58.孫候補 ダン
「うーん……」
広い廊下をミモザはうなりながら歩く。
(なんか……、なんというか……)
違和感があるのだ。
(いやまだ二人しか孫候補に会ってないわけなんだけど……)
しかし遭遇した二人ともが自らが『領主の孫』であることを否定するなど。
(まぁ、なくはない。なくはないが……)
はたしてこれは偶然だろうか?
(うがちすぎか……?)
けれど思うのだ。
(これは……)
「……ん?」
その時前方が騒がしいことに気づいてミモザは足を止めた。
「もういい! せっかく誘ってやったのに……っ!!」
そう怒鳴りながらその男は廊下の角を曲がって現れた。途中までは肩を怒らせてどすどすと足を踏みならし歩いていたが、ミモザの存在に気づくと気まずくなったのかそそくさと足早に通り過ぎていってしまった。
(なんだ?)
ミモザはチロと顔を見合わせる。
そして廊下の角から顔をのぞかせて見てみると、
「え、大丈夫ですか?」
「……うん」
そこには短く刈り上げたブラウンの髪に紫色の瞳をした少年が膝をつくようにして床に座り込んでいた。その側には杖が転がっている。
彼の左足は義肢だった。
ミモザは手を差しだして助け起こす。
「……ありがとう」
彼は淡々とお礼を言った。その顔には先ほど突き飛ばされたのであろうに怒りも悲しみも浮かんではいない。
「先ほどの方は?」
ミモザは彼を突き飛ばしていった人物の向かった方向を見て尋ねる。それに彼は「さぁ」と淡々と言った。
「さぁ?」
「知らない。さっき急に話しかけてきたんだ」
初対面にしてはずいぶんな怒りようである。こてん、と首をかしげるミモザに彼もさすがに言葉が足りないと思ったのか、
「孫に選ばれるよう協力してやるから言うことを聞けって。断ったら突き飛ばされた」
とやはり感情を交えず静かに説明してくれた。
(なるほど?)
つまりさきほどの男性は裏取引を持ちかけたということだ。なんらかの手段で偽物でもいいから孫だと認めさせることができれば探偵役としての報酬をもらえる。孫候補も後継者におさまることができてwin-winというわけだ。
「かしこいな……」
「ちちぃ!」
思わずつぶやくミモザにチロが『見習うなよ!』と釘を刺してくる。
言われなくともすぐに見習いはしない。あくまで最終手段である。
(それに……)
今のところであった孫候補達はその取引に応じてくれる様子はなさそうだ。
(目の前の彼も含めて)
改めて目の前の少年を見る。
ざっと見る限り怪我はなさそうだ。
「僕はミモザです。あなたは?」
「……ダン」
手を差し出すと彼は握り返してくれた。軽く握手をして手を離す。
「誘いに乗られればよろしかったのではないですか?」
ミモザは意地悪げに微笑む。それを彼は無感情に見返して、
「俺は領主の息子じゃない」
と簡潔に答えた。
「なぜそう思われるのですか?」
「俺の父親はある商会の会長だ。母親はその愛人だった。みんな口に出さないだけで身元ははっきりしてる」
おや、とミモザは目を見張る。
「わかっていて来られたのですか」
「父親にエイド様と顔をつなげてこいと言われたからな」
「お父様に?」
「その商会で俺も会計として働いている」
彼は淡々とその紫色の瞳でミモザのことを見返す。
「上司に言われたらそのくらいはする。……できるかどうかはともかく」
「なるほどー」
彼はそのまま「失礼する」と告げるとゆっくりと歩き出した。
(酒屋に庭師、それに商人か……)
その背中を見つめて首をひねる。
「あと一人はなんだろうねぇ」
「ちー」
『次の孫候補もエイドの孫であることを否定するかもな』とチロがつぶやいた。ミモザもそんな気がした。





↓こちらで書籍1巻発売中です!