55.手がかりの日記
すみません、投稿遅れました。
「そのわりには情報を出し惜しみしますね」
「なんだと?」
ミモザは配られた日記の写しをひらひらと振って見せる。
「こんななんの文脈もわからない文章では手がかりになりませんよ。協力を求めるならきちんと情報を開示してくださらないと」
「……それ以外の部分は余計なことしか書いていない」
「それを決めるのはあなたではありませんよ」
にっこりとミモザは微笑むと、自らの胸を手で押さえてみせた。
「この僕です」
「……戯れ言を」
「お孫さんを見つけたいのでしょう?」
「…………」
「意地を張るべき場所は選ぶべきでは?」
エイドは低く舌打ちをした。
(あ、だめかな、これ)
なんとか情報を引き出せないかと弱みにつけ込んでみたつもりだが、無理だったかもしれない。
しかし予想に反し、エイドは、
「……ついてこい」
そう言ってきびすを返して歩き始めた。その背中を見てミモザとレオンハルトは顔を見合わせる。
「どういう心境の変化でしょう?」
「偽物を一人、見抜いた君の能力を買ったんだろう。エイド殿はプライドは高いが、そういった判断は見誤らない方だ」
「はぁ……」
女の子の胸をラッキースケベして気づいただけなのに、それはずいぶんと買いかぶられたものである。
とはいえ都合が良いのでミモザは手をわきわきと動かしつつも何も言わず、エイドの背中を追いかけることにした。
「娘の日記だ」
エイドが訪れたのは彼の書斎とおぼしき部屋だった。その部屋には立派な執務机の存在を除くと図書室と見間違うほどに本に埋め尽くされていた。壁という壁には背の高い本棚があり、その中にはびっしりと蔵書が収められている。
その中のうちの一冊、ずっしりと分厚い本を取り出すとエイドは手渡してきた。重厚で落ち着いた赤色一色のそれは貴族の娘の日記帳にしてはあまりにも飾り気のない一品だ。
「拝見します」
軽くうなずいて受け取ると、ミモザはぺらりとその本のページを開いた。そこには美しく整った文字でびっしりと文章が書かれていた。
(これは……)
しかしその内容に眉を寄せる。
(エイド様が見せたがらないはずだ)
前半は比較的平和な内容で、出かけた先や食事の内容など当たり障りのないことが書かれていた。しかし途中から明らかに文字に乱れが見え始め、筆圧が強くなるにつれてその内容は不穏な物へと変化していっていた。
『お父様は跡継ぎに息子を欲しがっていたというお話を今日、母から聞いた。それで長年の疑問が解けた。お父様がわたしに冷たかったのは、わたしが女だったからなのだ』
『今日もお父様はわたしのことを見てくださらなかった。今日はわたしの誕生日だったのに。いつもよりも何倍も時間をかけて髪も服も整えたが、褒めるどころかろくに目線も向けてはもらえなかった。やっぱりわたしが女だからだろうか』
『とうとう恐れていた時がきた。婚約の話だ。まだ相手は選定中らしいが、わたしは結婚が恐ろしい。もしも優秀な人が結婚相手だったら? その優秀な跡取りをお父様は認めるのだろうか。褒めるのだろうか。わたしには見向きもしないのに? ぽっと出の相手にそれを奪われるなんて、とても耐えられない。絶対に許せない』
『婚約者が決まるかもしれない。相手は人当たりも良く頭脳明晰で大学院まで出た人らしい。恐ろしい。恐ろしくてたまらない』
『いいことを思いついた。相手がろくでもない男ならばいいのだ。お父様がとても跡取りとして認める気にならないであろう男であれば』
『計画通りに行った! 適当に金で雇ったごろつきとの間に子をもうけた。お父様は怒ったが、わたしが妊娠していることを知るとそのまま追い出すことなく家においてくれた』
『子どもを生んだ。想定通りだ。お父様はわたしの子を跡取りにすると言ってくれた! わたしのことも男の子を生んだことで声をかけてくれるようになった! でもこの子は大切なものが欠けている。身体を見られないように気をつけないと。幸いなことにお父様は育児に興味はないから、おくるみに包んでおけば気づかれることはない。出産に立ち会った人間にはお金を握らせて黙らせた。でもこの子が大きくなったらさすがにばれてしまう』
『どうしよう。この子の欠陥がばれてしまうことが恐ろしい。せっかくお父様がお優しくなったのに。どうしようどうしようどうしよう』
『ばれたらこの子もわたしと一緒に見放されてしまうのだろうか。そうなる前に、いっそうのこと……』
「手がかりはあったか?」
「……とりあえずあなたがろくでもない父親であることはわかりました」
「そんなことは聞いとらん!」
不愉快そうに怒鳴るエイドに、ミモザは哀れみの目を向ける。
「エイド様、世の中には取り返しのつかないものというのがですね」
「わかっとるわ! そんなこと!!」
がんがん、と床に杖を打ち付けながら、しかしその勢いは次第に弱くなり、やがて彼は手を止めた。
「わかっとるわい、そんなこと……。だから次は間違わんようにこうしているんだろうが」
「『次』ですか」
「孫には、同じ思いはさせまい。もしも今幸せに過ごしているというのなら無理強いもしない。しかし苦しい生活をしているのなら、恵まれた環境を与えてやりたい」
「エゴですね」
じろり、とエイドが睨んでくるのにミモザは肩をすくめた。
「それがご自身のエゴだと自覚した上で行うならばいいんじゃないですか? まぁ、人に迷惑をかけない程度なら、ですが」
「……そうだな」
そうつぶやくとエイドは力なく首を横に振った。
「小娘よ、どうかわたしの孫を見つけてくれ」
「可能な限りの尽力はいたしましょう」
日記帳の文字を指でなぞりながら、ミモザはうなずいた。
ざらざらとする感触のところは、どうやら彼女が涙をこぼした痕のようだった。





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