる。かしげられた首に合わせてハニーブロンドの髪がさらりと揺れた。
「最後のプレゼントです」
そう言って彼女は手を差し出す。
その手はしっかりと握られており、その手のひらの中に何を隠しているのかは見えなかった。
「受け取っていただけますか?」
「……これで『最後』か? ならば受け取ろう」
うっとうしそうに彼はそう告げる。
「次はない」
「ええ、あなたがそれを望むのならば」
ミモザは微笑みを崩さない。
「僕はそれでかまいません」
レオンハルトが手を差しだした。その手のひらの上へとミモザはその握ったままの拳を乗せる。
そうして上から自らの手をかぶせるようにしながら、その手を開いた。
「どうか、受け取ってください。これが僕の気持ちです」
二人の間にあった静寂が途切れた。
※
「エイド様、あなたの孫を見つけました」
「おお……っ!!」
頭上ではシャンデリアが光り輝いていた。
場所はエイド邸である。一番最初、探偵役と孫候補達が集められて孫を探して欲しいとエイドから告げられたホールに宿泊客達は全員集められていた。
そしてその中心にいるのはキャロライン・レリスだ。
彼女はその豊かなピンクブロンドの髪をかき上げ、勝ち気な紫色の瞳をエイドへと向けた。
それにエイドは歓喜の声を上げる。
「して、その私の孫は一体……っ」
「ええ、今から入場してもらいますわ。入っていらして!」
キャロラインの声と共にホールの扉へと視線が集まった。人々の注目の中、扉はゆっくりと開かれる。
そこから先に姿を現したのは夜空の髪に金色の瞳を持つ英雄だった。
レオンハルトだ。
彼の美しい夜空色の髪は滝のようにその肩を流れ、それは緩やかに黒いリボンで結い上げられている。整えられた黒い礼服をその均整の取れた身にまとい、ゆっくりと一礼して見せるとその手を背後の人物へと差し出してみせる。
その先の扉の向こうから、一人の男性が現れた。
そこには雪のように真っ白な髪をした、すみれ色の瞳をした少年が立っていた。年の頃は他の孫候補者と同じくらいだろう十五~六歳前後だ。その足下には真っ白な狐が寄り添っている。
「……? おまえは……」
どよめく観客達を余所に、エイドは戸惑ったようにその少年を見つめた。それに彼は皮肉げに微笑んでみせる。
「とぼけるのはやめてくれ、エイド老。俺はあんたが閉じ込めた本当の孫だよ」
その言葉に周囲はさらにどよめいた。
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