53.再会
「ミモザ」
「レオン様、これは奇遇ですね」
何が奇遇なのかはわからないがミモザはとりあえずそう言った。なぜならば会場へと戻る途中で再会した自身の夫の機嫌がよろしくないことを察したからだ。
今のレオンハルトは非常に良い笑顔だった。左手をポケットにつっこみけだるげに立っていても様になる美形っぷりは相変わらずである。
しかしその周囲には黒いオーラがとぐろを巻いていた。
(さすがに置いていったのはまずかったか……)
この広大な屋敷のとても高い天井にも届くのではというほどに立ち上る怒気のまがまがしさに、ミモザは自身の失策を悟って悔いる。だって面倒くさかったんだもん、などという言い訳などとても口にできる雰囲気ではない。口にした瞬間に八つ裂きにされそうである。思わず固まるミモザの肩に乗っていたチロが『だから言ったのに……』と言わんばかりの目線を送ってきた。
「ちー……」
そして『目先の利益を追うからこういうことになるんだぞ』とぼそりとつぶやく。
(さっきはそんなこと言わなかったじゃん!)
負けじとミモザも視線でチロに反論した。なんだったらあの場から逃げ出すことにチロも賛成していたはずだ。チロはその反論にふいと顔をそらすと口笛を吹く真似をした。
「ミモザ」
思わずそのチロと取っ組み合いのけんかでもしようかと手を伸ばしかけたミモザは、その地の底を這うような重低音にぴしっと姿勢を正した。
「君はずいぶんとご機嫌そうだな?」
そう尋ねるレオンハルトは笑顔だ。笑顔のままである。その笑顔が怖い。
「え、ええーと、レオン様はお疲れのご様子ですね?」
「おかげさまでな」
それだけ言ってレオンハルトは笑顔の仮面をすん、と落とすと、いつもの無表情へと戻り、つかつかと歩き出した。
「ぐぇっ」
通り過ぎるついでのようにミモザの襟首をひっつかんで引きずりながら、廊下を歩いて行く。
「れ、レオン様、一体どちらに……っ」
「部屋に戻る」
(やばいな、これ……)
部屋とはエイドから与えられた宿泊用の部屋のことだろう。もとより泊まりの予定のため、荷物はすでに運び込んでもらっている。
ミモザとレオンハルトは夫婦のため同室だ。
個室に不機嫌なレオンハルトと二人、密室、つまりこれは……、
(殺人事件が起こる……っ!)
いや、さすがに人のお宅を事故物件にすることはないだろうとは思うが、気分的にはそれくらいの絶望感である。
ミモザは慌ててばたばたと手足を動かしてみたが、掴まれた襟首から手が外れることはなかった。暴れるのが煩わしかったのだろう。むしろ状況は悪化して、レオンハルトはミモザの胴体を腕ごと抱え上げるとそのまま肩に担がれた。
その腕はがっしりとしていて、そしてミモザの胴体は非常に強い力でめりめりと締め付けられている。
「れ、レオン様……っ」
ミモザはなんとか声を絞り出した。
「ちょっと寄り道して行きませんかっ? そうだ、庭園を見たいって確か……っ」
「なぁ、ミモザ」
歩む足は止めぬままそれを静かな声でレオンハルトは遮る。ミモザは不穏な気配を感じ取って口を閉じた。
これは遮ってはいけない。
「俺には労いが必要だとは思わないか?」
「は、はぁ……」
「君において行かれた俺はかわいそうだろう」
「そ、そうですね」
ミモザがおとなしく同意するので、少し彼の気持ちも落ち着いてきたらしい。ずんずんと進んでいた足を止めると、そこでやっとレオンハルトはミモザのことを床へと下ろした。しかしミモザが逃げ出さぬようにだろう、その手でがっしりとミモザの頭を掴み、彼は笑顔で言った。
「かわいそうな俺を君はせいいっぱい慰めるべきだ。そうは思わないか?」
その言葉にミモザは息を飲む。そしてしばし考え込んだ後、
「わかりました」
静かにうなずいた。
「わかってくれたか」
レオンハルトは期待するように目を輝かせる。
「僕がせいいっぱいのおもてなしをしましょう! この身を持って!!」
そう胸を張って言い切ったミモザの手に懐から取り出した本が握られていた。いわずとしれた『初心者にもできる! やさしい呪術書(中級編)』であった。それを見てレオンハルトの瞳から光は消えた。
「君に期待した俺が馬鹿だった」
「え、馬鹿ではないですよ、自信を持ってください!」
「そうだな、馬鹿は君だ」
そう言うとレオンハルト盛大なため息をついた。





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