73.戦闘
暗闇の中で巨大な何かがうごめいている。再び動き出したそれに、とっさにミモザは防御形態を取りその突進を防いだ。通常、防御形態の時に動くことはできないが、他動的に刺激を加えられた場合は別だ。
すなわち、ミモザは防御形態の盾によって直撃は免れたが、そのまま巨大な何かに押され続け、盾を構えたまま後方へと押され続けるはめになった。
「……ぐっ!!」
なんとかミモザは盾を構え続ける。少しでも傷を与えられないかと半球状の盾に着いているトゲを伸ばしてみたが、その巨大な何かは頑丈な鎧か表皮でもあるのか鈍い音を立ててきしむばかりで貫通したような感触はなかった。
もとより、防御形態では伸ばせるトゲの範囲はたかが知れている。そして棘を食い込ませようとするミモザの力よりも突進する相手の力の方が強い以上、これ以上食い込ませるのは厳しいだろう。
(このままだと……)
ミモザの後方には入ってきた扉があるはずだった。ほぼ直進で突進されて押され続ける以上、そのまま外に押し出される可能性が高い。
(外に出て援護を……、いや……)
その場で倒せればいいが、できなかった場合の被害が広がってしまう。この巨大な何かが街にそのまま突撃してしまう可能性も高いのだ。
それくらいならばこのまま試練の塔内に閉じ込めておいたほうが被害としては少ない。
「扉を閉めろ……っ!!」
そこまで考えて、ミモザはあることを思いつき叫んだ。
幸いなことにがらんどうな塔内のミモザの叫びは反響してよく響いた。その声が聞こえたのか、わずかに背後の空気が動くような気配がした。
扉が閉まった。そう思った次の瞬間。
「……っ!! ぐうぅぅぅ……っ!!」
ミモザの身体は壁にたたきつけられた。しかしそれだけだ。
何も見えない目の前を、盾を握りしめてしっかりと見つめる。そして確かめるように盾を揺さぶった。
刺さっている。
先ほどは固い何かに阻まれて刺さり切らなかった棘が、今はしっかりとその巨大ななにかに刺さっていた。
「……は」
思わずわずかに安堵の息をはいた。そしてしっかりとその足を『壁』へとつける。
事態はミモザの思いつきが功を奏していた。
ミモザの防御形態は『半球状の棘のついた盾』である。
つまりうまいこと足を持ち上げてその半球状の盾の中に入り込んでしまえば、行き止まりに行き着いたとしてもそのまま押しつぶされることはなく、ミモザの身体は盾によって守られるのである。
そしてうまいこといけば、その突進の勢いと壁を利用して相手が自ら棘に食い込んでくれるのではないかと考えたのだった。
とっさにジャンプしたミモザはうまいこと盾の中に入り込めたのだ。
(けど……)
問題は、相手はまだ死にそうにないことである。
盾の棘の長さは短い。おそらくそれなりの傷を与えたが、致命傷には至っていない。
ということは、あとは相手が力尽きるのが先か、盾の中の空気が尽きてミモザが酸欠するのが先かの勝負となる。
(分が悪い……、けど、)
盾の大きさはそこまで広くないためきっと先に酸欠を起こす可能性の方が高い。しかし背後の壁を探ると扉の取っ手のようなものに触れた。
(悪い賭けじゃない)
酸欠しそうになったら扉を開けて援護を求めた上で戦えばいい。少なくともただ外に出るよりは重傷を与えられたのだ。
ある程度弱らせてからなら討ち取るまでの時間も短縮できるかもしれない。
そう考えていると、相手に動きがあった。
「うっ! ぐぅ……っ!!」
なんとまだ暴れる力のあった巨大な何かが少しだけ後方へと下がると、食い込んだミモザのことを振り払うように再び壁に打ち付けたのである。
その衝撃に耐え、振り落とされないようにミモザは盾を掴む手に力を入れる。なんとかそれに耐えきり、ミモザはぺろりと唇をなめた。
これは好機だ。
打ち付ける動作が行われるということは、その際に酸素が盾内に供給されるということである。
つまり酸欠ではなく、ミモザが盾にしがみつき、いかに衝撃をうまく逃し続けられるかが重要となる。
どちらが先に力尽きるかの、持久戦だ。
そして持久戦はミモザがもっとも得意とする戦い方である。
(毒を打っておけばよかったな……)
防御形態ではそのような技も使えない。そのことを若干悔いつつも、ミモザはその海のような青い瞳を静かに輝かせた。
(このまま、ここで仕留める)
得意な土俵で勝ちを譲る理由はなかった。
一体どれぐらいの時間が経っただろう。徐々に打ち付ける動作が鈍くなり、間隔が開き始めた頃にそれは起こった。
のろのろとした動きで壁に打ち付けられる。それを最後にずるり、とわずかに持ち上げられていたミモザの位置が下がったのだ。
「…………」
まだ生きている可能性があるためミモザはそのまましばらく相手の動向を見守った。しかししばらく経ってもなんの動きもない。
(そろそろいいか)
よしんば生きていたとしてもこれだけ弱らせれば外に出た後に仕留めることも可能だろう。
少し息苦しさが出てきたあたりで、ミモザゆっくりと盾を前方に押した。ずるり、と重たいながらも目の前の壁のような巨体がおとなしく押し戻される。
久しぶりに足のついた地面はぬかるんで水浸しだった。
おそらく相手の血液が流れ出したものだ。
ミモザは目の前の相手が本当に動かないかを警戒しながら、後ろ手に扉の取っ手をつかみ、そして開いた。
明るい光が内部へと差し込み、その巨体を照らし出す。
「うわ……っ」
まぶしさに目を細めながらも、ミモザはその巨体の正体をしっかりと認めた。
そこには、顔面を棘にぐしゃぐしゃに潰された状態で息絶えた、巨大なゴキブリが横たわっていた。





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