54.泥棒
ーーその時だった。
「誰か! そいつを止めてくれ!!」
向き合って立つ二人の、ミモザが立っている側の廊下の向こうから声がした。その必死な響きに瞬時に二人の身体が動く。
声の響いた方向を見ると一人の少年がこちらに駆けてくるところだった。叫んだのはその少年の後ろを追いかけるように走っている使用人だ。
「泥棒だ! 捕まえてくれ!!」
こちらを見たミモザとレオンハルトに気づき、使用人が再び叫ぶ。
「……どけっ!!」
ドレスアップしたミモザを見て倒せると判断したのだろう。泥棒と呼ばれた少年はそのまま突っ込んできた。しかしそれを許すミモザではない。
腐っても聖騎士である。
ミモザは素早く少年を避けると足だけを差しだした。彼はそれに躓いて盛大に廊下に突っ伏す。
「……ぶっ!」
「よいしょおっ」
その隙を逃さずミモザは馬乗りになると、逃げられないように彼の両足をつかみ、両腕で抱えるとそのまま背中側へと引き上げた。
いわゆる逆エビ固めである。
「ああああああっ! いだいいだいいだいいだい……っ!!」
思いっきり背中をそらされて泥棒が叫ぶ。それにミモザは技を決めたまま冷酷に告げる。
「痛いかぁ! 降参するなら今のうちだぞ!」
「いだいっ! 降参! 降参する……っ!!」
そのままカウントダウンをするまでもなく泥棒は音を上げた。やれやれとミモザは彼の足を下ろすと未だその背中に座ったまま、
「逃げたらまたやるからね-。無駄な抵抗はしないようにね-」
と警告をした。彼は相当痛かったのかぐったりとしており抵抗する気力はもうないようだ。
「あ、ありがとう、ございます……?」
「詳しい状況を聞いても?」
追いついてきた使用人に、レオンハルトが静かに尋ねた。
どうやらこの泥棒少年は『孫候補』側の招待客だったらしい。
「屋敷にある絵画を盗んでいるところを見つけたんです」
レオンハルトからの質問に、汗を拭いつつ使用人の男は言った。
招待客でも出入りが許されている廊下の壁に飾られていた肖像画を額から外しているところに使用人が通りかかったのだと言う。声をかけるとそのまま逃げ出したため追いかけてきたとのことだった。
確かに少年の身体をあらためると、一枚の肖像画が出てきた。先ほど見せられたエイドの娘の若い頃の肖像画のようだ。絵の中ではブラウンの髪に紫色の瞳をした女性が微笑んでいた。
ミモザは泥棒少年へと目を向ける。
「なんだよ!」
「いいえー、たいしたことではないんですが……」
ミモザはそう言いつつ彼の身体をさわさわと検分した。他にもっと何かを隠し持っている可能性があるからだ。
彼は他の招待客同様、ブラウンの髪に紫の瞳をしていた。薄汚れた帽子にシャツとズボンを履いたありふれた少年である。今は逃げないようにとその両手をまとめてその辺にあったカーテンをまとめるヒモで縛り、床に座らせていた。
彼は大人しく膝をそろえて座っている。
(……ん?)
