60.カイルの話
「よう、ミモザ」
「カイル様」
「カイルでいいぜ」
食堂へとたどり着いたミモザににこにこと遠くから手を振って声をかけてきたのは一番最初に話した孫候補のうちの一人、カイルだった。彼は紫色の瞳をいたずらげに細め「どうだった?」と尋ねる。
「どうとは?」
「他の孫候補」
「そうですねぇ」
ミモザは首をかしげて考え込む。なんとも抽象的な問いかけだが、個人的な印象を言うならば、
「みなさん良い人達でしたよ」
そう、個性豊かではあるものの、孫候補の少年達はみんな穏やかで話しやすい人達だった。てっきり孫候補はみんな領主の後継を狙っているのではという先入観を持っていたミモザが拍子抜けするほどに。
「それだよ」
「それ?」
しかしそんなミモザの感想にカイルはしたり顔で指摘してみせた。
「作為を感じないか?」
「作為……」
「街中から特徴に合致する子どもを無作為に集めました、というわりにはみんな性格が良すぎるって話さ」
「それって……」
それはミモザもうすうす感じていたことだった。孫候補達は全員『性格が良く』『それぞれ技能を持っていて』『跡継ぎに選ばれなくても生活できるだけの能力を持っている』者達ばかりだったからだ。
ミモザは慎重に口を開く。
「つまり、それなりに性格と素行の良い者だけを選んで連れてきたということですか?」
「可能性としてはあるだろ?」
ミモザは顎に手をあてて考え込む。
確かに無作為に集めてきたにしては『質が良すぎる』のは確かだ。多少猫をかぶっている者がいるにしても、それは猫をかぶる程度の知能と能力があるということである。
「まぁ、それがあのじいさんの差し金か、その他の誰かの企みかはわかんないけどさ」
「どういうことです?」
ミモザの問いかけに彼は肩をすくめてみせた。
「あのじいさんと話したよ。孫候補みんなに声をかけて回ってるみたいだけど、本当に孫を探してるみたいだったよ。娘の肖像画だの気に入ってたらしいぬいぐるみだの見せられてさ。あれは嘘に見えなかったね。でもじいさんは直接孫候補達を連れてきたわけじゃないだろ?」
その言葉にミモザは目を見開いた。
エイドは領主で、この屋敷の主人である。今回の会を開くに当たって当然のことだが、会場の整備だの招待客のリストだのをすべて自分で用意したわけではない。
使用人達に指示してやらせているのだ。
当たり前のことだが指示を受けて孫候補の探しに街中を駆けずり回ったのはエイドではなく使用人達だろう。ということは、その使用人達が報告を上げる段階で『ふさわしくない者を弾く』ということも可能だということだ。
「まぁ、誰だってどーせどこの馬の骨ともわからん奴に仕えるなら、少しはマシな奴がいいよな」
「なるほど……」
カイル自身やその他の孫候補達が自分は孫ではないと確信しているふうなのに招待されたのもそれが理由なのかもしれない。
少なくともカイルは、彼はその冷静な観察眼と立ち振る舞いから『マシな領主の後継者候補』として選ばれたのだ。
「だとしたら、孫候補を選別した方は慧眼ですね」
「どーだか」
へっ、と馬鹿にしたように鼻を鳴らしてみせるカイルに、ミモザは微笑む。
「しかしそうだとしたら、ここからどうやって本物のお孫さんを探し出せばいいんでしょうねぇ」
「決まってるだろ」
彼は笑う。紫色の瞳が三日月のように細まる。
「都合のいいやつが選ばれるのさ。あのじいさんと使用人、どっちにとってもな」
「カイル様が選ばれたらどうします?」
「俺? 帰るに決まってんだろ。こう見えて忙しいんだぜ、うちの店」
今度遊びにこいよ、と誘われるのにミモザは曖昧に微笑んで返す。
(大変だなー)
内心では非常に困っていた。
今のところ四人の孫候補達は誰が選ばれても辞退しそうな感じだからである。
「これ誰が始末つけんの?」
「ちちぃっ」
『おまえ』と指を差してくるチロの人差し指を、ミモザはそっと手で覆うことで隠した。





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