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79.決心

#75ミモザがレオンハルトをどうするべきか悩む

 さて翌日の昼間、ミモザは早々に屋敷を出ると街へと繰り出していた。

 目的はもちろん、

(……いた!)

 銅色の髪を結い上げたその後ろ姿を見てミモザはにじり寄る。

 ダグである。

「昨日の今日で出会えるとは……、僕にしては幸先がいいな」

「ちちぃ」

『自分で言ってて悲しくならないのか?』と問いかけてくる相棒の問いかけは無視した。

 どうやら彼は『店の買い出し』の最中のようだ。魔導石を利用したおしゃれな照明器具やらインテリアを扱っているお店にその後ろ姿は吸い込まれていった。

 店の窓ガラスにべったりと張り付いてミモザはその姿を見失わないように見守る。中に入ってもいいが彼の仕事の邪魔をするのは避けたいところだ。

「出てきたところを捕まえるぞ」

 そうチロに宣言してミモザは扉の横にそれとなく立った。そのまま素知らぬふりをして十数分ほど経ち、ちらちらと横目で見ていた窓からダグが商品を手に出てこようとする姿を見つけて素早く扉の正面へと仁王立ちする。

 そして両手を熊のように上げて待ち構え、扉が開いた瞬間に、

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「おおおおおおおおお!?」

 大声を上げながらダグに勢いよく抱きついた。その突然の強襲に彼はなすすべもなく大声を上げてのけぞる。しかししっかりとミモザの両腕は彼の胸回りを捕獲しており離れない。

「捕まえたーー!!」

「なんだなんだなんだなんだ……っ!?」

 いまだ混乱した様子で声を上げたダグだったが、やがてそのしがみついてくる物体がミモザだと気づいたようだった。

 そのことに驚きに見開いていた目をすがめて口元を引きつらせる。

「は? おまえ一体なにして……っ」

「お食事に行きましょう!」

 そんな彼にミモザは片腕だけホールドするのをやめて目の前でサムズアップをしてみせる。

「驚かせてしまったお詫びにおごります」

「なら最初から驚かすな!!」

「出来心でつい」

「『つい』じゃねーよ!」

 怒り心頭な様子の彼に、ミモザは手のひらを周囲へと向けて視線を外に向けるように促した。それに彼はつられるように視線をミモザから周りへと移して、

「……げ」

 先ほどまでの大声で周りの通行人達から注目を浴びていることに気づいたらしい。嫌そうに目線をさげる彼に、ミモザはにこりと笑いかける。

「場所を移しましょうか」

「てめぇ、……覚えてろよ」

「もちろん、記憶力には自信があります」

 あくまで人並みにではあるけれど、というのは余計なことなので言わないでおく。

 人並みに、忘れることもあるだろう。

 苦虫をかみつぶしたような顔をする彼をなだめながら、ミモザはあらかじめ下見をしていたレストランへと彼のことを連行した。


「で、何の用だよ」

 店についてすぐ、開口一番彼はそう口にした。

「なぜそう思うのでしょう?」

「あんな待ち伏せされて用事がなかったらそっちの方が驚きだ」

「なるほど」

 確かにその通りだ。

 ひとまず注文をしてもらおうとミモザはメニュー表を彼に差し出す。それを渋々受け取り彼はメニュー表へと目線を落とした。

「実はお尋ねしたいことがありまして」

「俺でなきゃいけないことか?」

「あなたでないとわからないことです」

 ミモザは思い出す。ゲームで彼に好感度を尋ねる時の場面を。

 確か名前を選択するとその人物の主人公に対する好感度を彼は教えてくれていた。

「カールという人物をご存じですか?」

 つまり、彼は攻略対象者のことをなんらかの形で元々知っているはずなのである。

「『カール』……? ああ……」

 そしてミモザの推測通り彼は何か心当たりがありそうにうなずいた。

「おまえの言っている『カール』かどうかはしらねぇが、『カール』と呼ばれる人物については心当たりがあるぜ」

(やった!!)

