65.カール・ローラル
「どういうことですか?」
そう尋ねたミモザに彼は説明した。
「先ほども言った通り、俺はエイドの孫だよ。つまりエイドの駆け落ちした一人娘の子だ。しかし今はエイドによってこの牢屋に閉じ込められている。きみはエイドの孫を当てに来た探偵のうちの一人だ。そうだろう?」
「なぜそんなことまでご存じなんです?」
こんなところに閉じ込められていたにしてはリアルタイムの事情に通じすぎている。しかしミモザのその質問に彼は肩をすくめてみせた。
「ここに食事を運んでくる使用人がいるのさ。彼女は主人には逆らえないから俺をここから出してはくれないが、お嬢様の子である俺に対して慈悲の心も持っている」
「その人物がいろいろと教えてくれるというわけですね……」
彼はにこにことうなずいた。
しかし疑問は他にもたくさんある。
「しかしあなたがいるのならば、エイド様はなぜ孫探しだなんて……」
「簡単なことさ。祖父は俺以外の自分に都合のいい跡取りが欲しいんだ。あの候補者の中には祖父が用意した人物が混ざっていて、彼が孫として選ばれることがもう決まっているんだよ。八百長ってやつさ。ついでに『探偵役』の招待客にもっともらしい理由をつけて孫認定してもらえれば万々歳だろうね。どこからともなく湧いてきた孫には疑いの目を向けても、イベントで発見された孫にはみんなそこまでの疑いは向けないだろう。なにせそのイベントに参加していた人物の審美眼を疑うことにつながるのだから、疑い辛いさ」
「なぜあなたのことをエイド様は孫だと認めたくないのですか?」
ミモザの見る限り、彼は五体満足に見える。外見も美しくどこかに瑕疵があるようには見えない。
彼は苦笑した。
「わからないかい? この髪と肌の色だよ」
「…………?」
彼の髪と肌。それは雪のように真っ白な透き通った肌だ。
そしてそれはエイドの髪の色ともエイドの娘の髪の色とも異なる。
そしてよく見ると彼の足下には真っ白な狐が丸まって寝そべっていた。その狐がゆっくりとまぶたを開いてミモザのことを見る。
その瞳は真っ赤に染まっていた。
ミモザは息を呑む。そして気づいた。
「アルビノ……?」
「アルビノ!! よくそんな言葉を知っているじゃないか! 正解だよ!」
にこにこと彼は拍手してみせた。
「生まれつき俺には色素が欠落していた。そのせいで髪も肌色も母に似ても似つかなくてね。肌色はまぁ色白でごまかせるけれど、髪はごらんの通り老婆のような白髪。その上日の日差しに弱くて外に出るのに帽子や日傘、上着で着ぶくれしないといけないんだ」
「でも、あなたの目の色は……」
守護精霊であろう狐の目は真っ赤だ。これは本来なら狂化していないとありえない色のため忌み嫌われるのはわかる。
しかし彼の瞳は淡いすみれ色なのだ。
「ああ、動物はどうやら赤い瞳になることが多いらしいんだけどね。人間は色素が薄いと灰色や薄紫、淡い青色などいろんなパターンがあるそうだよ。もちろん、赤色になることもある。そうならなかったのは不幸中の幸いだね」
「なるほど……」
『紅の瞳』はこの世界では本来狂化の証明であり、忌み嫌われるものだ。そして自然にその発色になる生物は存在しないとされている。
しかしミモザの見たところ、彼からも彼の守護精霊からも狂化した者特有の黒い塵のようなものの気配はみじんも感じない。
つまり彼らはそれらの法則から先天性の疾患により外れてしまった存在ということだ。
彼自身はともかく守護精霊の姿を見れば嫌でも狂化が疑われてしまう。それを忌み嫌って排除するというのは特に体裁を気にしなくてはならない貴族にとっては当然の話かもしれない。
「『欠けていた大切なもの』は色か……」
エイドの娘の手記を思い出す。そしてミモザは首をかしげた。
「いや、でもおかしいですよね」
