71.第二の塔
騒ぎは第二の塔で起こっていた。
塔の前にはうずくまる人やその介抱に駆け回る人で渋滞している。
「ちょっと失礼」
ミモザはその隙間を縫って塔へと近づき、うずくまっている人を見た。
(怪我は……、打撲か?)
おそらく骨折している人もいるだろう。赤黒い痣のようなものを手足に負った人が数人、服の上でわからないが腹や胸をおさえる人も数人、それとは別に切り傷を負っている人の姿もちらほら見える。切り傷とはいえ、その傷口はお世辞にも綺麗なものとは言いがたい。まるでヤスリで削られたかのようにぐちゃぐちゃだ。
「ミモザ様」
介抱や塔の封鎖に駆け回っていた教会騎士の内の一人が聖騎士であるミモザの姿に気づいて立ち止まった。
ミモザはその青い瞳で騎士のことを見つめて首をかしげる。
「一体何があったのですか?」
「それが……、突然のことでまだ全容を把握はできていないのですが……」
彼が言うには事件はほんの数分前、唐突に試練の塔の扉から入場した人々が転がり出てきたことから始まったという。
悲鳴を上げて出てきた人々は皆打撲や切り傷などを負っており、「中に巨大な何かが居て吹き飛ばされた」と話したらしい。
「ひとまず、入場した人数と同数の人間の退避を確認しました。まだ死亡者は出ていないのですが……」
そこまで言うと彼はちらりと地面にうずくまる人々を見た。確かに死んではいない。しかしすぐに手当をしなくてはいけないような重傷者の姿はちらほら見られた。対応にあたっている騎士達は応急処置とともに重傷者たちを素早く荷馬車へと乗せ、街へと向かって走り出した。
「被害を負った方の中で軽傷者に聴取を行ったのですが、中は真っ暗ですから、正体を見ることはできなかったと。試練を終えて『暗視』の祝福を得た方の多くは重傷を負っており、おそらく『敵』は塔の奥深くから出現した可能性が高そうです。皆油断していたとは言え試練を受ける方々ですから、応戦をした方もいたようですが……、鎧の様に固くてとても歯が立たなかったと話していました。内部の調査はこれから行う予定です」
試練の塔は通常第三の塔までは野良精霊も出現せず、命の危険などないはずの塔である。野良精霊が出現するのは第四の塔からだ。
そしてかつてミモザがこの塔を攻略した際にも当然ながら、そのような『巨大な何か』など存在しなかった。
(『巨大な何か』は急に出現した……)
そう、それはまるでつい先日、第一の塔に巨大ゴキブリが突然出現した時のように。
「……その調査、僕が行きましょう」
ミモザの言葉に騎士は少し目を見開いた後、しばし逡巡し、しかし結局は「よろしいのですか?」と絞り出すように尋ねた。
その瞳には「できれば行きたくなかったから行ってくれるなら頼みたい」という切実な意思が浮かんでいる。
ミモザもそれに心から共感する。ミモザとてそんな『得体の知れない危険な何か』がいる、しかも真っ暗闇に特攻などかましたくはない。
(ステラのことさえなければ……っ!)
切実に無視したいところである。まぁたとえそれがなかったところで聖騎士という立場では無視などできないのだが。
「あ、でも……、えっと、とりあえず先輩……、いや上のほうに少しだけ確認をとってきますので……」
「そうですね、よろしくお願いします」
そんな内心は押し隠してもっともらしくうなずいて見せるミモザに、彼は慌てて『先輩』らしき騎士の元へと駆けて行った。
そしてミモザの方を身振りで示しながら何事かを話し合っている。
『先輩』がミモザの方を見た。
それにミモザは笑顔で手を振ってみせる。
少し驚いた表情をした後、彼はこちらへと駆け寄ってきた。
「ミモザ様、調査におもむかれたいというのは真ですか?」
「ええ、可能であればまずは僕一人で内部におもむき、その結果次第で協力を仰げますか?」
「それは……、ありがたいことです。しかし必要なら騎士を数名同行させますが……」
その言葉にミモザに始め話しかけてきた年若い騎士の肩がピンと緊張するのがわかった。
(わかる、わかるよ……。行きたくないよね……)
それに内心で頷く。正直ミモザも行きたくない。せめてできるなら道連れ仲間が欲しい。しかしそうもいかない事情があるのだ。
ミモザは一度この塔を攻略し、『暗視の祝福』を受けている。しかしそのランクは銅である。
祝福は金・銀・銅でランクが分かれ、そして金のほうが当然上位、そして銅は一番の下位であり、その祝福の質が下がるのだ。
銀の祝福があれば暗闇を見通す暗視が手に入る。しかし銅の祝福では自身の身体が浮かび上がって見えるだけなのである。
ミモザは訓練により暗闇の中でも動く気配を捕らえることはできるが、しかしその区別はつかない。つまり暗闇の中に複数人味方がいると、誤って同士討ちをしてしまう可能性があるのだ。
ミモザには暗闇の中で共闘はできない。
つまり自主的にぼっちになるしかないのだ。
(クソゲーめ……)
低いランクの祝福しか持っていない人は戦う場所によっては強制的ぼっちイベントが発生するらしい。できればそんな仕様はすぐに廃止してほしい。
しかしそんなことを嘆いたところで解決してくれる女神などいない。内心で舌打ちをしつつも、そんなことはおくびにも出さずミモザは首を静かに振った。
「いえ、それには及びません。その代わりと言ってはなんですが、もしも相手が僕一人の手に負えない場合は逃げ出てくることになると思います。もしくは明るい場所で戦うことを選択し、相手を外まで誘導してくるかもしれません。その場合はご協力をお願いできますか?」
これならば同士討ちの心配はない。
その上一人で手に負えなかった時はなんとか外まで逃げ切れれば仲間と共に戦うことができる。
ミモザの言葉に若い騎士は表情を明るくし、先輩騎士は神妙な顔でうなずいた。
「承知いたしました」
二人がそろって敬礼をしてみせるのに、なんとなくこれから『もしかして自分って殉職するのかしら……』、という気分を味わいつつもミモザは第二の塔へと向き直った。
気分は市場に売られに行く子牛である。





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