68.ひとり
はぁはぁと肩で息をしながらミモザは足を弛める。
気づけば人気の居ない方へと走った結果、ミモザは昨夜訪れた雑木林、つまりカールの居る蔵の前へとたどり着いていた。
「さいっあく……っ」
何が最悪かって? それは朝食を食いっぱぐれたことだ。
決してレオンハルトの件ではない。たとえ彼に存在をまるごと無視されるのがミモザにとって初めての経験だったとしても、そんなことで涙がにじんでいるわけでない。
(お腹がすいているせいだ……)
空腹は思考をネガティブにする。お腹がすきすぎたせいでミモザは今泣きそうになっているのだ。
レオンハルトのせいではない。
「僕は弱くない……」
強くもないが、弱くもない。ーーはずだ。だってここまでたどり着いたのだ。
死ぬかも知れなかった運命をはねのけて、生きてここまでたどり着いた。そんな自分が弱いはずがないのだ。
「レオン様がいなくなったからって、歩けなくなったりなんてしない……っ!!」
ミモザの大声に木陰で休んでいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
うつむく視界に入る自らの足は頼りなく震えていた。そのまま崩れ落ちてしまわないようにゆっくりと膝に手をつく。
そう思うのになぜこんなにも心許ないのか。
出会ってからこれまで、たとえ側にいなくてもレオンハルトはずっとミモザの味方だった。
くじけそうになったら慰めて、進もうとした時は叱咤激励をくれた。
敵対しても、そこにミモザに対する好意はなんらかの形で存在していたのだ。
それが、今はない。
まったくのゼロである。
興味も関心も、……悪意もない。
こんなことは初めてだった。
いや、違う。レオンハルトと出会う前、アベルにいじめられてうつむいていた頃。
あの時もミモザはひとりぼっちだったではないか。
「一人でも……、大丈夫……」
あの時は普通にできていた呼吸がなぜか今は苦しい。
喉がひとりでに締まるような感覚に、ミモザは喉を押さえた。
「そうとも、きみは一人で大丈夫だ」
しかし唐突に降ってきた声にその動きが止まる。どっと急に酸素が肺に入ってきて、思わず軽く咳き込んだ。
「なっ、なん……っ」
声の来た方角へと顔を上げる。気づけば足の震えも止まり、ミモザは普通に立つことができていた。
見上げた先には小さな窓。そこからひらひらと覗く白い腕。
「けどお困りなら俺もいるよー。何があったか知らないけど話聞こうか?」
カールだった。彼はとりあえず、といったようにちょいちょいと指先でミモザを呼ぶ。
「よくわからないけどその『レオン様』とやらはくそ野郎だな、うん。なにせきみを泣かすんだから」
その明るく無責任な声に、ミモザは少し笑う。
「何も知らないでしょう。あなたは」
「うんうん、だから聞かせてごらんよ。もっと具体的にその男のことを罵ってあげよう」
ミモザは笑う。彼の発言は無責任で見当違いだったが、ミモザを落ち着かせるには十分なくらいに優しいものだった。完全に足の震えは止まり、冷え切っていた指先に血を巡らせるように手をひらひらと振る。そして言った。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。すっきりしたんでもう行きますね」
「いや普通ここは俺に悩みを打ち明ける場面じゃない?」
男のその言葉にミモザは首をかしげる。
「いやもういいです。相談するほど仲良くないですし」
「……きみ友達少ないって言われない?」
「自覚はあります」
ミモザがそのまま男の返事を待っていると、頭上からはわずかにため息をつく音が降ってきた。そして窓からわずかにそのすみれ色の瞳が覗く。
「まぁいいや。じゃあまた今夜にでも話を聞かせてよ。俺の退屈しのぎも兼ねてさ」
「うーん、じゃあとりあえず何があったのか概要だけ整理しておきますね」
「うん、……うん、まぁ、もうそれでいいや」
またね、と振られる手にミモザも手を振り返す。
(目的を見失うな)
自らの頬をとりあえず叩く。
レオンハルトがいなかろうとミモザのやることは変わらないのだ。
一番の目的は『ステラを捕まえること』。
そして『王子からのお使い』とその目的を果たすための雑事の処理だ。
足を踏み出したミモザの腹が鳴る。
「まずはご飯食べるか……」
さすがに食堂に戻って食べる気にはなれず、ミモザは門を目指した。
街の飯屋でなにか適当なものでも腹にいれればいいだろう。
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