56.孫候補 カイル
(さて……)
翌日、ミモザが目を覚ますとレオンハルトはもういなかった。
いつもの鍛錬だろう。
ミモザも着替えて外出の準備をするとそのまま屋敷の中を徘徊する。なにも無目的にさまよっているわけではない。
(誰から行こうかな)
孫候補者に会いに行くのだ。
あまり真面目に孫の特定をする気がないとはいえど、体裁上探すふりはしておいたほうがいい。さすがに孫候補者達に一度も会いませんでした、では言い訳も難しいだろう。
それにさすがに『あんな日記』を無理矢理見させてもらっておいてまったく探さないというのも多少良心が痛む。
(ある程度手をつけてみてだめだったら諦めよう)
さて孫候補者達の部屋はどこだったかな、とうろうろしていると、
「うん?」
前方から歩いてくる人物がいた。
(あれは……)
「やぁ、こんにちわ」
「え、はぁ、こんにちわ……?」
見覚えがあるようなないような相手に親しげに挨拶されてミモザは困惑する。
相手はミモザと同い年くらいの少年だった。
つやのかかったブラウンの髪に紫色の瞳、しわ一つ無いブレザーとズボンを身につけた少年である。
(こんな人いたっけ……?)
昨夜のパーティーを思い出す。会場内は人であふれかえっていたが、ミモザと同い年くらいの少年はそれこそ孫候補者しかいなかったはずだ。
そこまで考えてミモザは、
「あのー……」
恐る恐る問いかけた。
「もしかして、孫候補のうちの一人ですか?」
「もちろん、そうだよ」
少年はその質問ににこやかに答えた。ミモザは思わず感嘆の息をもらす。
まるで見違えるような姿だ。
昨夜の孫候補達は平民なこともあり、その服装は会場に似つかわしくない簡素なシャツとズボンの者が多かった。それも仕事の後に連れてこられたのだろうと察せられるような汚れやしわがついていた。しかし今はどうだろう。浴場を借りたのか髪はつややかに整っていて、服装も上等、まるで貴族の子息である。
(服を貸し出したのかな……)
「ああ、これ、すごいだろ!」
ミモザの視線に気づいたのか、彼は気さくに笑った。
「この屋敷の人がくれたんだよ。風呂にも入らせてくれてなんか髪も整えてくれてさ! こんな経験もう二度とできないね!」
「あなたが本当のお孫さんならこれから一生その生活ですよ」
ミモザの返答に彼はからからと笑った。
「そんなわけないだろ! 俺の母親は場末の酒場で働いてたんだ! たしかに同じ髪と目の色だったけど上品なお嬢様なんかじゃなかったよ!」
「ご自分が本当の孫だとはおっしゃられないんですね」
「当たり前だよ!」
驚くミモザに彼は面白いものでも見るように言った。
「そもそもここに来る前に使用人の人にも俺はたぶん違うって言ったんだよ。でも気づいてないだけの可能性があるからってさ。まぁ、楽しいし金も弾んでもらえるらしいし、仕事をしばらく休んでも問題なさそうだったからちょっとした休暇みたいな感じかな」
「なるほどー」
なんとも合理的でさばさばとした少年である。そこで彼は名乗っていなかったことに気づいたのか、「俺、カイル」と手を差しだしてきた。
その手の指は一本欠けている。
「一ヶ月はここにいるらしいからさ。よろしく」
「ミモザです。よろしくお願いします」
ミモザは差し出された手を握った。それにカイルはにこりと微笑んで言う。
「あんたいい人だな! 何人か『探偵役』が来たけど、平民相手だからって挨拶すらろくにしない奴もいたぜ! 俺、ちゃんと挨拶してくれる奴としか話さねぇって決めてるんだ!」
「はぁ、それはそれは……」
つまり彼は相手の反応を伺う意味合いも『込み』で、最初に自分がエイドの孫ではないと宣言してから挨拶をしたということだ。
見た目よりも彼は狡猾な人物のようだ。
そんなことを思いながらミモザはカイルの手を離した。
その足下ではカイルの守護精霊とおぼしき真っ白なウサギがすんすんと鼻をならしてミモザの匂いを嗅いでいた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
本作の2巻発売決定を記念して、本作から150年前に存在した転生者、田中花子を主人公とした「タナカ・ハナコは聖女ですか?」を投稿開始しました。
こちら毎日投稿の予定です。
読まなくても特に支障はありませんが、お読みいただけるとよりお楽しみいただけるかと思います。
「あれ、なんでこの人150年前にいるんだ?」という名前の人もいますがそのあたりは後々こちらの『引き立て役の妹』の方で書いていく予定です。
もしよろしければ覗いてみてもらえると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
 





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