69.面会
周囲は活気のある喧噪で満ちていた。
やはり街中で目立つのは魔導具の店である。本来なら高級品でありそれなりに大きな店でしか扱われない魔導具がなんと露店で売られている。これはこのアグラーレンの街では魔導具が非常にありふれているものであることと同時にその治安の良さも示していた。
ミモザがサンドイッチを食べ終わってミルクティをのんびりと飲んでいる喫茶店に制服姿の警官が入っていくのが見える。
普通に巡回の人数が多く、少なくともこの表通りでは泥棒騒ぎなども起きては居ない。観光地にもかかわらずゴミのポイ捨てなども少ないのか道も綺麗だ。
「エイド様がやり手なのは間違いないんだろうなぁ」
「ちちー」
ミモザのつぶやきにチロも同意するようにうなずく。
ミモザはのんびりと机に置いた書類にサインを走らせた。
あれからミモザは街に繰り出して腹ごしらえをしていた。食事をして暖かい物を飲むとささくれ立っていた気持ちが少し落ち着き、そういえば片付けなくてはいけない書類があったことに気づいて今処理中である。
ひとつは王子への報告書、そしてもうひとつは先日エイドの屋敷で捕まえた絵画泥棒の調書である。
一応第一発見者であるミモザもその当時の状況を口頭で説明したのだが、それを書類にまとめたものが送られてきて内容に誤りがないか確認してほしいと連絡がきたのだ。外に出たついでにこちらの書類も届けてしまおうと内容を確認してサイン中である。
とりあえず王子への報告書にはレオンハルトの件とカールの件は省いて無難な内容をまとめておいた。そのあたりはいろいろとミモザの中で整理がついてから書くのでいいだろうという判断だ。
そしてもう一つの絵画泥棒の件はというとーー、
「まぁ、内容的にはこれでいいけどね」
ざっと調書の内容を見てミモザは思案する。
あの時盗まれた物をみてレオンハルトは「盗みに慣れていない」と言った。
(確かに……)
もしミモザが泥棒の立場だったとしたら、そして首尾良くエイドの屋敷に侵入することができたなら。どうせなら一攫千金を狙って稀少な魔導石や魔導具を盗もうとするのではないか。
(まぁそういうのは厳重に管理されているから無理だったとも言えるけど……)
肖像画は価値が低いとはいえ、それはレオンハルトやエイドのような金持ちにとっては、という意味であり、庶民からすれば十分に儲けられる額だろう。魔導具を狙って侵入したものの、その防犯の高さに諦めて無難な物を盗ったと考えればつじつまは合わなくはない。
調書には絵画泥棒から得た証言も書かれていた。
彼女は窃盗の理由にこう答えている。
『いなくなった兄からこの絵画を盗ってくるように言われた』と。
「…………」
ミモザは無言でその文字を指でなぞった。
※
「こんにちは」
「ああ、これはミモザ様。わざわざご足労いただきありがとうございます」
訪れた警察署でミモザはサインを済ませた調書を提出した。それを警官は礼を言って受け取る。
「はい、ありがとうございます。こちらで処理させていただきますね」
「よろしくお願いします」
ミモザもそれに軽く返事を返しながら、「この泥棒の様子はどうですか?」とさりげなさをよそおって尋ねた。
「彼女ですか? まぁ、あまり反省はしていませんね。どちらかというとふてくされている様子で……。彼女に犯行をそそのかした『兄』に関してもだんまりです」
「そうですか……。少しだけ面会しても?」
「かまいませんよ」
ミモザの申し出に少しだけ意外そうにしながらも彼はそううなずくと鍵を手に取った。
「やあ、こんにちは」
「…………なんの用だよ」
面会室のガラス越しにミモザはその泥棒少女と向き合った。
彼女の名はコリンナというのだと調書には記載されていた。
「まぁまぁ、そんなに警戒せずに」
にこにことミモザはそんな彼女に笑いかける。彼女はその紫色の瞳をうさんくさそうに細めた。
「ちょっと調書に気になる点があってね。きみのことをそそのかした『兄』というのは一体誰のことかな」
「兄貴は兄貴だよ! あんたらそればっかりだな」
ふん、と彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。その態度を見つめながらミモザは首をかしげる。
「名前は?」
「…………」
「『いなくなった』とはどこに行ったかわからないという意味?」