「……どうしてこれを盗んだんですか?」
彼の身体を触って気づいた違和感に首をかしげつつ、ミモザは問いかけた。身体を触るミモザに嫌そうに身をよじりつつ、
「高そうだから盗んだんだよ! 額を外せばたためるし!」
と彼は強気に叫ぶ。
ミモザは肖像画を改めて見た。
確かに絵画は高価そうだ。ミモザにはその価値はよくわからないが、と思いながらレオンハルトのことをちらりと横目で伺うと、彼は肩をすくめて見せた。
「盗み慣れていないな」
「え?」
「この絵画は確かにその辺のものよりは価値があるが、肖像画だ。肖像画は盗品であることがばれて足がつきやすい上に、よほど美しい人物の絵でない限りは買いたたかれるぞ」
「確かに……」
知らない人間の肖像画など、その人物によほど価値があるか芸術作品でもない限り、飾る人間は少ないだろう。エイドの娘の顔立ちは整っているが、ずば抜けた美人というわけではない。盗む対象としてはリスクに対してリターンが少なすぎる。
「一体何があった?」
その時騒動を聞きつけてこの屋敷の主であるエイドが駆けつけた。彼は険しい顔をしてミモザとそのそばで床に座る泥棒少年のことを睨む。
「旦那様、窃盗です」
「なに!?」
目をむくエイドに使用人はことの経緯を再度説明した。
「今警察に連絡を……」
「いや、それはまずい。警察には知らせるな」
「え、いえ、しかし……」
「私の孫かも知れんのだぞ!!」
彼は興奮したように杖を床に打ち付けた。その音の大きさに使用人はびくりと身をすくませる。
おびえる使用人の姿にエイドもはっと我に返ると、誤魔化すように一つ咳払いをした。
「と、とにかく、孫の可能性がある限りは……」
「その可能性はとても低いでしょうね」
その様子を静かに見つめながらミモザは言った。その言葉にエイドは目をむく。
「なんだと!? いい加減なことを言ったら許さんぞ!」
「お孫様には身体的欠損があるのでしょう? 僕が調べた限り、『彼女』からはそのような欠損は見当たりませんよ」
「何をいって……、ん? 『彼女』?」
「ええ、『彼女』です」
そう言うとミモザは泥棒の帽子を取り払った。と、そこからは長く豊かなブラウンの髪が流れ出してきた。
髪は彼女の背中の中程まで広がっていた。
その姿はもう『少年』には見えない。ミモザと同じくらいの年齢の少女だ。
ミモザが彼女が女性だと気がついたのは帽子からのぞく髪が長そうだったというのもあるが、彼女の身体をあらためた時にわずかな胸の膨らみに気づいたからだ。ミモザと同じくらいのささやかさだが触ればわかる程度にはあったし、一度気づくと喉仏が目立たないことや床に座る際に大股を開いて座るのではなく体育座りを斜めに崩すようにして膝をそろえて座る様子なども気にかかった。人間、とっさの時には普段の行いが行動に出るものである。ミモザの指摘にごまかせないと悟ったのだろう。彼女は鼻で笑うと、
「手の指を曲げた状態で包帯で巻いてみせたらおまえの無能な部下共はあっさり信じたよ! どんだけ節穴なんだよ、馬鹿みてぇな催しをする人間の仲間はやっぱり馬鹿だな!」
と悪態をついた。
その言葉にエイドは目を細めると鋭く手に持った杖を床に一度打ち付けた。
「……警察へ連絡しろ」
「は、はっ。よろしいのですか……?」
「かまわん。孫は女ではない。どこへでも連れて行け!」
「ふざけやがって、このクソジジィ!! 必死すぎて反吐が出る!!」
「とっととつまみ出せ!!」
怒鳴るエイドに侍従達は慌てて泥棒少年あらため泥棒少女を羽交い締めにすると彼女のことをずるずると引きずっていった。おそらく警察が到着するまでどこかの部屋にでも閉じ込めておくのだろう。
エイドはその姿が見えなくなるまで黙って立っていたが、やがてミモザが持っている娘の肖像画を手に取ると汚れや傷がないかを確かめるようにゆっくりとなでた。
その仕草は優しく、絵画を見つめる目は何かを悔やむような色を宿している。
「候補者は残り四人ですね」
泥棒少女に向き合うためにかがんでいたミモザは立ち上がりながらそんなエイドへと声をかける。
「残りの四人すべてが偽物だった場合はどうされるのですか?」
「決まっているだろう」
エイドは絵画を侍従へと渡しながらミモザのことを振り返った。
「見つかるまで探すのだ。私の一生涯をかけてな」
その目には強い意志が宿されていた。
おもしろいなと思っていただけたらブックマーク、⭐︎での評価などをしていだだけると励みになります。
よろしくお願いします。





↓こちらで書籍1巻発売中です!