59.孫候補 ピーノ
美しいピアノの音が響き渡った。
場所は昨夜パーティーが行われたホールである。音につられて部屋を覗くと隅のほうにおいてあるピアノに座る人影がいた。
(なんだあれ……)
その姿を見てミモザは首をかしげる。
それは一見すると派手なオウムのようだった。いや、インコだろうか。 かぶった帽子には赤青黄色のド派手な羽が飾られ、首元にはふわふわのファーを巻いている。そして身につけている服はピンクに白黒のぶちが入った毛皮のコートだ。
全体的にもふもふとしたその人物は、目をつぶって優雅にピアノを奏でている。そのピアノの腕前は教養のないミモザにはわからないが、とても美しく聞こえる。
しばらく眺めていると、彼は一曲最後まで弾き終わったのか鍵盤から手を離すとふぅ、と息をついた。
思わずぱちぱちと拍手をする。
(うん、いや、とても素晴らしい)
演奏は素晴らしかった。たとえその格好がどんなにとんちきでも。
「おや? ギャラリーがいたとは失礼したね」
にこり、と微笑んで彼は立ち上がった。その顔はおしろいが塗られているのかとても白く、微笑むとブラウンのまつげが扇型に紫の瞳を彩る。
彼が帽子をとって優雅なお辞儀をした。帽子の下のブラウンの髪はくせっ毛なのかわずかにウェーブがかっているが綺麗になでつけられている。
「わたしはピーノ。今回孫候補のうちの一人として招かれた作曲家だよ。ぜひお見知りおきを」
うふふ、と道化のような仕草で彼は微笑んだ。
「僕はミモザと申します。こっちはチロ」
「おやおやこれはこれはご丁寧に。わたしの守護精霊はルナというんだ」
その首元のもふもふのファーからぴょこりと黄色いオカメインコが顔を出すと一声鳴いた。
「きみは確か聖騎士ミモザだね」
「ご存じなのですか?」
「ご存じだとも! むしろ存じない人間がいるのかね!?」
その言葉にミモザは気まずく黙り込む。騎士団の人間や教会、王宮の関係者は知っている者が多いが、一般に知られているかと言ったら微妙だ。
みんな『ミモザ』という名の少女が聖騎士になったことは知っているが、その容姿までは知らないだろう。
しいていうならば王都ではそこそこ知られている。なぜならレオンハルトの絵姿が売り出されていたように、ミモザの絵姿も売られているからだ。
しかし長身なレオンハルトとは異なり小柄なミモザはしれっと街を歩いていれば気づかれてないことも多い。
(オーラだろうか)
あのレオンハルトの周囲にとどろく大物オーラ。それがミモザには足りないのかもしれない。
「絵姿は見知っていたがね! いやぁ本物はさらに美しい! ここだけの話、正直あの姿絵は多少盛っているのではないかと思っていたのだがそうではなかったようだ」
「ははは……」
それもまたよく言われることである。本物はもう少しブスなのを美化しているんじゃないかというのがもっぱらの評判だ。
(なぜだろう)
なにもレオンハルトのようになりたいとまでは言わないが、貴族達からの評判も含めちょっとミモザに風当たりが強すぎないだろうか。
(自分の時も最初はこんなもんだったとか言ってたな)
レオンハルトのことである。彼が聖騎士になった時も歴代初の平民出身の聖騎士ということでずいぶんな騒ぎであったらしい。
そして彼はそれを実力でねじ伏せてきた。
(まぁ、別にねじ伏せなくてもいいけど……)
たとえ周囲に認められなかったところでミモザが聖騎士であるという事実は変わらない。御前試合で負けない限り、いや、ミモザを戦う相手として指名されない限りは変わらないだろう。
(指名されそうだけど……)
レオンハルトよりも御しやすいとその地位が狙われているのは知っている。
しかし負けなければいいのだ。
試合に勝ち続ければこの立場はミモザのものだ。
「ピーノ様はエイド様のお孫様なんですか?」
「さぁ?」
「さぁ?」
肩をすくめるピーノにミモザは首をひねる。そんなミモザにはかまわず彼は堂々と告げた。
「自分が誰の孫かなんてどうでもいいね! わたしはわたし自身だけで十分に素晴らしい存在なのだから!!」
「なるほどー」
大きく胸を張り手で押さえてあさっての方向を見つめながらポーズをとるピーノにミモザはうなずく。
確かに誰の孫かなど関係なく強く生きていけそうだ。
そこでミモザはあることに気づいた。ピーノの手、足、身体全身、もこもこのコートなどで隠されてはいるものの欠けている部分はどこにもないように見える。
「失礼ですが、ピーノ様の『欠けている大切な場所』ってどこでしょう?」
それに彼は驚くでも不愉快そうにするでもなく堂々と答えた。
「左の乳首がかけているんだ!」
しばしその場に沈黙が落ちる。
しばらくしてからミモザははっ、と何かに気づいたように顔をあげた。
ミモザの中の何かが強烈に訴えかけてくる。
「……なぜでしょう。あなたは孫ではなさそうだなと僕の中の第六感が告げているのですが」
「はっはっはっ! 差別は良くないよ! きみぃ!」
ピーノはにこやかに笑うとずびしっ! とミモザのことを指さしてみせた。その指の指し示す先は、ミモザの貧乳だ。
「乳首だって大切だとも!」
「……」
ミモザは考える。
思い出されるのはレオンハルトとの会話だ。
『大切なもの』という文言から、ミモザは『胸』を連想した。
しみじみとうなずく。
「……そうか、僕は間違っていなかったのか」
ミモザは完全に理解した。
胸は大切だ。とても。
ピーノのことを振り仰ぐ。彼は勇気づけるようにミモザにうなずき返してくれた。
「胸は大切ですね! 確かに!」
「そうとも! 大切だ!!」
がしぃっと二人は固い握手をかわした。
「チチィー」
『間違ってるに決まってんだろ』とチロが吐き捨てたが二人は聞いていなかった。
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