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74.扉の異常

「これは……、第一の塔に引き続き……」

 塔の内部をあらためた教会騎士の男はそう言うと言葉を詰まらせた。

(まぁ気持ちはわかる)

 ミモザは自らが引き起こした惨状を眺めてうなずく。

 頭部が潰された巨大な昆虫の死体など誰も見たくはないだろう。

 第一の塔では毒を使用したためここまで酷い見た目ではなかった。

(っていうか正体がわかっていれば毒を使ったのに……)

 見えないせいで余計な労力を使ってしまった気分だ。

 ちなみに盾のおかげでミモザの服は無事だった。服がどろどろになっていたらと思うとちょっと嫌だ。

 匂いがついていないか確認のために少し洋服を引っ張って嗅いでみたが……、おそらく大丈夫だろう。ーーと思いたい。

 その時ぞろぞろと内部の探索に行った騎士達が戻ってきた。彼らはみんな銀以上の暗視の祝福を持っている騎士達でミモザが出てきたのと入れ替わりに中に入ったのだ。

「どうだった?」

「内部には一番最奥の部分に巨大な卵の殻らしきものがあるのみで、他の野良生物その他人物なども認めませんでした」

「そうか……」

「それと祝福の間へ至る扉の異常を認めます。おそらくは、第一の塔で起きたと報告されているのと同様のものかと」

 それに報告を受けていた騎士は息を呑んだ。そしてミモザの方を振り向く。

 ミモザは軽くうなずいてみせた。騎士もそれに頷き返すと報告に来た騎士へと向き直る。

「様子を見に行こう。案内してくれ」

「はっ」


 果たして、たどり着いた扉は第一の塔の扉同様、戸の部分が消失していた。

「これは……」

「同じですね」

 その様子をしげしげと眺めてミモザは告げる。

 本来なら戸がある部分には真っ白な空間が広がり、まるで穴が開いているかのようだ。その異様な光景は第一の塔の事件の時とまったく一緒である。

「内部の調査は?」

「まだ行っていません」

「僕が行っても?」

「……、そうですね、お願いいたします」

 ミモザの提案にしばし悩んだ後、彼はうなずいた。悩んだのは上に一度相談すべきかを迷ったのだろう。しかしミモザは聖騎士である。この場における地位が一番高い者はミモザであり、教皇とも対等に話せる立場だ。その人物の提案を無下にもできなかったのだろう。

 ミモザは扉の調査をすると聞いてから洞窟内から適当に拾ってきた鍵を取り出す。

 それは銀色の光を放っていた。

 思わずむぅと唇をとがらせる。

(試練が終わった後になってどうしてこう……)

 金やら銀やらの鍵がほいほいと見つかるのか。

 これなど真っ暗なので見ることもなく適当に一つひっつかんできた鍵である。

「どうかいたしましたか?」

「いえ、別に……」

 急に黙り込んだミモザに騎士が不思議そうに声をかけてくるので、ミモザはしぶしぶその鍵から目を離して扉の方を見た。

「ではちょっと行ってきます」

「はっ、ご武運を」

 それにひらりと適当に手を振ってミモザはその扉があったはずの空間へと足を踏み入れた。


 真っ白である。どこもかしこも。

 しぱしぱと目を瞬かせる。何もない空間の中、振り返るとミモザの背後にはやはり前回と同じく扉の枠だけが浮かんでいた。

 見つめるミモザの目の前で、その枠の中に戸がいきなり出現した。そしてその戸は音を立てて扉の枠にはまりぴっちりと閉じられる。

 その光景もやはりまた、第一の塔と同じであった。

「なんだ、また来たのか」

 そして聞こえた覚えのある声に振り返る。そこにはやはり前回扉の向こうで出会った自称・大精霊、紅の髪と瞳をした青年がけだるそうにあぐらをかいて座っていた。

「大精霊様」

「こりんやつだのぅ」

 やれやれと彼は首を振る。

 ミモザはそれに首をかしげた。

「どこの塔からでも会えるんですね」

「そりゃあの。入り口はそれぞれの塔にあるが、この場所はひとつっきりじゃ」

「ああ、なるほど」

 ミモザはなんとなく塔ごとに別の空間があるような気がしていたが、そうではなく入り口がたくさんあるだけでつながる場所は共通のようだ。

「今回は出る方法はわかっておるだろう」

「ええ、ちゃんと持ってきましたよ」

 銀の鍵を取り出してみせる。彼はそれにひとつうなずく。

「なら出てけ」

「まぁまぁそう言わず」

 そこでふとミモザは思いついた。

「あなたも一緒に外に連れて行きましょうか?」

 前回会った時、彼は「閉じ込められた」というようなことを口にしていた。

 ならば出たいのではないだろうか。

 その提案に彼は「そうさのう」とけだるげな表情は崩さず言った。

「そろそろ消滅してもよいかなとは思っているが、まぁ今すぐは出れまい」

「……? どういうことですか?」

 ミモザの疑問に彼はこてん、と首をかしげる。

「すべての扉が開かれて閉じられんと出れん」

「はぁ……?」

 わかっていない様子のミモザに、彼はゆっくりと告げた。

「つまりな、一から七の塔すべての扉が一度開かれねばならん。内側から鍵で開けるという行動が必要になる」

 そう言うとともに彼はミモザの後方を指さした。それをなんとなく目で追ってミモザはぎょっとする。

 気づけばミモザと彼の周囲を取り囲むようにして扉が七つ存在していたからだ。

(いつの間に……)

