61.レオンハルトとキャロライン
レオンハルトは書庫を訪れていた。
噂の『ローラル図書館』である。何度か訪れたことがあったがとても読み切れる量ではない蔵書の数は訪れるたびにレオンハルトを楽しませてくれる。
とはいえ読む本にこだわりがあるわけではないレオンハルトである。適当に目についた本を手に取った。
「あら、レオンハルト様じゃありませんの?」
その瞬間背後から聞こえた声に舌打ちをしかけてなんとか押しとどめる。
「レリス殿」
振り返った先には真っ赤なドレスを身にまとったキャロラインが立っていた。ドレスは大胆に胸元の開いたものでその身体に沿うようにして作られたデザインは腰の細さも強調されている。
豊かなピンクブロンドの髪をかき上げながら、彼女は周囲を見渡した。「あら、二人っきりのようですわね?」
「そうか、では俺は失礼しよう」
手に取った本を仕方なく棚へと戻しレオンハルトは回れ右をする。
昨夜あれだけ冷たくあしらったのにまだまとわりついてくるとは予想外だった。
そのまま彼女の脇を通り過ぎて扉へ向かおうとした時、
「きゃっ!」
「……っ!!」
わかりやすい悲鳴をあげて彼女は倒れ込んできた。それをレオンハルトは反射で受け止めてしまう。
今度は我慢しきれず実際に舌打ちがでた。
長年聖騎士として過ごしてきた弊害か、このような時にレオンハルトはとっさに助けてしまうことが多かった。
完全に職業病である。
「ああ、ありがとうございます。おかげで怪我をせずにすみましたわ」
「……それはなによりだ」
わざとらしい声音でそう言う彼女をどかそうと受け止めた腕に力を込めると、彼女のほうも力を込めてその腕にすがりついてくる。
そのまま彼女はしがみつく腕以外の力を抜いて完全にレオンハルトへとしなだれかかった。
「一体……」
なんのつもりだ、と問うよりも先に、
「ごめんなさい、レオンハルト様……」
彼女はか弱げに訴える。
紫色の瞳が涙にうるみ、じっとレオンハルトのことを見上げた。
「胸が苦しいの、緩めてくださらない?」
「…………」
レオンハルトは無言でそんな彼女を見下ろす。その胸元は大胆に開いており谷間が覗き、とても『苦しくなる』ような服でもないし『緩める』要素も見当たらない。
そして彼は重々しくつぶやいた。
「計算ミスだったな」
「え?」
「『価値が減る』と言ったが、『無価値』の誤りだった。彼女についていなければなにも価値がない。ミモザには後で謝罪しておかなくては」
「えっと」
戸惑うキャロラインを無視してレオンハルトは支えていた手を離した。
「きゃあっ」
さすがに支えなしでしがみつき続けることは難しかったのだろう。彼女はそのまま床に崩れ落ちる。
それを軽蔑しきった視線で見下ろして、
「失敬。しかし体調が優れないならそのあたりにいる侍女にでも声をかけるべきだろう」
レオンハルトはそう告げた。その金色の瞳は冷え冷えとして身を凍らせるような温度だった。
「いい年をした女性がはしたない」
そう吐き捨てると今度こそ彼は身を翻す。
そんな背中をぽかんと見つめた後、キャロラインはその唇をゆがめた。
「ふ、ふふ……、やっぱり『聖騎士レオンハルト』、一筋縄ではいかないのね」
「なに?」
その不穏な気配を感じ取って彼は足を止めた。振り向いた先では地面に座ったままの彼女が不気味に微笑んでいる。
そうして胸元から黒い五角形の板を取り出してみせた。その右下には金色の印が刻まれている。
「それは……っ」
「私は保護研究会の五角形のうちの一角、キャロラインよ」
そう告げると同時に彼女の足下には魔法陣が浮かび上がった。巨大なそれはレオンハルトの立つ位置まで一気に拡大する。
「……っ! しま……っ!」
「私に堕ちなさい! レオンハルト!!」
その声とともに魔法陣が光り輝く。
「ふ、ふふふ、ふふふふふふ……っ!」
光がおさまった時にはレオンハルトはその場に膝をついてうずくまっていた。キャロラインの楽しげな笑い声だけがその部屋に響く。
「あははははははは……っ」
その光景は誰にも見られることはなく、ただ時間は静かに過ぎ去った。
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