手記に書かれていた内容、そして見せられた肖像画を思い浮かべる。
「確か肖像画に描かれた赤ちゃんはブラウンの髪をしていたはずです。それに日記には『おくるみに包んで隠した』と。あなたの言っていることは矛盾している」
「なんだ、あの男。そんなことまでしていたのか」
その疑問に、彼はにやにやと笑った。
「母も最初はこの欠陥に気づかなかったんだよ。なにせ生まれてすぐは髪の毛がないからね。少し髪が生え始めたところで初めて気づいたんだ。それからは髪の毛を剃って誤魔化していたらしいけど、まぁでも髪の毛なんて日々伸びるし代謝のいい赤ん坊ならなおさらすぐ伸びる。なるべく剃るようにはしていたみたいだけど肌の弱い赤ん坊の頭に何度もカミソリを当てるわけにも行かず、髪が少し伸びてしまった時はおくるみでくるんで誤魔化していたんんだよ。そしてこの俺の相棒であるシックスのことも一緒におくるみに包んで誤魔化していたんだ。まぁ小さい時は俺と同じでシックスも寝てばかりだったから目の色が見られる心配はなかったようだよ。とはいえ、大きくなったらいつまでも禿げにしておくわけにもいかないし、外に出れば肌の弱さは露呈する。実際小さい時も肌が弱くてすぐ赤く腫れ上がるからそれもあっておくるみが必須だったらしい」
シックス、と呼ばれた狐は呼びかけに答えるように耳を動かす。その頭を優しく撫でてやりながら、彼は言った。
「その肖像画、見せてきたのはエイドなんだろう?」
「そりゃあ……」
エイドの所有物なのだから当然そうだ。そう答えようとしてからミモザはそのことに気づいて黙り込む。
そう、肖像画なのだ。写真ではない。
ミモザが気づいたことに気づいたのだろう、彼はにやりと唇をつり上げて笑った。
「俺を孫と認めたくないあの男が、わざと肖像画にブラウンの髪を付け足して見せびらかしてみせたんだろう」
「それは……」
否定はしきれない。
元々この『孫探し』は不可思議な点が多かった。ミモザの目で見る限りエイドは本当に孫を探したがっているように見えたが、しかしそれが嘘ではないと言い切るほどの信用はない。
「納得してくれたかな?」
「……まぁ」
すべてを信用するわけにはいかないが、今のところ彼の話を偽りと断定する情報はない。
彼はミモザの返答に気を良くしたのかにこにこと微笑むと、
「つまりね、きみには探偵役として彼らが全員孫でないことを証明するか、俺が本当の孫であることを証明してほしいんだ」
と続けた。
ミモザは顔を引きつらせる。
「無茶言いますね」
「言いもするさ。なんせ俺の人生と命がかかっている」
「なるほど-」
まぁ確かに彼にとっては理不尽を跳ね返せるのならそうしたいというところなのだろう。
(いや、でも……)
ミモザは考える。
そもそもミモザはここにエイドの協力を取り付けにきたのである。
そしてそのためにはエイドの孫を見つける必要があって、しかしエイドは『本当の孫』ではなく『都合の良い孫』を見つけて欲しいと考えているとするならばここで『本当の孫』を証明することはエイドの意に反しているわけである。
つまり、そうなったらエイドの協力が得られなくなる。
メリットの消失である。
ミモザは頭を抱えた。
「えっと、……いったん見なかったことにしてもいいですか?」
「それ俺に聞いちゃう? もちろんだめだよ」
「ですよね-」
聞いてみただけだ。
(レオン様に相談……、も、今はできないし……)
入り組んだ事情に一瞬忘れかけていたが、そちらの問題も思い出してミモザは落ち込む。
(僕がいったいなにをしたっていうんだ……)
八方塞がりとはこのことだ。
なにから手をつけたらいいのかがわからず、ミモザは現実逃避でとりあえず耳を手で塞いでみた。





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