「……うるせぇな!」
ばんっ、と音を立ててコリンナは机を叩いた。
「俺はあの絵画を兄貴から『取り戻せ』って言われただけだ! それ以外のことは知らねぇよ!」
「僕が捕まえた時は『高そうだから』と……」
「おまえがうざいから適当に言っただけだ!!」
「……」
「……ちっ」
大声をあげても動じないミモザに舌打ちをして彼女は座り直す。それをじっと見つめてミモザは尋ねた。
「では元々狙ってあの絵画を盗んだと」
「そう言ってるだろ」
「『取り戻す』というのは?」
「あの絵は元々俺たちのもんだ」
じろりと彼女は睨む。
「そうだっておばさんも言ってたんだ」
「『おばさん』?」
新たな登場人物に首をひねる。しかし彼女はそれにしまったとでも言うように唇を噛んで押し黙ってしまった。
「『おばさん』というのは?」
「……」
「あなたには兄とおばさんの二人の身内がいるわけだね?」
「…………」
「その二人があなたに泥棒をするようにそそのかした」
「ちがうっ!!」
再び鈍い音を立てて彼女は机を叩いた。その目は大きく見開かれ、鋭くミモザのことを睨みつける。
「おばさんはそんなことしないっ!!」
「そそのかすような悪いことをするのは兄だけ?」
「…………っ! そうだよ!」
ミモザはゆっくりと背もたれに寄りかかる。コリンナはまだミモザのことを睨み続けている。
「んーー……?」
それを無視して首をひねった。
彼女の反応はある意味でわかりやすい。黙り込んで否定しない様子やむきになって庇う反応からしてその『おばさん』が彼女にとって大切な存在なのは明らかだ。
その一方で庇われない『兄』がいる。
ミモザはぺらりと調書をめくる。
(コリンナ、15歳、職業は……、花屋か)
どうやらそれなりの年齢の女性が店主でコリンナはそこの従業員のようだ。住所からして住み込みで働いているのだろう。
(この人が『おばさん』……?)
どうやらすでに店主の女性には連絡が行っており、面会には来てくれているようだ。その時のやりとりも調書には書かれており、彼女はコリンナを引き取って帰りたいと訴えたようだが保釈金が用意できず帰って行ったようだ。
そのやりとりの際、コリンナとの関係を聞かれた彼女は『大切な人物から預かっている大切な子だ』と話したらしい。
(『いなくなった兄』……)
それがもしもカールのことだとしたら。今は亡き母親の肖像画をほしがる動機は確かにある。
(いや、でも……)
カールの年齢を知らないのでなんとも言えないが、15歳ということは年子の可能性が高い。ということはエイドの娘は出奔した後に娘をもうけたことになる。
(嫌っていた男との間に……?)
そう考えてから首を横に振る。
同じ男である必要はないのだ。
領主のご令嬢が市井に出て生きるのは容易ではなかったことだろう。頼りになりそうな男を頼ることもあったかも知れない。
(カールとは父親違いの子ども……?)
彼女の容姿を見る。ブラウンの髪に紫の瞳。そうかもしれないと疑い出すとその顔立ちもエイドの娘の肖像画に似ているように思えてくる。
その時ミモザの頭にふと悪い考えが浮かんだ。
(娘でもよくね?)
息子を探して欲しいとは言われたが、もしもエイドがカールの見た目を嫌って閉じ込めたとして。もしも見た目に問題のない『娘』が見つかったら歓迎するのではないのか。
そうしたらミモザ的には万々歳だ。エイドの機嫌を損ねることなく協力が取り付けられる可能性が出てきた。
「……おいあんた、何考えてるんだ?」
突然下卑た笑みを浮かべ始めたミモザの様子に引いたようにコリンナが声をかける。その声にはっと我に返ってミモザは慌てて表情を取り繕った。
「い、いや、別になんでもないよ」
「…………」
「ちょっと世界平和について考えてただけだからね!」
「…………」
弁明してもコリンナのじっとりとした疑いのまなざしは変わらなかった。
それを誤魔化すようにミモザは咳払いをする。
「えーと、……そのお兄さんと血のつながりはあるのかな?」
「はぁ?」
ミモザの質問に怪訝そうに彼女は首をひねった。
「兄貴なんだから血がつながってるに決まってるだろ」
「……そう」
何を当たり前のことを、と言いたげな態度にミモザは黙り込んだ。
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