 ミモザは内心で万歳三唱をする。もしかしたら主人公ではない自分が聞いたところで答えてくれないかも知れないと思っていたからだ。しかしここにきて世界はミモザに味方してくれているようだ。……めずらしく。

「その人、白い髪にすみれ色の瞳をした僕と同じくらいの男性では?」

「ああ、そうだな。それがどうした?」

「その人について教えてください!」

「しらねぇ」

「は?」

 ぽかん、と口を開けるミモザに、彼は口元だけをちょっと歪めるようにして笑った。

「カールという奴は確かに知ってるぜ。この街で見かけてちょっと話したことがある。でもそのくらいだ」

「ど、そ、知ってることであれば何でもいいんですが……」

「そうは言われてもな、確かこの街の魔導石職人のうちの一人だ。どこに勤めてるとかまでは知らねぇが、そういや最近は姿を見ねぇな」

「そういう情報でいいです。なんでもいいので知ってることを教えてくだされば!」

 そう言いつのるミモザに彼はうさんくさそうな目を向けた。

「怪しいな、一体何をたくらんでやがる」

「や、嫌だなぁ、何もたくらんでなんて……」

「じゃあなんでこんなこそこそ人のこと嗅ぎ回るような真似してやがる」

 うっ、とミモザは言葉につまる。

(もしかして……)

 ゲーム画面では省略されていたが、主人公が情報を聞き出す時は恋愛相談のていを取っていたのかも知れない。こういう人が気になるという相談を主人公が持ちかけ、それに対してダグはその人物なら心当たりがある、というふうに情報を出してくれたのだろうか。

 少なくとも確かにミモザの話の切り出し方は不審なものだった。

「そういや、そもそもなんでそいつの話を俺に聞こうと思ったんだよ、ピンポイントで待ち伏せまでしやがって。俺はそいつと交友があるなんてあんたに話してないぜ」

「え、えーと、それは……」

「それも誰かから聞いたのか?」

「……。本人から聞きました!」

 一か八かの大嘘である。後から二人が鉢合わせて会話をすればばれてしまう嘘だが、今は致し方ない。

「最近その人に会いまして! ダグさんと知り合いだと言われたので気になってしまって!!」

「ほーん」

 ダグは半眼でミモザのことを見た。信用していない顔だ。

(ぐぅ……)

 ミモザは内心でうなる。

(どうする?)

 脳みそは空転していてろくな解決策は見当たらない。しかし目の前のダグはミモザの言葉を待っている。

「あ、あーと、その、その方にですね、なんか、口説かれる? ようなことを言われまして……」

 ミモザは苦し紛れにゲームの流れをなぞろうと恋愛相談の方向へと舵を切った。

「あんた既婚者だろ」

 しかしそれはダグにばっさりと切って捨てられる。

「うぐっ、そ、そうなんですがー」

 そこで彼女の表情は曇った。海のように澄んだ青い瞳が暗く陰り、静かにテーブルの上へと視線を落とす。

「ちょっと、今うまくいってなくて……」

「うまくいかない? あんたとあの元聖騎士さんがってことか?」

「……はい」

 誤魔化しから始まった言葉は意図しない深刻みを持った方向へとシフトしてしまった。そのミモザの態度にダグもミモザの落ち込みが本気だと感じとったのだろう。先ほどまでの疑うような態度をやめてミモザのことを見る。

