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57.孫候補 エリオ

「じゃあ俺は朝食に行くから!」と快活に告げたカイルと別れてミモザは庭のほうへと進んだ。

 そのままカイルと食事に向かってもよかったが、その前に一通り候補者を見て回りたかったのだ。

 そんなミモザの気持ちを察したカイルが「さっき中庭で他の孫候補を見たぜ」と教えてくれたのでありがたくそちらへと向かったのだ。

(そういえば『庭がすごい』みたいな話をレオン様としてたな)

 そんなことを思いながら訪れた、エイド老自慢の中庭ははたして、

「枯山水!!」

 だった。

 その光景に思わずミモザは声に出して驚愕する。

 広い庭には白い石と砂が敷き詰められ、水の波紋のような模様が描かれている。所々に大きな岩や綺麗に剪定された木が立てられ、その波紋の中心となっている。

 庭には人が歩けるよう黒い石畳が一カ所設けられ、その先には庭園を観賞しながら休むための場所であろう東屋があった。

(田中花子か)

 またあいつのしわざなのか。

 明らかな日本庭園がそこにはあった。

 ミモザは石畳の道に足を踏み入れる。朝の冷えた空気がまた妙に日本庭園の雰囲気とマッチして、まるで旅館に温泉旅行にでも来たような勘違いを起こさせた。

 しかし振り返って見せる屋敷はどう見ても洋風の館である。

「和洋折衷ってこんなのだったっけ?」

 しかしミモザがこの庭園に降り立つ前にたどり着いた廊下は明らかに縁側である。庭を見ながら歩けるようになのだろう。洋風の屋敷にはない外に剥きだしの廊下だった。

「大正ロマンってやつか……」

 外から流入した文化と自国の文化が混じり合い生まれた特殊空間だ。この場合『和風なもの』が外から田中花子が流入された文化にあたる。

 下駄か草履がほしいものだがそんなものは当然存在しない。低いヒールのパンプスを鳴らし、今日はパーティがあるわけではないのでかつてレオンハルトに贈られた白いワンピースを改良した服を揺らしながらミモザは歩く。

 白い裾の端からのぞく藍色のプリーツがひらひらと動きに合わせて揺れた。

「……ん?」

 そうしてたどり着いた東屋におそらく目当ての人物を見つけて彼女は立ち止まった。

(あれが二人目の孫候補)

 そこには熱心に庭を見つめながら、手に持つ本に何かを書き込む少年がいた。

 一応中心には机と椅子があるにも関わらず、そんなものには目もくれず地面にかがみ込んでいる。その肩には白い小鳥がとまっていた。

 ミモザは一度チロと顔を見合わせると足音を立てないようにこっそりと彼の背後へと歩み寄った。


 彼が描いているのは庭園の絵であった。

 どこに何を配置し、どのような木の形なのかなどを詳細に写し取り、そこにさらに細かな注釈を書き込んでいる。

「上手ですね」

「…………っ!!」

 背後から声をかけると驚いたのか、彼は無言の悲鳴を上げて手に持つ本とペンを取り落とした。

「あ! わわっ、ああ……っ!」

 落とした物を拾おうとして彼はさらに細々としたものを地面にぶちまける。最終的には地面に置いていたインク壺も倒してしまい、彼はべしゃり、とその場につっぷした。そして泣いた。

「ああ~~っ」

「えっとあの、すみませんでした」

 その大惨事にミモザはひとまず謝る。そしてどこから手をつけようか迷って、ひとまず突っ伏した少年の手を引っ張って助け起こした。

 そしてひとまずインク壺を立て直し、細々とした物をひとつずつ拾う。チロがミモザの懐からハンカチを取り出して地面に広がってしまったインクを拭いた。黒い石畳だったことが幸いし、黒いインクの後は全く目立たない。

「証拠隠滅完了!」

 ぐっ! とサムズアップするミモザにチロも同じように親指を立てて返す。その間ミモザに驚かされた不憫な少年は呆然と座りこんでいた。

 ブラウンのくせっ毛に紫色の瞳、その頬には細かなそばかすが散っていた。

 ミモザは彼ににこり、と笑いかける。

「あなたは何も見ませんでした。いいですね?」

「え? ……えっ!」

 驚く少年にミモザは笑顔でもう一度圧をかけた。

「ここにはインクはこぼされていないし僕たちはなにも汚してなんていません。いいですね?」

「あ、は、はい……」

 彼はおびえるようにうなずいた。同意したのをしっかりと確認するとミモザは彼にもう一度手を差し出す。

「驚かせてすみませんでした。僕はミモザといいます」

「ぼ、ぼくは……、エリオです」

 おずおずと彼はその手を握り返した。

「ここで何をなさっていたのですか?」

「えっと、庭の絵を……、」

「大変お上手ですね」

「え、えへへ……」

 エリオはそのそばかすを指でかきながら照れたように笑う。

「ぼく、庭師なんです。だからこういうめずらしいお庭を拝見できる機会を逃したくなくて……。できる限りの知識を持ち帰りたいんです」

 彼は真面目な少年らしい。その手に持つ白紙の本のほとんどはもう彼が書き込んだ絵やメモ書きで埋まっているようだ。

「ということは、エリオ様もご自身をエイド様の孫だとは思っていないようですね」

「え?」

 ミモザの言葉に彼はきょとんとすると、

「ふ、あははっ、ぼくが領主様の孫なわけがないよ」

 と無邪気な笑顔で否定した。

「ぼくは橋のたもとに捨てられてたのを今の親方に拾って育てていただいたんだ。親方は足の指が少し欠けてるからきっとそれで捨てられたんだろうって」

 そう言って彼は自らの足下を見下ろす。今その足は革製の綺麗な靴に覆われていて指などは見えない。

「母親の顔なんて見た覚えもない。領主様の話だとお孫様はある程度の年齢まで母親と一緒に暮らしてたんでしょう? ぼくは違うよ」

「……なるほど」

 ミモザはうなずいた。

「ぼくはもう少しここでメモを取ってからいくよ」というエリオとは別れ、ミモザは石畳の道を屋敷へと向かって引き返した。

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