63.ミモザの感情
「……なんだあれ」
ベッドに倒れたままぽつりとつぶやく。口に出すと遅れて怒りがこみ上げてきた。
(なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ……っ!!)
「あああーーーーっ!」
叫んで起き上がる。そしてすぐに備え付けの机へと向かい、そこにおいてあったメモ帳を数枚破り取るとペンでぐるぐると真っ黒に塗りつぶした。
「あの野郎……」
ぼそぼそとつぶやく。
「昨日まで仲良くしてたくせに……っ! いやちょっと見捨ててパーティー会場においていったりはしたけどっ!!」
しかしだからと言って昨日の今日でこれはあまりにおかしすぎる。
ミモザはぴたりとメモ帳を塗りつぶす手を止めた。
「……やめた」
目の前には自分が塗りつぶした真っ黒な紙が散乱している。それを丸めようとして手を止め、引き出しの中へとひとまずつっこむ。
「こういう時は……」
立ち上がったミモザにチロが期待したように目を輝かす。その手は親指だけを立てて地面に振り下ろされる。
「ちちぃっ!!」
『やるか?』と問いかけてくる相棒に、ミモザはしっかりとうなずいて見せた。
「やろう!」
「ちちっ!!」
「おまじないをっ!!」
「……ちぃー」
ミモザの取り出したいつもの本にチロは肩を落とす。そしてかみついた。
「いっ! いたたたたっ!!」
「ぢぢぢぢぢっ!!」
『現実逃避してんじゃねぇっ!!』とチロが怒鳴る。
「ぢぢぢぢっ! ぢぢっ!!」
『腹をくくって殴りにいけ!』と怒鳴るチロに、
「ううう……」
ミモザは再びベッドに倒れ込んだ。そしてなげく。
「だってあれ、どう考えてもおかしいじゃん……」
昨日見捨てていった件はあの後なんだかんだうやむやでそこまで気にしている様子もなかった。そしてあのキャロラインという女性にレオンハルトが興味を示している様子もなかったのだ。
「絶対なんかされたじゃん……」
元々警戒心の強い男である。表面上の付き合いはいいがそれだけでその先の関係はシャットアウトしてくる人間である。
そんな男がたった一日で陥落されているのだ。
なにかをたくらんでいるか怪しい薬を盛られたか人質を取られているのかのどれかである。
そして今のところレオンハルトが人質に取られるような相手は身内とほぼ絶縁のためいないと言っていい。
ということはレオンハルトがなにかをたくらんでいて仲良いふりをしているか怪しい薬を盛られているかである。
「ちちぃっ!!」
『なら原因を突き止めて解決しろっ!!』とチロが発破をかける。
それにミモザはますますしおれた。
「だって原因を突き止めた結果、なにもでなかったらどうするんだよ……」
そこなのだ。
明らかにレオンハルトは異常な状態である。ーーとミモザは思う。しかしその疑い自体が誤りだったらどうしたらいいのだ。
本当はなにも原因などなくてーー、というよりももしも『ミモザ自身』が原因だったとしたら?
「ただ愛想を尽かされただけかもしれないだろ……」
それを確かめるのが怖いのだ。
だってレオンハルトはいままでずっとミモザの味方だった。
御前試合の際には敵対したが、それはそれ。少なくともミモザが最初ひとりぼっちで自分が死ぬ運命をどうしたら変えられるかと七転八倒している時に一番最初に味方になってくれた人だ。
そんな人に見放されてしまったら。
どうしたらいいのかがミモザにはわからない。
(なぜだかいろいろな流れで今は夫婦になったけど……)
ミモザは御前試合に挑む前、ジーンに『他の人間の意思は無視して自分のためを考えたらどうしたいかを考えろ』というアドバイスを受けて、そして自分の欲望のままに行動した。
その結果、レオンハルトはそれを受け入れてくれて今に至るが、しかし彼の本心はどうなのだろうか。
ミモザには、それがいまだにわからない。
確認するのも怖くて聞けないままでいる。
好かれているとは思っている。しかしそれが一体どのような類いの好意で一体いつまで持続してくれる程度のものなのだろう。
あの時は良いと思ってくれていても、ある日急に蝋燭の炎が消えるようになくなってしまっても不思議ではないのではないだろうか。
それを認めたくないミモザが今回のレオンハルトの行動を異常だと身勝手に判断しているだけじゃないのか。
「わからない……」
レオンハルトの心も、ミモザ自身の判断も。
ミモザはそのまま目を閉じる。
そしてふて寝した。





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