70.社畜聖騎士のお仕事
警察署を退出したミモザはぶらぶらと歩きながら試練の塔を目指していた。
これから向かうのは第二の塔。第二の塔は暗視の祝福が得られる暗闇の塔である。まったく何も見えない暗闇の中、手探りで鍵を探すのだ。
カールとコリンナの件はひとまず保留である。
どうにも不確定要素が多すぎる。ミモザとしてはただ真実を明らかにするだけではなく、自分にメリットのある解決を目指したいのだ。
(そのためには慎重に動く必要があるな……)
幸いなことに屋敷にステラは滞在していない。ということは真実を解き明かしてしまう主人公が不在ということであり、まだ作戦を考える猶予はある……、はずだ。
しかしただ考え込むだけではどう考えても時間の無駄のため、ひとまずはステラ関連の情報収集である。
(野良精霊の異常増殖も抑えなくちゃいけないし……)
連絡を受けて駆けつけた騎士達がすでに対処済みとはいえ、原因はまだ特定できていない。再発を防ぐためにも調査はするべきだ。
ミモザはもう一つの書類を取り出した。
それはアズレン殿下から預かった今回の『野良精霊異常増殖』に関する報告書である。
それが見つかったのはこのアグラーレンの近辺で三カ所。主に第二の塔付近である。
その周辺では野良精霊の異常増殖はみられたものの、特に野良精霊の巣が荒らされた様子やそのほかの異常などは起きていない。
(以前の『異常増殖』と一緒だ)
以前のものはオルタンシアの撒いた『恋の妙薬』とそれと同じ効果を持ったステラの『毒』が原因だった。
しかし野良精霊の養殖が現状それなりにうまく行っている現状、オルタンシアは無関係だろう。とするとステラの可能性が高い。
(……と思いたい!)
手がかりのまったくない現状。これが手がかりだと思いたいのだ。
そうこう考えているうちに、ミモザは第二の塔へとたどり着いていた。
かつて試練を受けた際には行列ができていた塔も、今は季節外れのためか行列まではできていない。試練の塔のだいたいは学校を卒業した新参者の多い春に非常に賑わうのだ。
ミモザはその光景を横目に野良精霊の増殖が見られたあたりを目指して散策した。
「……ここか」
一番近い場所は第二の塔から歩いて数分の位置にあった。駆除の際に手こずったのか所々木に獣の爪痕や地面に荒れた痕が残っている。
ミモザは周囲を見渡しながら再び資料を取り出した。
記録によればこのあたりではウサギ型の野良精霊が大量発生したようだ。狂化もしていたらしく、第二の塔を訪れた観光客に襲いかかってきたことで異常が発覚した。
幸いなことにこのあたりにはあまり凶悪な野良精霊はおらず、死人などはでなかったらしい。
ミモザは歩いて木の根が折り重なった部分の地面に穴を発見した。どうやらそこが野良精霊たちの巣穴だったようだ。
ひょいとのぞき込むがすべて始末し終えた後のため、その中にはもう何もいない。
「…………」
ミモザは無言でチロのことを見た。
「ちちぃ……」
チロはミモザの意図を察して嫌そうな顔をする。
「ちょっとだけ」
「ちー」
「ちょっとだけだから」
「ちちち」
ミモザは少し考える。そして言った。
「わかった。じゃあ僕が潜る」
そのまますぐに穴の中へと頭を突っ込む。
「ちー! ちちちち!!」
そのままちっとも前に進まないながら地面の中へ入ろうとクロールをし始める相棒の姿にチロはたまらず叫んだ。
『わかった! 自分が行く!!』と。
その言葉にミモザははまりかけていた頭をなんとか引き抜くと、その泥だらけの顔もそのままに穴の方を手で指し示した。
「どうぞ!」
「ちちぃ……」
チロは渋い顔を作ると仕方がないというように穴の中へと飛び込んでいった。
「ちー、ちちちちっ」
しばらくして戻ってきたチロは中が思いのほか広い空間であったことをミモザに伝えた。
「まぁ、大量発生した野良精霊たちがみんな暮らしてたんだもんねぇ」
「ちちちっ」
「えっ?」
「ちちっ、ちちちちっ!」
しかしさらに続けられた言葉にミモザは眉をひそめる。
チロによると、この『巣穴』はここ以外にも出入り口があり、外につながっていたというのだ。
「ちーちちち」
着いてこいという相棒の言葉にうなずくと、ミモザはチロの後について歩き出した。
最初にいた穴から十分ほど歩いたあたりでチロは足を止めた。そして匂いを嗅ぐように鼻を動かす。
どうやらこのあたりに出入り口があったようだ。
チロはすぐにその穴の場所を突き止め、駆け寄った。ミモザもそちらへと向かう。
そこには巨大な木が生えていた。しかしもう葉はつけておらず、途中で所々折れている。
もう生きてはいなさそうな木の根元のうろに、その穴はあった。
「ちちち」
「ここか」
ミモザはその穴を覗き込む。先ほど見た巣穴と同じくらいの、ウサギがなんとか通過できる程度の穴だ。
そしてその穴のすぐ上に生える木を見た。
「……ん?」
そしてそこに奇妙な模様を見つけて手でなぞる。
「魔法陣……?」
ミモザの知る魔法陣は瞬間移動ができる女神の祝福のものだけである。しかし模様を見る限りそれとは異なる魔法陣のようだ。
「なんだこれ……?」
無学なミモザにはなんの魔法陣なのかはわからない。とりあえずメモでも取るか、とメモ帳に書き写していると、
「……ん?」
どこかから悲鳴が聞こえた気がした。
しかしあまりにもかすか過ぎて聞き間違いかとミモザはチロを見る。
「ちちぃ!」
チロは首を横に振った。そして今歩いてきた方角を指さす。
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「……行こうか」
ミモザはメモ帳を閉じると駆けだした。
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