 少なくとも先ほどまではなかった。そして第一の塔でも扉は一つしか見なかったはずだ。

「気づいていなかっただけだ。今私が知覚させた」

 そんなミモザの内心の疑問に彼は答えた。そして扉の中で一枚だけ色の異なる扉を指さす。

「あれが第一の塔の扉だ」

 他の六つの扉は黒い中で、その扉だけは紅色だった。それはまがまがしい光彩を放ち、心なし黒いもやのようなものをまとっているようにも見える。

(でも……)

 おかしい。ミモザが第一の塔からこの空間に入った時に見た扉の色は黒だったはずだ。

「貴様が内側から鍵を使って扉を開けて出て行っただろう。そのおかげであの扉は私の支配下へと入った」

「はぁ……」

「つまりあの扉にはもはや私を閉じ込める力はないということだ。しかしまだ扉は六つある」

 ぐるりと大精霊の男を取り囲むようにして存在する黒い扉。

「それらを全部内側から鍵を使って開けてくれれば私は外に出ることができる」

「……なるほど?」

 ミモザにはよくわからないがそういう理屈らしい。

 それは確かに手間である。今すぐに、というわけにはいかない。

 少し考えてミモザは方針を変えることにした。

「じゃあここの第二の塔の扉を開けてあげるのでなんか情報ください」

 本当は外に出してやるから情報を寄こせ、と交渉するつもりだったのだ。しかし一つの扉が開くだけでもまぁ交渉材料にはなるだろう。

「……情報とは?」

 ミモザの提案に彼はうろんな目を向けた。

「この扉、そもそも外側から消失させた人は一体誰なのか、とか」

 それが知りたかったのである。

 今回の巨大ゴ……事件。巨大ゴ……を出現させたのも扉を破壊しているのも同一人物だろう。

 ということは、内側の空間にいる大精霊の彼は犯人を目撃しているのではないか。ミモザはそう考えたのだ。

 はたして期待のまなざしで見つめる先で、彼は、

「さぁ」

 そう一言やる気なく言った。

 ミモザは顔を引きつらせる。

「さぁって……」

「ここからじゃ外の様子は見えんからの」

「……はぁ」

「見えたところで誰かなんぞ知らんし」

「まぁ確かに……」

 しかしせめて名前はわからずともどんな見た目の人物なのかの情報くらい欲しかった。

 ミモザはなんとかできないかと食い下がる。

「ほんのちょっとも見えないんですか」

「見えん」

「なんか大精霊的な能力かなにかで何かを察知するとか……」

「できん」

 ミモザはすん、と真顔になる。

「マジですか」

「マジじゃ」

 肩にいたチロがぽんぽん、と慰めるようにミモザの頬を叩く。

 思わずミモザはつぶやいた。

「役に立たねぇ」

「おいこら、聞こえとるぞ」

 まったく最近の若者は……、と彼はぶつぶつぼやく。

「だいたいこの場所は私を閉じ込めるための空間なんじゃ。それなのに私が外を知覚したり干渉できるような構造をしとるわけがないだろうが」

「ああー、確かに」

 閉じ込める側の心理としては何もできなくしたいと思うのが普通だろう。

「だがそうだの。この扉を外側から無理矢理改造するということができるのはかなりの知識と技術、そして魔力を持たねばできなかろう」

「『改造』……?」

 その言葉にミモザは首をかしげる。

「破壊ではないのですか?」

「『破壊』だったら私は外に出られている」

「あ」

 そりゃそうだ。

 七つ扉があるとはいえ、その構造そのものに風穴を開けて破壊してしまえば彼はそこから外に出られたはずだ。

 しかしそれができない。

 七つの扉すべてを内側から鍵で開くといういわゆる『正規ルート』を通らねば出られないままなのだ。

 つまりそれは元々の構造そのものは壊さず、一部分だけ都合が良いようにねじ曲げて『改造している』ということなのだろう。

「『破壊』ならば並外れた魔力があればできる。しかし『改造』はそもそもの構造を理解しておらねばできん」

 ミモザの思考の続きを引き取るように彼はそう言った。

(保護研究会……)

 その情報からミモザが思い浮かべる組織がある。

 『保護研究会』。試練の塔の研究と保護を目的としている組織。

(彼らならばできるのでは……?)

 エオ、あるいはミモザのまだ知らない保護研究会のメンバーの誰かだろうか。

 少なくともステラだけでは難しい。

「なるほど、ありがとうございます。とても参考になりました」

 特定には至らないが、誰にでもできることではないということがわかっただけでも有益な情報だ。

「では、僕はそろそろこれで」

「ああ、達者でな」

 入ってきた扉へとミモザは鍵を差し込む。そして回した。

 その瞬間に扉は開き、それと同時にその色が足下から紅色へと変化していく。

 それを最後まで見届けることはせずにミモザは扉の向こうへと出ていった。

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