「なんかあったのか?」

「なんか……、なんかって言うか……、うーん……」

「教えてくれなきゃ何も言えないぜ」

「……例えばパートナーが誰かに言い寄られたとして」

「うん?」

「パートナーがその相手の方が良いとなびいてしまったことに対して怒りを覚えるのは正当なことでしょうか?」

「……は?」

 彼は意味が分からんと言わんばかりに顔をしかめた。

「つまりあんたの旦那は浮気をしてたってことか?」

「う、うーん、それがちょっとよくわからなくて……」

 できうる限り状況をぼかしながらミモザは説明する。『恋の妙薬』の可能性についても当然伏せた。

 しばらく黙って話を聞いていた彼は、すべてを聞き終わってからひとつうなずいた。

「そいつは刺し殺されても文句は言えねぇな」

「マジですか」

「マジだ」

 彼の断言に少しだけミモザの心は落ち着きを取り戻す。レオンハルトのことを責めてもいいのだと味方をしてくれたような気持ちになって、そしてすぐにその表情を曇らせた。

「なんだ?」

 その表情の変化にめざとく気づいたダグが問いかけてくる。

「いえ、その……、でも本当に相手のことを思うのならば解放してやるべきかも知れないとも思うんです」

 レオンハルトがそれで幸せならばいいのではないか。

 それがミモザの心に引っかかって離れない。

 彼の心変わりが『恋の妙薬』の影響ではなく本心だったとしたら。そうしたらミモザのこの怒りは正当なものではないのだろう。

 気持ちの変化など誰にでも起こりうることだ。

 彼女と共にいることでレオンハルトの心が安らぐのならば、もしそうならばレオンハルトの幸せを願うミモザとしてはそれは歓迎するべきことなのだ。

『ミモザの隣で幸せになって欲しい』だなんて、そんな感情はきっと、

「醜い独占欲を押しつけるべきではないのでは?」

 それがいまいちミモザが踏み込めない理由である。

 ミモザのその問いかけに、話を聞いていた彼は呆れたようにため息をついた。

「あんた、言葉選びが下手だな」

「え」

 驚くミモザに、彼はそのブラウンの瞳を細めて言う。

「詩的な表現を教えてやろうか。そのあんたの言う『醜い独占欲』のことを世間じゃ『恋しい』って言うんだぜ」

「そ、」

(それは違うんじゃないか)

 言いかけてミモザは口を閉ざした。

 戸惑う様子の彼女の様子に彼が再び口を開いたからだ。

「あんた、怒るのも下手なほうだろ。あれこれ理屈をつけて考えているうちにタイミングを逃して怒れねぇ」

「そんなことは……」

「じゃあ感情にまかせて怒鳴ったことって今まで生きてきて何度くらいあるよ?」

「……」

 ミモザは考え込む。

「怒鳴ったこと、というのがなかなか難しい条件ではないでしょうか?」

「そう思うくらいにはねぇんだろ」

 彼はその返答を鼻で笑う。

「あんた、あんま反射で怒らねぇから、自分の感情も何が正しくて何が悪いのかも見えづらくなってるんだよ。一回何も考えないでそいつに怒ってみろよ。そうすりゃあ自分の感情ももうちっとちゃんと見えてくると思うぜ」

「……」

 ずいぶんと難しいことを言う。何も考えずにただ反射的に感情を表出するなど、そんなことは……、

「あんたが怒っていなくなる相手はあんたにはいらない相手だ」

 ミモザの思考を見透かすように彼はそう断言した。

「あんたが怒っていなくならないならその相手は信頼できる。あんたの旦那はどっちだと思う? 少しは信じてみてもいいじゃないか?」

「……っ!」

 その言葉は耳に痛かった。

 信じる信じないで言えば、確かにミモザはレオンハルトのことを信じ切れてはいなかったからだ。


 その夜、ミモザはとぼとぼと自室に戻ると文机へと腰掛けた。そのまましばらくは何もせずにぼんやりとしていたが、やがて決心したように寄りかかっていた椅子の背もたれから身体を起こすと文机へと向き合う。

 そして引き出しを開けた。

 そこには数日前、ミモザが真っ黒に塗りつぶした紙が何枚も入っていた。

 彼女はそれを暗い瞳で見つめると、勢いよく握りつぶした。

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